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読む宇宙旅行

ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

1400億年は宇宙は終焉を迎えない
—すばる望遠鏡が挑む「精密宇宙論」

すばる望遠鏡HSCが撮影した銀河分布(おとめ座の方向)。円弧状に引き延ばされた銀河が多数見られるが、これは背景の銀河が手前にあるダークマターの重力レンズ効果によって引き延ばされたものと考えられる。(提供:国立天文台)

「宇宙がどう始まり、宇宙はこれからどうなっていくか」という壮大なテーマに挑む大規模な観測が、ハワイ島にあるすばる望遠鏡で行われている。

研究をまとめたのは東京大学国際高等研究所カブリIPMUやプリンストン大学、国立天文台など。カブリIPMU機構長の村山斉さんの解説から、研究の背景や目的をざっくりまとめると、こうなる。

1920年代、この宇宙が膨張していることが発見された。宇宙を構成する星や銀河たちはやがて万有引力で引っ張り合い、宇宙の膨張速度は徐々に遅くなると思われていた。ところが1990年代、予想に反し宇宙膨張が加速していることが発見されたのだ!「つまり、膨張を後押しする『何者か』があるということ。その何者かがわからないので『ダークエネルギー』と呼んでいる。加速がどんどん進めば、ある時ビッグリップ、つまり引き裂かれた形で宇宙が終わりを迎えることがあるかもしれない。宇宙の運命を知るためにもダークエネルギーの研究が非常に大事です」(村山機構長)

宇宙が終焉を迎える?これは大変だ!この奇妙な何者かの正体を突き止めるのが世界中の天文学者や物理学者の大命題になっている。しかし正体の見えないダークエネルギーをどうやって調べるのか。「宇宙の進化はダークマターの引力と、ダークエネルギーの斥力(引き離そうとする力)で決まることがわかっています。つまり『見えないものが主役』。見えないものを調べるためのツールが星や銀河です」。

東京大学カブリIPMU機構長・村山斉さん。

ダークマターとは村山先生曰く「私たちのお母さん」。宇宙初期にダークマターがあったために、その重力で物質が集まり星や銀河が生まれ、宇宙の構造ができ、やがて私たちが生まれたのだと。その母なるダークマターが作る(宇宙の)構造を、ダークエネルギーは加速膨張で引き裂こうとしているという。

宇宙の全エネルギーの約95%は「ダーク成分」で満たされていると考えられている。宇宙のほぼ全部といっていいダーク成分をあぶり出す手法は?まず、銀河の詳細観測から「ダークマターの地図」を作成する。ダークマターそのものは見えないが、重力レンズ効果(銀河の手前にダークマターがあると、その重力で銀河から届く光がレンズのように曲げられ観測者に届く)を使うことで、ダークマターがどこにどのくらいあるか分布を調べることができる。

観測で突出した能力を誇るのがすばる望遠鏡のHSC(ハイパー・シュプリーム・カム)だ。宇宙の広い範囲にわたり遠く(=過去をさかのぼって)の銀河の重力レンズ効果を観測(ハッブル望遠鏡を使えば1000年以上かかる観測が、すばる望遠鏡のHSCを使えば6年で可能)。研究チームは宇宙の彼方にある小さな銀河のわずかな形の変化も正確にとらえ、解析のために数値化する必要があった。約3年間の格闘の結果、約1000万個の銀河形状カタログを作成。銀河の形の0.3%の違いまで検出した。そのカタログからダークマターの分布が時代と共にどう進化してきたか、ダークマターの三次元分布を時代ごとに断層写真のように「見える化」した。(画像)ダークマターの進化を見ることで、宇宙の進化に影響を及ぼす黒幕的存在、ダークエネルギーについて知ることができるのだ。

すばる望遠鏡HSCの観測から銀河形状カタログを作成、重力レンズ効果から復元した時代ごとのダークマターの分布。青い色の濃淡がダークマターの分布。白い棒一つには約2千個の銀河が含まれる。(提供:HSCプロジェクト/東京大学/国立天文台)

解析結果に驚きー予想よりわずかに宇宙の凸凹が小さい?
理論に修正が必要?

ダークマターは銀河などの宇宙の構造をどこまで作ってきたのか。そこにダークエネルギーはどう影響しているのか。それを探るには更なる詳細な解析が必要だ。

研究チームが目指すのは精密な宇宙論だ。「加速する宇宙膨張を引き起こすダークエネルギーが、アインシュタインが導入したがあとに悔やんだ『宇宙定数』なのか、あるいは定数でなく時間とともに変化するのか?ダークエネルギーの時間変化を観測的に示せれば、ノーベル章級の大発見です。」(カブリIMPUのリリースから引用)。壮大な目的だが、ダークマターやダークエネルギーが及ぼす効果はごくわずか。そこで研究チームは医学や素粒子実験で用いられる「ブラインド解析」を用いて1年以上かけて解析した。

その結果、何がわかったのか?「ダークマターが作ってきた宇宙構造を誤差3.6%という世界最高精度で測定できた。その結果、確かにダークマターがお母さんであり、宇宙の構造や銀河団を作ってきたことが確認できました。」そして「宇宙誕生約38万年後に観測されたプランク衛星のデータと比較し、(アインシュタインの)標準宇宙理論を使えば、現在はここまで宇宙の構造が成長できたはずと予想できますが、すばるの観測結果は少し物の集まり具合、つまり構造が小さいという結果になっている」(村山機構長)

プランク衛星が宇宙誕生から38万年後に放たれたマイクロ波を観測した画像。温度・密度の差は100mの海に1mmのさざなみがあるほどごくわずか。そのわずかなゆらぎが元となり、現在の星や銀河に満ち溢れた宇宙に成長したと考えられる。(提供:ESA/Planck Collaboration)

プランク衛星による観測結果と本研究の観測結果を比べると、信頼度95%の解析結果(薄い赤)では重なっているものの、信頼度68%(濃い赤)の領域では、進化の度合いがやや小さい(銀河の数が少ない)。標準宇宙モデルが正しければ、この値は一致しているはずだという。これは標準宇宙モデルを超える新しい物理を示唆しているのだろうか?

今回の研究結果。プランク衛星と比べて、宇宙の構造の進化の度合いが濃い赤の領域(68%の信頼度)ではやや少なく、薄い赤の領域(95%の信頼度)では重なっている。今後観測を進めれば、精度が上がっていくだろう。(提供:HSCプロジェクト/東京大学)

「アインシュタインの理論に修正が必要なのか、或いはニュートリノの質量が思ったより大きいのか。観測が進み、正確なデータが得られれば決着がつくはず。日本が世界のトップを走る研究結果が得られるでしょう」(村山機構長)

そして宇宙の未来については?今回の解析結果などから、「少なくとも1400億年はビッグリップが起きない。宇宙は安泰である」ことがわかったそう。

すばる望遠鏡のHSCを開発した国立天文台の宮崎聡さんは、そもそも1990年代に浮上した加速膨張の謎を解きたいとHSCを提案・開発したものづくり天文学者だ。今年2月にダークマターの塊の数が宇宙モデルから予想されるより少ないという研究成果を発表している。今回の解析結果について「非常に面白い。プランク衛星の結果とHSCの結果がこんなに離れているなんて思いもしなかった。俄然面白くなってきました」と嬉しそう。

すばる望遠鏡の巨大デジカメHSCを開発し、宇宙最大の謎に挑む国立天文台の宮崎聡さん。

「そもそもアインシュタインの重力理論はテストがまだまだ十分ではないのです。実験室では実験できないし、テストできているのは、地球の大きさから、せいぜい太陽系のスケールまでです。だから、もっと大きな宇宙規模で重力理論をテストをするというのはまだ誰もできていなくて、私たちの取るデータでそれができるようになると面白いと思っています」実験屋の宮崎さんらしいコメントだ。

果たして標準理論にほころびはあるのか、それともニュートリノの性質や新しい物理の可能性を示唆しているのか。この研究はHSCを使ったダークマター分布観測プロジェクトの11%のデータしか使っていない。解明には今後の観測はもちろん、現在カブリIPMUを中心に開発中で、2400個もの銀河を同時に分光できる超広視野分光器PFSと組み合わせた詳細観測などが必要になる。

すばる望遠鏡は以前も書いたように厳しい予算状況にある。「宇宙の運命が決まる前にすばるの運命が決まってしまう可能性がある。心配はあるが夢は大きい。この研究発表は第一歩。日本は世界最高精度で競争の舞台に躍り出ている」(村山機構長)。壮大なテーマに精密な観測・解析で挑むすばる望遠鏡の今後の成果にぜひ注目し、応援を!

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