職る人たち—つかさどるひとたち—

これからの暮らしを彩る、
ものづくりの若い力

純銅おろし金職人 春原 澄人×三菱ジャー炊飯器「本炭釜」設計者 蜷川 智也

#03 TSUKASADORU HITOTACHI

対談篇 前篇「おろし金は刃物」先代からの
教えを継承する

(対談篇 前篇)

純銅おろし金の目立て作業を見学&体験させていただいた後、
工房内で大矢製作所・春原澄人さんと、三菱電機ホーム機器・蜷川智也との対談を開催しました。

体験で得た「不思議さ」が「好奇心」へ変わった

春原さんはなぜ大矢製作所へ就職されたのでしょうか。

春原澄人さん(以下、春原)

きっかけは、東京・御茶ノ水の美術系専門学校へ通っていた21歳の時でした。当時、職人の仕事を体験できるという東京・台東区のイベントがあり、浅草を創業の地とする大矢製作所もそのイベントに参加していました。私は就職先を探していたとかそういうことではなく、まったくの興味本位で行っただけだったのですが、そのイベントで先代(大矢製作所の二代目・大矢昭夫氏)から「やってみないか?」と誘われたことがすべての始まりです。

今日の蜷川さんと同じように、そのとき初めて春原さんも目立て作業を経験された?

春原

はい。当然のことながら、最初はうまくできませんでした。そして同時に「どうやったらうまくできるのだろう?」「どうやったら先代みたいな目を立てられるのだろう?」と不思議に思いました。

蜷川智也(以下、蜷川)

その気持ちはよくわかりますね。春原さんは私よりずっと速いスピードで目立てをしているのに、どうして刃先があんなに綺麗なんだろうと、とても不思議な気持ちを今、抱えていますから(笑)。

春原

そのときの不思議さが、だんだんと仕事としての好奇心に変わっていき、大矢製作所へ就職することにしました。とはいえ、入社してすぐの頃は、正直そこまでこの仕事にのめり込んではいなかったんです。でも先代たちの作ったおろし金で実際に大根をおろしてみると、それまで自分が食べていた大根おろしとは全く違うんです。「こんなに小さな刃先で、なぜこんなにおいしい大根がおろせるのか?」とさらに不思議に感じ、その不思議さを探求していくうちに仕事がとても楽しくなっていきました。

入社後は、先代である昭夫さんから教えを受けたのですか?

春原

はい。先代は名人と謳われていましたが大学卒業後に一般企業へ就職し、その後家業を継いだ方で、いわゆる“職人気質”の人ではありませんでした。とても丁寧に仕事を教えてもらい、あまり強く怒られたこともありませんでしたね。ただ、駆け出しの頃に「実際の商品となるものを、自分が打っていいのだろうか……」と目立ての際に気が引けてしまった時には、「失敗してもいいからチャレンジしろ!」と叱られました。それはよく憶えています。

“おろす”ではなく“切りおろす”という感覚

春原さんが受けた先代の教えのなかで、特に印象的なものは?

春原

何度も言われてきたことは「おろし金は刃物である」ということです。うちのおろし金は、単に“おろす”というよりも、たくさんの刃先で“切りおろす”という感覚なんです。切りおろすことで、大根ならば細胞が潰れず、水と繊維が分離しない。だからたっぷりと水分を含み、ふわっとした食感の大根おろしに仕上がります。しょうがなどの繊維も細かく刻んでくれます。「おろし金は刃物」という教えが意識の奥底に刷り込まれているから、この道に進んで20年以上が経った今も、刃先の起き方には絶対に妥協できません。とはいえ、自分が満足する目の起きを追求し過ぎるのもダメ。あくまでお客様に喜ばれる目の起きを追求しなければならない。そんなことも先代から教わりました。

ー方、蜷川さんは2005年に三菱電機ホーム機器へ入社されています。ご担当されている「構造設計」というお仕事は、どのようなお仕事なのでしょうか。

蜷川

入社以来十数年間、キッチン家電に関する部門に所属し、現在はジャー炊飯器の構造設計を担当しています。内釜、内蓋、IHコイル、センサー、基板、操作ボタン、液晶画面等々、さまざまな要素をいかに上手に組み合わせ、目的に合った性能・デザイン・コストをかなえたジャー炊飯器を作るのか構造設計者はその腕が試されます。いろいろな知識・経験が求められる、かなり複合的な仕事だと思います。

三菱ジャー炊飯器の現在の主力商品が「本炭釜 KAMADO」です。

蜷川

はい。そもそもジャー炊飯器は「マイコン炊飯器」と「IH(電磁誘導加熱)炊飯器」に大別されます。マイコン炊飯器は底部の発熱ヒーターの熱で銅やアルミなどの伝熱性のよい内釜を加熱する方式を採るのに対し、IH炊飯器は“電磁力”を使って内釜そのものを発熱させるため、マイコン炊飯器に比べて高火力で加熱ムラが少なく、おいしいごはんが炊き上がります。「本炭釜 KAMADO」はそんな三菱ジャー炊飯器の最上位モデルです。

炭釜×八重全面加熱×泡昇り釜底の先端技術

「本炭釜 KAMADO」にはどのような特長があるのでしょうか。

蜷川

おいしいごはんを炊き上げるコツは、ずばり火力です。本炭釜の内釜には、IH方式ととても相性のよい炭素材料を採用しています。その純度は、純度99.9%。金属製ではなかなか出せない発熱性を保ち、かつ、遠赤効果のある“炭”のチカラで内釜全体が発熱体となります。そんな内釜を包み込むのが、底面のトリプルリングIH、胴周りの四重ヒーター、そしてふたヒーターです。これら“八重全面加熱”の大火力によって「激沸騰」を実現するのが、「本炭釜 KAMADO」の大きな特長です。

職人の手作業で作りあげる釜は
まさしく職人技

蜷川

こちらをご覧ください。「本炭釜 KAMADO」の内釜の断面です。釜底中央部が分厚くなっているのがわかると思います。この10ミリほどの厚みが、内釜のなかでお米を押し上げる大泡を発生させ、激しい熱対流を起こします。これら技術の組み合わせにより、芯まで火が通った、粒感のあるふっくらごはんが仕上がるんです。

春原

炭でできた内釜というのが、とても興味深いですね。どのように作られているのですか。

蜷川

これは、量産当初は1日に50個ほどしか製造できなかったんです。原料はもともと円柱状をしていて、そこから都合3度、計90日間をかけて焼成を行った後、職人の手作業で成形され、完成します。この釜底の形状も、プレス加工ではできない繊細な手作業で実現しているんです。

春原さんの純銅おろし金の刃先と同様、まさしくそこに職人技が潜んでいるんですね。

蜷川

ご家庭で長く使っていただくためには、ちょっと落としただけで割れるようではいけません。だから「強度を保つ」という点ではかなり試行錯誤を繰り返しました。強度解析を行い、内釜の弱い部分を厚くするなど、何度も何度も試作と落下試験を繰り返し、ついにここに辿り着きました。もちろん従来の金属製内釜に比べれば破損しやすい面はありますが、十分に市場へ提供できる強度を確保できていると考えています。(後篇へ続く)