職る人たち—つかさどるひとたち—

これからの暮らしを彩る、
ものづくりの若い力

純銅おろし金職人 春原 澄人×三菱ジャー炊飯器「本炭釜」設計者 蜷川 智也

#03 TSUKASADORU HITOTACHI

工房訪問篇 純銅製おろし金「大矢製作所」

(埼玉県和光市)
WAKO

先々代から伝わってきた大矢製作所の純銅おろし金。
きめの細かい、まるで“淡雪”のような大根おろしづくりを可能にするのは、職人による目立ての技法でした。
その工房を少しのぞいてみましょう。
大矢製作所は1928(昭和3)年、銅を材料に様々な調理道具をつくる銅壺屋(どうこや)「銅寅」として、
初代・大矢金次郎氏が東京・浅草の地で開業しました。1950年代から業務用を中心とした純銅おろし金に特化。
現在は二代目・大矢昭夫氏から会社を引き継いだ三代目・大矢茂樹氏のもと、埼玉県和光市の工房を拠点に営業をしています。

プロの料理人も愛用する
“羽子板型”純銅おろし金

大矢製作所が製造・販売する純銅おろし金のなかでもっともポピュラーなのが、プロの料理人も愛用する“羽子板型”の純銅おろし金です。
1番(長さ30.0cm×幅18.5cm)から6番(長さ19.0cm×幅10.5cm)までのサイズが揃っています。
表・裏の両面に粗さを変えた刃が立てられ、表面では「大根」を、裏面ではわさび・しょうが・ゆず・にんにくなどの「薬味」をおろすことができる優れものです。

古くから愛用している築地の金物屋や老舗料亭のみならず、最近ではネット通販等を通じて一般家庭でも人気が高いそうですが、1日の製造個数は限られているのだとか。

「4番サイズ・両面加工のおろし金なら、1日25枚くらいが目安でしょうか」。そう話すのは、職人頭を務める春原澄人さんです。

現在の同社工房では、より多くのおろし金を製造していくため、目立ての作業のみに専念しており、目立てよりも前段階の地金抜き・穴明け加工・面取り・平磨き・フチ曲げ・すずメッキ等の工程はすべて新潟県の協力会社で行われているそうです。

一打ち目で調子をとり、
二打ち目で一気に仕上げる

春原さんによる目立ての作業工程をのぞかせてもらいました。

春原さんは目立ての際、左手に目立て用のたがねを、右手に金槌を持ち作業を行います。たがねは、自らの手で研ぎ、角度や鋭さを調整して使うため、20センチほどあったものが半分以下の長さになることも……。
「このたがねは、特別な焼き入れを施した特注品です。入手しにくい貴重な道具のため、何年も愛用し続けるうちにこの長さになってしまいます。自分の目立ての癖などに合わせた独自の研ぎ方で、日頃から丁寧に手入れをしています」。

いよいよ目立て作業が始まりました。カ、カン…カ、カン…カ、カン…カ、カン…。心地よいリズムを刻みながら、春原さんは一つの刃に対し、一打ち目は弱く、二打ち目は強く叩きます。この“二打ち”こそが目立ての基本。春原さん曰く「一打ち目で軽く調子をとり、二打ち目で一気に仕上げる」のが秘訣だそうです。
まっさらだった銅板の表面には、次々と鋭い刃先が生まれていきました。

「こうして一目、一目、手作業で刃先を立てていきます。おおよそ等間隔になるように立てながら、一列できたらまた一列……。押しても引いても大根をおろせるよう、反対方向からは逆目を立てます。また、微妙に目の間隔・高さを不揃いにすれば、おろすときにさまざまな面が大根にあたり、軽い力でスムーズにおろせるようになります」

良い目
見失ったときには
「先代のおろし金」に立ち戻る

この日の対談相手である三菱電機ホーム機器・蜷川智也も、春原さんの指導を受けながら、目立て作業を体験しました。しかし、春原さんのような軽快な調子で打つことはなかなか叶いません。

「すごく難しいですね…。それに銅板が思っていたより硬く、きれいな刃が立ちません…」(蜷川)

「でもお上手ですよ。初めてでこれだけできるなら立派なものです(笑)」(春原さん)

次に春原さんが目立てをした純銅おろし金で、大根をおろす蜷川。

「大根おろしといえばそれなりの力作業ですが、春原さんのおろし金はそれほど力を入れることなくおろせますね」。
きめの細かい、まるで淡雪のような大根おろしが次々に作られていきました。
蜷川もすっかり春原さんのおろし金の虜となったようです。

「こうしたきめ細やかな大根おろしを可能とする『良い目』は、適度な幅を保ち、スッと山型に立っている刃がもたらします。
そうした良い目を立てるために、今も私たちは試行錯誤を繰り返しています。
長年経験を積んだ職人でも、毎日何枚も目立てをしていくと『良い目』が何なのかわからなくなるもので、そうして良い目を見失ったときには、先代が遺してくれたおろし金の目をじっくりと眺めるんです」

一行は工房拝見の後、春原さんと蜷川の対談を実施。春原さんは、なぜこの道を志したのでしょうか。対談では、2人のこれまでの人生やものづくりのこだわりについて語り合っていただきました。

第三回 対談篇 前篇
「おろし金は刃物」先代からの教えを継承する
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