私の台所
Scroll Down

第二回料理写真の匠が辿り着いた
ミニマルの世界
料理写真家・今清水隆宏さん

いきいきとした素材をおいしい食事に変える台所。そんな魔法のようなスペースを、食や料理にまつわるプロフェッショナルはどうデザインし、
どんな風に使っているのでしょう。そこにある道具や収納、使い方は……?さまざまなプロフェッショナルの台所を巡ります。

Profile

今清水隆宏(いましみずたかひろ)さん
1965年生まれ。写真家。東京造形大学卒業。
土井武氏に師事後、1988年に独立。国内・海外、家庭料理・レストランを問わず、高い技術でスチルから動画まで食のまわりを切り撮る。有限会社イマシィドットコム代表。

手掛けた食の書籍の数は300冊以上、雑誌やウェブなどを含め、数え切れないほどの食を35年にわたり、撮り続けてきた料理写真の匠、今清水隆宏さん。8年前、長く続けたスタジオを引き払い、一人暮らしの自宅ペントハウスを事務所使いもできるよう開放した。

「そのとき台所も開かれたんです」

今清水さんは、これまでイタリアやフランス、インドや中国を何度となく訪れ、膨大な現地の料理に触れてきた。現地の料理を求めて、食の仲間から「あれ作ってよ」とのリクエストも多い。最近は事務所を兼ねるようになった自宅で人をもてなすようにもなった。

企業の商品開発にもアドバイザーとして参画することもある今清水さんは、料理に対してレストランのシェフ以上に真摯な一面もある。台所を開くとき、40畳のリビングとひとつなぎの台所をどう開き、どう使うかを考え抜いた。

「せっかく人を招くならお話したいですよね。台所は対面カウンターにして、その向こうの大きな丸テーブルを囲む客とも一体感をもって話せるようにレイアウトしました」

少人数ならカウンターのみを使い、4~5名以上のゲストを迎えるならテーブルも含めたひとつの空間として食事やお酒を楽しむ。まず実用ありき。ムダはないけれど色気のあるデザインや空間を求める。使ううつわや道具にも通底する今清水さんの考え方だ。

「ちょうど台所に手を入れるタイミングで断捨離をしたんです。残したのは人をもてなすときに必要なうつわや道具など。それに一人で食べるのにちょうどよさそうな鍋や皿ですね」

鍋ならば、信楽雲井窯の中川一辺陶の1.5合炊きの土鍋に、小さなすっぽん用の土鍋、それに直径40cm以上もあるうどんすきの鍋。なんともダイナミックな鍋のラインアップだ。

「いま海外に住んでいる娘がたまに帰ってくるけど、2人だとだいたいこれくらいの鍋で事足りるんですよね。一方、大勢ではりはり鍋をやるときなどはこのうどんすきの鍋が重宝するんです」

見栄えのいい多層ステンレスの高機能鍋や、時短調理の代名詞でもある圧力鍋は不要になった。いま台所で手にするのは、実用性にすぐれ、ムダがなく、それでいて色気が感じられる昔ながらのうつわや道具が多い。

「すっぽん用の土鍋もそうですが、いまは浅い鍋やうつわをよく使いますね。汁物でも実用のことを考えたら、そんなに深いうつわは必要ないし、浅いうつわは重ねて収納もしやすい」

半分に減らしたとはいえ、食器棚には今清水さんの審美眼にかなう、膨大な数のうつわが収納されている。

「洋食器でも白いジノリなどは和食にも使えるし、洋食なら王侯貴族に出しても失礼にならない。使うシーンを選ばない機能性があるから、やっぱり残しますよね。土物は普段使いにはいいけど、料理や人によっては苦手なところもありますから」

もっとも古い道具ばかりを重用しているわけではない。断捨離後も、機能とデザインにすぐれ、暮らしを豊かにする道具は取り入れている。複数のタイプの刃が交換できるタイプのチーズ削りや、分解できるキッチンばさみ。そしてテラスでバーベキューをするときのための、フタ付きグリルなど。

心地よく使うことのできる道具の向こうに、もてなすべき人の姿を見やっている。

今清水さんにとっての台所は「世界の扉」。閉じれば自分の世界で心地よく過ごすことができ、開けば無限の世界が広がり、今清水さんと手ずからの料理のもとへ人が集まってくる。

この台所は世界のどこにでもつながっている。

グレーター&ジュリエンヌ
複数のグレーター(おろし金)とジュリエンヌ(せん切り器)が換装できるミシェル・ブラスのグレーター&ジュリエンヌ器。
パイレックスの皿
そのままオーブンやレンジ調理もできる、丈夫なパイレックスは長く使い続けている愛用品。
さわらのおひつ
米は土鍋で炊き上げたらそのままおひつへIN! 吸湿性の高い木材が米表面から余計な水分を取り去り、ハリやツヤを取り戻す。

家電のデザイナーが
プロの台所から学んだこと

三菱電機統合デザイン研究所南出由裕
今清水さんのキッチンや食卓は、クリエイターとしてのメガネにかなった鍋、うつわ、道具の宝庫で、デザイナーとしてとても刺激的な空間でした。普段使いの調理道具や食器はシンプルで使いやすく、しかもどこかかわいらしいさが感じられるアイテムばかり。調理では鍋料理やオーブン料理など、素材の持ち味を活かすようなシンプルな調理を心がけておられるのが印象的でした。常日頃から“本質”を大切にするスタンスに触れ、生活のなかでデザインを体現する姿勢を学ばせていただきました。

構成・文/松浦達也 撮影/吉澤健太
2024.02.02