和食シリーズ企画第四弾 日本人の食卓―100年の歩みを辿る和食シリーズ企画第四弾 日本人の食卓―100年の歩みを辿る

#20 ― 日本人の食卓を変えた即席麺篇

「和食」がユネスコの無形文化遺産に登録されてから数年が経ちます。
「このままでは衰退する可能性がある食文化」とされた和食は、あれから歩みを前へと進めることができたのでしょうか。
2021年に創立100周年を迎えた三菱電機は、日本の暮らしとともに歩み続けてきました。
これからも家電メーカーとして日本の食文化に寄り添っていくために、
この100年間の日本人の食卓、そして家電の歩みを振り返り、次なる100年を考えていきます。

和食シリーズ第4弾「日本人の食卓―100年の歩みを辿る」の第20回のテーマは、日本人の食卓の変化を象徴する「即席麺」を取り上げます。袋麺からカップ麺に至るまで、戦後、日本人の食生活に大きな影響を与えた即席麺はどのように発展し、食卓に欠かせないものになってきたのでしょうか。時代や地域によって細かくチューニングされ続けた味わいの背景には、食品メーカーならではの調査、研究、開発という地道な努力がありました。

ご案内いただいたのは、
東洋水産株式会社
CSR広報部 𠮷澤 亮さん(左)
加工食品部 即席麺企画課 隅田 道太さん(右)

食卓の移り変わりに寄り添ってきた袋麺とカップ麺

編集部
戦後、開発された「即席麺」。それから半世紀以上が経ったいまでは、日本人の食卓の移り変わりを象徴する、日常に欠かせない食べものへと飛躍を遂げました。国内では年間60億食に迫る勢いで、1人あたりの消費量も年間47.7食(2021年度)。全国民がほぼ週に一度、袋麺かカップ麺を食べている計算となっています。即席麺の誕生以来、東洋水産さんの麺は様々なスタイルで食卓を彩ってきました。
𠮷澤さん
(以下敬称略)
日本初の即席麺は他社さんが手掛けられた、麺とスープが一体型のものでした。それが東洋水産が即席麺市場に参入した翌年の1962年頃から麺にスープが別に添付されるようになり、その頃から即席麺のバリエーションが増えていきました。

CSR広報部𠮷澤亮さん。最近のお気に入りアイテムは「QTTA」のサワークリームオニオン。「飲んだ後の締めに」。当初は期間限定だったのが通年アイテムになったのも納得。

弊社では1962年に発売し、いまも静岡限定で販売されている「ハイラーメン」という袋麺がヒット商品となり、その後1966年に袋麺の「冷しラーメン」、そして“即席麺”というカテゴリーには入りませんが、1975年にチルド麺の「マルちゃん焼そば3人前」を発売しています。
編集部
1960年代にかけて発売したアイテムはいずれも袋麺なんですね。
𠮷澤
3人前の「マルちゃん焼そば」が典型ですが、1975年の平均世帯人数は3.27人。「焼そば」も世帯人員数に合わせて3人前に設定されたと聞いています。一度に調理して分ければ、家族の食事にもなるし、賞味期限が2週間あるのでひとつずつ食べれば単身者でも食べ切れます。
隅田さん
(以下敬称略)
ちなみに弊社が即席カップ麺に参入したのは前年の1974年なんです。実は1971年にカップ麺というアイテムが世に出て、1972年あたりから即席袋麺が徐々にダウントレンドに移り変わって来ていたんです。そんな1975年に業界初のカップ入りきつねうどんを発売。1978年にリニューアルする形で「赤いきつねうどん」、1980年には「緑のたぬき天そば」が発売されました。
編集部
カップ麺が発売されて、袋麺の売上が頭打ちになった。やはりその理由はカップ麺の手軽さが受けたからでしょうか。

加工食品部の隅田道太さん。会社に入る前の学生時代から「緑のたぬき」をひたすら食べ続けていたという筋金入りのマルちゃん派。「いまこの仕事をしているのが夢のよう」とか。

隅田
当時はまだ家族全員揃って食事をする家庭がとても多かったですし、「個食化」もそれほど進んでいませんでした。それでも若い世代を中心に、より簡便性を求められるようになりました。ちなみに商品名が「緑のたぬき」になったのは、「赤いきつね」の隣に置いて映える色がいい。それで赤の補色である緑にしようとなったわけです。
編集部
その狙いがピタリと当たってどちらも国民的なヒット商品となりました。
隅田
僕も学生時代から「緑のたぬき」が大好きでしたから。でも当時の先輩方に話を聞くと、袋麺に対する忸怩(じくじ)たる思いはあったようなんです。確かに「赤いきつね」「緑のたぬき」というカップ麺でヒット商品は生み出した。でもそれから20年以上が経ち、2000年代になっても、全国で展開できるような人気の袋麺は生み出せないまま。全国規模での袋麺のヒット商品を出したいという思いは、いつしか全社的な悲願となっていきました。

嗜好の多様化は即席麺にも進化を迫る

編集部
その思いが、2011年の「マルちゃん正麺」で結実するわけですね。プレスリリースでも「これこそ正しい麺、理想のラーメンの完成形なのだ」という強い自負が商品名に反映された、と書かれていました。
隅田
ちょうど2000年代半ばから、新しい製法にアプローチするチームが立ち上がっていたんです。5年かけて技術をじっくり練り上げ、おいしいノンフライ麺という新技術にメドがつき、ようやく2011年に「生麺うまいまま製法」の「マルちゃん正麺」がリリースされました。即席麺でありながら生麺のような麺質で、しかも普及価格帯でこのクオリティの製品を出したことに、各所からかなりの反響がありました。

2011年11月の発売即大ヒットとなった「マルちゃん正麺」。生の麺をそのまま乾燥させる、「生麺うまいまま製法」でノンフライ麺市場に新たな潮流を巻き起こした。

編集部
ちなみに「生麺うまいまま製法」にはどういう特徴があるのでしょうか。
隅田
ノンフライ麺、とりわけ弊社の「生麺うまいまま製法」で製造した麺は、麺の内部に微細で均一な穴が空いている構造で、麺のコシやハリといった小麦由来の食感が強く感じられるようになっています。対して油で揚げるフライ麺は麺の内部が少し疎になっています。コシやハリが少し弱いふかふかした、やさしい食感になります。ただフライ麺のほうが麺の戻りがよく茹でやすいし、あの食感や油脂の風味が好きだというお客様もいらっしゃいますから、一概にどちらがいいというわけではないと考えています。
編集部
2022年、新しいノンフライ麺の「マルちゃんZUBAAAN!」が発売されました。驚いたのが「背脂濃厚醤油」「旨コク濃厚味噌」「にんにく旨豚醤油」という3種類で、すべて麺の太さや茹で時間が異なっているんですね。
隅田
近年、消費者、生活者の嗜好の多様化が進んで、「マルちゃん正麺」のようなスタンダードなものだけでなく、お店のような特徴のある、より本格的なラーメンを求める声も出てきました。そこで、求められている品質を目指し、麺・スープそれぞれに特徴的なラインアップにしました。それぞれモチーフとなるラーメンはおわかりかもしれませんが(笑)、この10年ほどで、エッジの効いたラーメンがより一般に受け入れられるようになりました。お客様の嗜好に合った商品をお届けしていこうという姿勢が形になったアイテムですね。

2022年4月、袋麺市場にラーメン店のような品質の麺とスープが衝撃を与えた「マルちゃんZUBAAAN!(ズバーン)」。味わいの良さと個性の強いスープを両立させた。

国民的商品でも「だし」は地域に合わせた繊細さが必要

編集部
マルちゃんが即席麺を発売して半世紀以上が経ちます。商品群は多様になっていると思いますが、味わいのチューニングもより繊細になっていますか?
隅田
スープで言えば、かつては粉末だけでしたが、今では粉末と液体の2種類を使うのが当たり前になりましたよね。粉末はスパイス感が出やすく、液体は醤油や味噌などの醸造調味料の風味を活かしやすい。粉末にするには熱加工が必要なので、熱で失われてしまう風味があるんです。液体のほうが量も必要ですし、コストもかかるんですが、特にノンフライ麺は液体スープで油脂分を補う必要があります。

学生時代、隅田さんは言語学の研究をしていたという。シルクロードは麺の道でもある。様々な国と地域の麺食文化を通じて、現代日本の即席麺も確立された。

編集部
味のチューニングという話で言えば、同じ商品でもエリアごとに少しずつ味わいを変えているという話も知られています。
隅田
そうですね。特に「うどん」はだしの味が東日本と西日本で異なります。実は「赤いきつね」は全国で4種類のスープをエリアごとに設定していまして、東日本向けは鰹節と濃口の醤油が強く感じられる味わいで、一方、関西向けは昆布だしをベースに、うるめ鰯も使用しています。西日本向けは中四国や九州で使われる煮干しがやや強い味になっています。北海道向けは寒冷地だからかまろやかな味わいが求められるので、少し甘めに調整しています。北海道は「赤いきつね」にかぎらず、北海道限定のカップ焼そば「やきそば弁当」なども少し甘い味つけなんですよ。
編集部
「緑のたぬき」にもそうした味わいの違いはありますか。
隅田
エリアごとの味の傾向としては同じですが、そばはうどんよりも振り幅は小さいですね。さらに言うと「赤いきつね」と「緑のたぬき」については発売当初から味の根幹はあまり大きく動かしていません。エキスではなく、鰹節を中心とした「節」の味わいを柱にしています。

「赤いきつね」と「緑のたぬき」は全国で4種類の味つけ。現在は北海道、東日本、関西、西日本向けの4種類。各地域に根ざした味つけで特徴のある味わいをつくる。

編集部
ラーメンだとそこまでの地域性は持たせないんでしょうか。
隅田
ラーメンの場合は地域性もありますが、さらに大都市圏を中心に毎年新しい店の新しい味が出てくるわけで、そうした味の傾向をキャッチアップする商品と、食べ慣れた味わいを残した商品、それぞれが重要だと考えています。
味の傾向は常に移り変わっていますから。数年前、各社が競うように激辛の限界に挑戦する、というような時期もありましたが、極端にするほどマーケットは狭くなっていく。やっぱり辛さがとがったものは家族向けの商品として提案しづらいんです。
編集部
袋麺とカップ麺だと開発思想が異なったりするものですか?
隅田
麺については、おいしさの天井――上限は袋麺のほうが高いんです。デンプンのα化(糊化)は沸騰したお湯で大きな熱量をかけたほうが進みやすく、おいしくなりやすい。味の高みを目指すという意味では袋麺の方が可能性が大きいですね。
編集部
ということは袋麺のほうがやりがいがある?
隅田
いえ、一概にそうとは言えません。カップ麺はお湯を入れるだけなので熱量には制約がありますが、制約というやりがいもありますし、具材も含めたひとつのパッケージとしての完成度を規定することができる。
それこそ私が学生時代から食べてきた「緑のたぬき」は2020年に天ぷらをリニューアルして、衣に玉ねぎを練り込み、天ぷらの旨味を強化したりもしています。個人的にはカップ麺のほうが燃えるかもしれません(笑)。

隅田さんは歴代の「緑のたぬき」を開発、製造していた当時の社員に話を聞くこともあるという。「『節』などの魚介だしと醤油感のバランスを大切にしています」。

編集部
いままでのファンを大切にしながら、新しい味わいを取り込んでいく。舵取りやさじ加減が難しそうですね。
隅田
そうですね。でも現行品のよさを残したまま、即席麺はまだまだ進化できるんじゃないかと考えています。以前の上司だった開発責任者から「味は変えずに変えるんだ」と習いましたが、まさにそういうことだと思います。お客様に抱いて頂いている商品のイメージは変えず、でも製品としては少しずつ変えていく。既存の商品についてはそうした繊細さが必要でしょうし、これからの商品については世の中の動きを敏感にキャッチし、ときには大胆なチャレンジもしていきたいです。
冷凍やデリバリーなど競合も多様化しています。確かにコストは重要ですが、いわゆる"コスパ"ありきの価格競争で消耗することなく、トータルでのパフォーマンスを上げながら、より簡便でお客様の嗜好に寄り添うものをお届けしたいですね。

戦後に生まれ、発展してきた「即席麺」は日本のみならず、全世界に浸透しています。2021年度の世界の総需要は1,181.8億食。世界の総人口が80億人に迫るなか、世界中の人々が年間15食ずつ食べている計算になります。日本のみならず、世界中の食のスタイルを変えてきた即席麺は、今後、日本人の食卓をどのように発展させていくのか――。日本人は、和食、中華、洋食といった枠組みを独自の解釈で発展させ続けています。食卓における即席麺には今後、さらなる新しい食べ方も出てくるはずです。

取材・文/松浦達也 撮影/魚本勝之
2023.03.29

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