和食シリーズ企画第四弾 日本人の食卓―100年の歩みを辿る和食シリーズ企画第四弾 日本人の食卓―100年の歩みを辿る

#18 ― 日本人の栄養と健康篇(前篇)

「和食」がユネスコの無形文化遺産に登録されてから数年が経ちます。
「このままでは衰退する可能性がある食文化」とされた和食は、あれから歩みを前へと進めることができたのでしょうか。
2021年に創立100周年を迎えた三菱電機は、日本の暮らしとともに歩み続けてきました。
これからも家電メーカーとして日本の食文化に寄り添っていくために、
この100年間の日本人の食卓、そして家電の歩みを振り返り、次なる100年を考えていきます。

和食シリーズ第4弾「日本人の食卓―100年の歩みをたどる」。第18回のテーマは「栄養と健康」について考えます。食は人間が生きるエネルギーを確保するための手段であり、人は食べることによって健康を維持してきました。古来、経験則で食べるものを判断してきた人間は栄養という概念を得て、より具体的に「食べ物」と「健康」の間にある道筋がわかるようになってきたのです。今回は、『栄養と料理』女子栄養大学出版部の編集部にお伺いし、私たちの健康を支える栄養と料理の100年について探ります。

浜岡さおりさん

ご案内いただいたのは、
浜岡さおりさん

健康を育む食を提案する月刊『栄養と料理』編集長。管理栄養士。計量カップ・計量スプーンなどの普及に務め“栄養学の母”と言われた香川綾氏が創立した女子栄養大学を卒業後、同出版部にて書籍編集に携わる。2003年より雑誌編集に軸足を置くようになり、2017年7月号より現職。

<健康を育む食を提案する月刊
『栄養と料理』>

日本における現代栄養学の礎を築き、“栄養学の母”と言われる香川綾氏が夫の昇三氏と共に1935年に創刊した、健康を育む食を提案する月刊誌。香川氏が創立した女子栄養大学の前身である「家庭食養研究会」は、建学の精神を「食により人々の健康の維持・改善を図る」とし、1933年の開学以来、現在に至るまで食・栄養・健康にかかわる様々な人材を多数輩出しています。

栄養と料理
栄養と料理 -
女子栄養大学出版部新しいウインドウが開きます

日本における“栄養学”の歴史は100年ほど

編集部
日本人の食卓はこの100年で喫食スタイル、団らんの光景、そして料理の多彩さと言う意味でも様変わりしました。100年前は「白飯」をたくさん食べることが「是」とされていましたが、主食、おかずの内容やバランスなど、現代に至るまでの間に“栄養”に対する考え方、捉え方は大きく変わったように映ります。
浜岡さん
(以下敬称略)
日本における栄養学の歴史自体が100年と少しと言われていますから、この100年は食と栄養と健康の歴史がひもとかれてきた100年と言い換えることができるかもしれません。100年前というと、脚気(かっけ)という病でなくなる方が年間1万人くらいいて国民的な問題になっていた頃です。当初病因すらわかっていなかった脚気に予防と治療の道筋がつきはじめたのがちょうど100年ほど前でした。

女子栄養大学を卒業後、同大学出版部へ進んだ生粋の女子栄養大学育ち。「栄養学を柱とした大学の出版物である以上、信頼できる、信頼される誌面づくりは不可欠。根拠に基づいた記事作りを心がけています」

編集部
脚気と言えば、お米の胚芽などにも含まれるビタミンB1の欠乏によって起きることが今では周知の事実ですし、現代では脚気という病名自体、とんと聞かなくなりました。
浜岡
100年前には「国を滅ぼす」とも言われたたいへんな病気だったんです。その予防と治療に取り組んだのが、当時東京(帝国)大学医学部の島薗内科学教室でした。そこに女子栄養大学の創立者である、香川綾氏と昇三氏が勤務していたのです。島薗順次郎教授の「病気を治す医師はたくさんいても、未然に予防して病人を作らないことのほうが大切だ。それなのに栄養改善を手がけて病気を防ぐ医師がいないのは嘆かわしい」という一言が、二人を女子栄養大学の創立へと進ませたのです。
編集部
女子栄養大学の前身となる「家庭食養研究会」が1933(昭和8)年に発足し、1935(昭和10)年には『栄養と料理』が創刊します。「女子栄養学園」という校名になったのは1940(昭和15)年のことです。戦前、戦中、戦後という当時、国民にとって“栄養”は何よりも重要な課題だったと言われています。
浜岡
戦後すぐ、食糧援助のための基礎データ作成が必要となり、GHQの指令で終戦の年に東京内で栄養士120名による、国民栄養調査が行われました。これが全国に拡大しながら現在の国民健康・栄養調査へとつながっていくわけです。1955(昭和30)年の『栄養と料理』の1月号には「栄養を完全に摂っていれば、自然に長生きができるようになってきました」と書かれるほどに日本人の栄養状態は改善してきました。戦前から戦中・戦後にかけての物資や食料が不足していた時代を経て、エネルギーが充分摂取できる時代へと差し掛かっていくわけです。

「1974年頃、食料価格が不安定だった当時はリーズナブルなものに対するニーズが高かったと言います」と浜岡編集長。当時の特集には『食糧危機と台所』などのタイトルも。

摂取エネルギーと栄養素のいびつな関係

編集部
不足していた摂取エネルギーが適正なところまで引き上げられて、国民の健康が充実した時代がやってくる、と。
浜岡
ただしエネルギーが充分でも必要な栄養素が摂れているとは限りません。誰にでも必要な栄養素が摂れる食品をわかりやすく整理し、献立作りに役立てていただこうと、1958(昭和33)年にそれまで7つあった食品群を4つに再構成しました。その後、実際の食事指導を経て数度の品目の入れ替えなどを行い、香川綾氏が1973年に「四群点数法」を完成させています。
四群点数法図版(2022年8月現在)四群点数法図版

四群点数法図版(2022年8月現在)
出典:『なにをどれだけ食べたらいいの? 第5版』(女子栄養大学出版部)

編集部
量が足りるようにはなったけど、栄養バランスの概念をどう伝えるかが課題として残っていたわけですね。折しも外食が一般に広まり、バブル景気がやってきて、今度は主にエネルギーを中心とした栄養の過剰摂取に注意を払う時代がやってきます。
浜岡
当時の『栄養と料理』のキャッチコピーも世相を現していました。例えば、この1974年版を見ると「あなたの暮らしに」とありますよね。家計などさまざまな要素を内包したキャッチコピーです。それが10年経った1984年には「現代を健康に生きる」に変わっている。食品の選択肢は増えて、もう摂取エネルギーは充分。むしろ忙しい現代社会でどう栄養バランスを取り、過剰摂取を避けるかというニュアンスが感じ取れます。

約90年続く雑誌は、それぞれの時代の空気が反映される。「ときには“栄養”とあまり関係なさそうな表紙の時代もありおもしろいです」(浜岡編集長)

編集部
「あなたの暮らしに」も「現代を健康に生きる」も想定読者は、当時の家庭の台所を取り仕切る、母親向けのキャッチコピーですよね。
浜岡
当時の編集部を知っているわけではありませんが、母親に限らず「家族の暮らしや健康を守る」人を読者として想定していたはずです。かつては今ほど一人暮らしの自炊に焦点を当てた記事はあまり見られません。
編集部
「暮らし」「健康」にもさまざまな形があります。高度成長期の女性読者の多くには、母親としての役割が求められていたはずで、当時は一家の大黒柱である夫や育ち盛りの子どもたちにバランスの取れた食事を提供しなければならなかった。現在ではライフスタイルの多様化で、雑誌としても様々な提案が求められると思いますが、特集などの記事はどのように決定されるのでしょう。
浜岡
まずは読者自身や家族の健康に寄与するものですね。国民健康・栄養調査のような日本人の栄養摂取状況がわかる調査を参考にしたりもします。そうした調査から不足しがち、もしくは過剰に摂取しがちな栄養についての提案をすることも多いです。例えば日本人だと性別や年齢にもよりますが「カルシウム」や「鉄分」が不足しがちだったり、食塩や脂質が過剰になりがちだったり、という“事実”をベースに企画を立てますね。
編集部
いわゆる“新型栄養失調”――摂取エネルギー自体は足りていても、何かの栄養素が不足することで体に生じる不調を指すような言葉も最近耳にします。誌面でこうした耳新しいキーワードを取り上げることもありますか?
浜岡
新定義には慎重なところがあり、まだ特集テーマにしたことはないです。ちなみに、国民栄養調査のデータでは1950年には2098kcalだった摂取エネルギーが、1970年には2210kcalと増えたものの、1990年には一転して2026kcalと終戦直後に近い数値まで落ち込み、2010年には1849kcalとさらに低くなっています。エネルギーや栄養素と健康の関係はそう簡単に論じることのできないものですが、摂取エネルギーが低いと、栄養素が充足しにくくなり、アンバランスになるという傾向はあると思います。

平成14(2002)年までの名称。平成15(2003)年以降は「国民健康・栄養調査」。

浜岡編集長が考える、入門者向け“ゆる四群点数法”

編集部
できれば毎日、四群点数法に基づいて考えたようなバランスの取れた食事をとれたら理想的ですよね。
浜岡
そうですね。ただ、いきなり点数を出されるとむずかしいといわれることもあり、入門者に向けて敷居を低くした特集を組むこともあります。具体的な食べ方の例としては……。
朝はナッツとドライフルーツ入りのシリアル、牛乳、バナナ。これで第1群、第3群、第4群が摂れます。シリアルの代わりにおにぎりやパンでもOK。
昼は外食で考えましょうか。焼き魚定食――ごはん、豆腐の味噌汁、焼き魚、お漬け物に何か根菜の煮物くらいついてきますよね。これで第2群、第3群、第4群が摂れる。外食メニューではわりとタンパク質が摂れるんです。ただし野菜や果物は摂りにくいので、朝晩で意識する必要があります。

「3回に分けて食べることで、栄養バランスのコントロールがしやすくなる」「1日で完結できなければ、2日、3日単位でバランスを取ってもいい」など時代に即した提案が浜岡編集長の口からは次々に。

夜はコンビニとして、カレーライス(ごはん普通盛り)と温野菜サラダ(大きめ)に温泉卵をつける、というような組み合せに。外食やコンビニだと野菜がキャベツやレタス一辺倒になっちゃいがち。そればかりでは偏るので、緑黄色野菜を探して摂れるといいですね。
編集部
外食やコンビニだと、どうしてもバランスが悪くなりそうなイメージがありますが、ざっくり「四群」を覚えておけば思いのほか簡単にバランスの取れた食事ができそうですね。
浜岡
バランスはとれます。自炊よりも高くつきますが……。栄養バランスだけでなく、病気予防のために「一日3食」は意外と重要です。ちなみに、朝や昼を抜いたりするとそれだけで不足しがちな栄養素がいっそう摂りにくくなってしまいます。「一日3食」は守りつつ、2~3日のトータルで帳尻を合わせるつもりなら、少しは気が楽になりませんか。実践できてこそ、栄養の知識が初めて血肉になります。まずは無理なく取り入れられるところから。食べることは一生続けるので、少しずつステップアップしていけばいいんじゃないでしょうか。

日本も飽食の時代と言われて久しいですが、それでも必要な栄養素をしっかり摂るにはコツがいるようです。そこで次回は、『栄養と料理』浜岡さおり編集長の後編「献立の考え方2022」として、現代の忙しい日本の食卓でも、栄養バランスの取れた食事が摂れる工夫が詰まったレシピをご提案します。

取材・文/松浦達也 撮影/魚本勝之
2022.09.27

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