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熊本発 復興のリアル

熊本地震から2年。被災企業が建てた新社屋の全貌

2016年4月14日と16日、最大震度7の大地震が熊本を襲った。熊本県内での犠牲者は250人を超え、3000人近くが負傷。全壊・半壊の建物は4万棟以上で、最大47万7000戸が電気を奪われた。九州を襲った地震としては過去最大規模だった。あれからもうすぐ丸2年が経つ今も復旧・復興活動は続いているが、この地震をきっかけに新社屋の建設を決断した地元企業がある。電気インフラ整備の一翼を担う白鷺電気工業だ。総合電機メーカーとともに、次世代ビルを建てた。そこには大地震を経験したからこそのコンセプトがあった。キーワードは「避難所」と「ZEB」。「自給自足」を目指した取り組みで、被災企業が事業継続と社員の安全に向けて取り組んだ挑戦を現地取材した。

創業71年、老舗インフラ企業の挑戦

白鷺電気工業は、熊本に本社を置き、今年2月で創業して71年、熊本県を中心に九州エリアで電気工事業を手がける。その歴史と電力という社会インフラ整備の一翼を担う事業だけに、県内では有数の知名度を誇る。

白鷺電気工業の旧社屋。研修にも使う鉄塔が目印になっている

熊本地震の被害をもろに受けて熊本市内に置く自社ビルは半壊。至るところに亀裂が入り、安心して通常の業務を手がけることは不可能になった。そこで、沼田幸広社長は新社屋建設を決断する。

震度7の大震災を経験した後、トップは新社屋にどのような機能を持たせたのか。沼田社長に被災企業の新社屋の全貌を聞いた。

白鷺電気工業 代表取締役社長 沼田幸広 1976年生まれ、熊本県出身。熊本高校、日本大学、同大大学院生産工学研究科電気工学専攻博士前期課程終了。2001年から2010年まで東海旅客鉄道(JR東海)に勤務し、同年に白鷺電気工業に移籍。社長室長、上席執行役員、常務を経て、2014年から現職。

社員の生活を守ることは、熊本の生活を守ること

──電力という社会インフラを手がける企業として被災しました。2年前の地震をどう振り返りますか。

沼田:創業から71年の歴史で、あの地震は言うまでもなく熊本県民にとって未経験の出来事でした。

私たちは、変圧器の修理から事業をスタートさせ、その後業容を拡大してきました。事業の6割ほどは九州電力を中心とした電力会社のインフラ整備に関するものですが、独自に「HEMS」など省エネルギー関連や情報通信、EV充電、またメガソーラーを保有するなど、周辺領域も手がけるようになり、人々の暮らしとの密接度が増しています。

私たちの仕事は、収益を上げること以前に、熊本に住むみなさんの生活を守るために、必要不可欠なライフラインを安定して運用し続けることです。

震災直後、従業員たちの家庭も当然被災していましたが、社員自ら「自分たちが復旧作業に行かなければ」と、強い使命感を持っていることを感じ、社長として従業員たちを誇りに思いました。

復旧工事は多忙を極め、24時間体制で対応。お客様の現場で働くのも大変ですが、めまぐるしく変わる各地の作業状況を把握し指示を出す本社も大変でした。「半壊」認定を受けた本社の壁には無数の亀裂が入り、余震も続く。いつ倒壊するか……。そんな危険におびえながらでは、仕事はできませんでした。

震災直後の本社エントランスの写真。玄関は出入りできる状況ではなくブルーシートで覆った。ドアは壊れ資料や什器は廊下に崩れて足の踏み場もないしゃしん。不安を煽るような亀裂が無数に生じている壁の写真。

そんな中、「被災地にいち早く電気を灯したい」という声が上がりました。私たちの仕事は、いち早く電力供給を復旧すること、すなわち熊本のみなさんの生活を守ることでした。

まだ寒い頃でしたが、駐車場にテントを張り、そこを本社機能にして事業を継続させました。夜を日に継ぐ作業で、従業員が戻ってきたときに労う者がいなくてはいけないと思い、管理職は24時間体制を取りました。

家族を残しても安心して現場に行けるようにしなければならないと、今回の震災を通じて考えました。

本社は倒壊の危険があるので、避難所として家族を受け入れることはできませんでしたが、今後の災害に備えて、会社はどのような体制を取っておくべきかを考える契機となりました。

震災を機に建設を決断した新社屋

──テントでの業務は、いつまでも続けられません。

そうですね。いずれにしても半壊した社屋にいることはできない。そこで、それまでも検討していた新社屋ビルの建設を決断します。新社屋のコンセプトは大きく3つでした。

1つ目は当然、「災害に強いビル」。災害時には、電力および通信設備などの社会インフラ復旧の拠点の一つになります。特に、大規模災害時は、災害復旧の司令塔の役割を果たしますので、情報収集を含めた本部機能の確立は必須です。

また、家族を残しても安心して復旧作業に従事できる環境を構築するため、従業員の家族等に対して、避難所として提供できる施設を目指しました。飲食物の保存をはじめ、ダンボールベッドや避難所Wi-Fiなどの設備面もそろえました。

熊本地震の経験で、食料は自力で3日分確保していれば、支援の手が届くとわかりました。それまでを自活できる食品を備蓄。また、発電機やLPガスの設備、炊き出しができる大型の調理器具も備えました。

次に意識したのは、「従業員の働く環境の整備」です。もともと震災前から、社員が働きやすい新しいオフィスのイメージを描いていたのですが、それが一気に具体化しました。

圧倒的に男性が多い世界ですが、徐々に女性も増えてきました。技術系の女性も入社し、今後はさらに多くの女性にとって魅力ある企業に発展させたいと考えています。

そこで、女性が働きやすいオフィスは、男性にとっても働きやすいという認識のもと、働き方改革の一環として女性の意見を多く取り入れる体制をとりました。デスクを一部フリーアドレスにしたり、集中ブースを作ったりしましたし、カフェも設けました。

首都圏の企業にとっては当たり前かもしれませんが、地方の企業にとっては働きやすい環境づくりはまだまだ敷居が高い。従業員の満足度を上げるためにも、大切なポイントだと感じ、コンセプトに置きました。

3つ目は、「ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)*1」です。もともと、環境に優しい建物に改修しようという計画がありました。ZEBは、自分たちの使うエネルギーは、自分たちのビルで創り出そうという考えで、「ZEB Ready*2」の認証取得を目指しています。新社屋では地中熱換気システムを導入したり、熱が逃げにくいガラスを使用したりするほか、太陽光発電で創エネも行っています。

*1:ZEBとは建物の運用段階でのエネルギー消費量を、省エネや創エネ、そして蓄電することでゼロに近づける考え方やその仕組み。実現する省エネ量に合わせて、「ZEB Ready」(省エネ基準よりも50%以上省エネ)、「Nearly ZEB(同75%以上)、「ZEB(同100%以上)」の3種類が定義されている。

*2:2月21日付で「ZEB Ready」達成、「BELS評価5つ星」の評価取得。

また、今回直流配電システムを一部採用しました。電気には直流と交流があり、太陽光発電でできた電力は、直流の状態なんです。一方で、電線を通ってくる電力は交流です。ところが、交流のままの形では蓄電池に蓄えることができません。

災害対策を考えたときに欠かせない仕組みだと考え、大規模な直流設備を取り入れました。これは日本国内の民間オフィスビルでは初の事例だと聞いています。

世の中のほとんどの機器は交流を前提に設計されていますが、蓄電池をまた交流に戻すのも無駄があるため、新社屋ではLEDや、緊急時のスマホ充電器なども直流でダイレクトに使えるものを採用しています。

新社屋の設計や施工には、特に電力まわりで従業員も携わっています。交流に比べると知見が少なかった直流設備の勉強にもなりました。

民間オフィスビルとして発導入した「スマート中低圧直流配電システム」の写真。

自分たちの思想を取り入れ、自分たちの仕事が目に見える形になったことで、愛着も湧くでしょう。私たちの仕事は、いつも接しているはずなのに、直接目にすることができないものが多いんです。家族にとっても仕事が目に見えますから、この意味は大きいのでは、と思います。

私たちはあの地震で大きな被害を受けました。でも、それを憂いてはいられない。むしろそれをプラスに考えて、次のステップを踏むことが必要です。BCP(Business Continuity Plan=事業継続計画)と環境対策を取り入れた新社屋は私たちが前を向いている象徴のようなものなんです。

新社屋の外観。鉄塔は本社の象徴として今回も建設した

地中熱換気システムや電気自動車充電システム、BEMS などさまざまな省エネ設備を取り入れた。

Partner's Voice 「日本初」を手がけたパートナーはこう語る 三菱電機株式会社 九州支社社会システム部施設課課長 筒井俊男

省エネルギーとBCPに同時チャレンジ

今回、民間オフィスビルとして初の直流配電システムを採用し、ZEB全般のソリューションを提供したのが、三菱電機だった。直流配電システムは費用も膨大にかかるため、データセンターなどの特殊用途以外の一般ビルでの第1号ユーザーは、超大手企業になると思っていたというが、白鷺電気工業の強い思いを感じ、徹底サポートし今回の竣工に至っている。筒井氏はプロジェクトを振り返ってこう語っている。

「白鷺電気工業様の取り組みは、省エネルギーとBCPという2つの取り組みを、同時に進める画期的な事例。交流と直流との変換には、エネルギーのロスが生じます。すべての電力消費を賄えない場合には、電線を通ってきた交流を直流に変換しつつ使う必要があるわけです。蓄電池の電力を、直流に未対応の機器を使用する場合は、この逆の変換でまたロスが生じます。

もちろん白鷺電気工業様のメンバーは電力のプロフェッショナル集団なので、そんなことは十分承知。その上で、震災を経験したからこそ、BCPのために決断されたわけです。

ZEBの技術や対応設備は発展途上です。もう少し様子を見れば、もっと高い認証を得られるビルにできたでしょう。しかし、旧社屋は半壊です。いまできることに対応して、徐々にアップグレードしていこうという思想だそうです。

私たちのソリューションは、省エネが特徴的でしたが、今回の取り組みでBCPの要素も大きいと実感することになりました。

ZEBは、一つ一つの強い技術・サービスを組み合わせる必要があります。実際に今回のプロジェクトは、三菱電機の半数以上の事業部が結束して実現。設計から保守まで、それぞれに強みを持つ総合電機メーカーならではの好例だという自負があります」

Expert's Voice 専門家に聞く企業のエネルギー対策の実態 NPO法人国際環境経済研究所 理事・主席研究員 筑波大学客員教授 竹内純子 水素・燃料電池戦略協議会委員等の政府委員も広く勤め、自然保護から原子力事業の在り方まで、エネルギー政策に広く提言を行なっている。

ZEBは省エネ技術の総合力

企業における省エネ対策の現状を専門家はどう見ているのか。国際環境経済研究所の理事、主席研究員としてエネルギー問題に日々向き合う竹内純子氏に企業のエネルギー対策状況とZEBの有用性を聞いた。

家庭やオフィスの電力消費は増えている

オイルショックがあった1973年から2013年までの約40年間で、実質GDPは2.5倍に増加しました。この間、工場など産業部門のエネルギー消費は0.8倍と2割減少しています。オイルショックをきっかけに、産業部門の省エネはかなり進みました。企業にとっては生産コストに直結することもあり、省エネが積極的に進められてきました。

しかし、オフィスや家庭では、使われる電子機器や家電機器が大幅に増えていますよね。

産業部門のエネルギー消費が減少する一方で、家庭部門は2.0倍、オフィスビルや店舗などの業務部門は2.9倍に増加して、合わせて全体の3割以上を占めるようになりました。

震災以降の省エネもあってここ数年減少傾向にはありますが、これからは業務部門や家庭部門のCO2削減が肝になるでしょう。

日本のエネルギー消費量推移の図版

あれ? エアコンもテレビも省エネモデルに買い替えたのに、と思うかもしれません。でも、テレビはサイズが大きくなり、昔は1台をみんなで見ていたのが、今は複数台のテレビがある家庭も珍しくありません。温水便座も当たり前になりましたし、家電は増えているんですよね。省エネしていると思っていても、増えている。

また、個別の機器に目が行きがちですが、CO2の排出が多いのは建物からなんです。

そこで注目されているのがZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)。省エネや再生可能エネルギー、未利用エネルギーの活用等によって、運用段階でのエネルギー消費量がゼロもしくはおおむねゼロとなる建物のことです。

国が2014年に発表したエネルギー基本計画でもZEBの実現を目指すことが明記され、「建築物については、2020年までに新築公共建築物等で、2030年までに新築建築物での平均でZEBを目指す」とする政策目標が設定されています。

竹内純子の写真

ZEBは総合力の結晶

省エネを進めるためには、自分たちがどのようにエネルギーを使っているか、どこからCO2を排出しているかをまず知ること、そして行動に移す必要があります。でも、人間の心がけだけでは限界もあります。自分たちが気をつけなくても自動的に、人間より賢く省エネを実践してくれたらうれしいですよね。

建物の意義としてはまず、私たちの命を守ってくれることでしょうが、快適な生活の場を提供してくれるというのも大きい。

デジタル技術を活用したZEBは、最小限のエネルギーで快適な環境を提供してくれるんです。例えば、IoTで人の動きをセンシングし、照明を最適化したり、機器の待機時間をコントロールしたり。

空調、換気、照明、給湯、エレベーター、OA機器、太陽光……ZEBを構成する要素は、実に多彩です。そうした多様な個別の技術を、デジタル技術の活用によってマネジメントして、初めてZEBが可能になります。

ZEBは「省エネ技術の総合力」なのです。

(取材:木村剛士、文:加藤学宏、写真:長谷川博一、森カズシゲ)