職る人たち—つかさどるひとたち—

これからの暮らしを彩る、
ものづくりの若い力

樽製造・荷師 横谷 哲矢×三菱液晶テレビ 映像技術者 松本 竜也

#04 TSUKASADORU HITOTACHI

工房訪問篇 菰樽製造「岸本吉二商店」

(兵庫県尼崎市)
AMAGASAKI

菰樽(こもだる)とは「菰」と呼ばれる“わら織りのむしろのようなもの”を巻いた酒樽のことです。
江戸時代中期、伊丹・灘などから江戸へ海上輸送される酒樽を菰で包み、保護材・緩衝材代わりにしたことが発祥の起源とされていますが、
その後、輸送・運搬時にお酒の銘柄を区別するなどの理由から、
菰の表面にそのお酒の銘柄やデザインを刷り込む「印菰」(しるしこも)という文化が加わりました。
近代に入ってからも、神事での酒樽の蓋を開く際の鏡開き等に菰樽が使われるなど、その文化は今も根強く残っています。

創業1900年の老舗・菰樽製造所

かねてより酒づくりがさかんだった灘・伊丹。
当地では農家の冬場の仕事として、菰樽をつくる際に使われる菰縄づくりが発展していたといいます。現在、菰樽の製造所は全国にわずか3軒しかありませんが、そのうち2軒がここ尼崎にあります。

菰樽製造を営む岸本吉二商店も、尼崎市塚口本町に工房を構えています。

同社のはじまりは明治初期。後の創業者・岸本吉二氏の父・吉太郎氏が菰縄の仲介を行い、その意思を受けた吉二氏が1900年に同社を創業しました。戦時中は一時、菰樽製造が中止されたこともありましたが、1949年に製造を再開。現在は岸本敏裕氏が社長を務めます。

同社の従業員数は約30名。菰樽づくりの工程はいくつかのパートに分かれますが、社員はワンチームで作業を行い、そのなかでは若手職人も活躍中です。

天気・湿度をみながら調整する
印の転写

岸本吉二商店での菰樽づくりの作業工程をのぞいてみましょう。

通常、わらで織られる「菰づくり」と、荷造りの際に使用する「立縄づくり」はパートナー会社の工房で行われ、同社工房では「転写紙の印刷」「菰への熱転写」と「荷造り」のパートを担います。

最初に拝見したのは、印刷場。ここではスクリーン印刷技術を用い、専用紙に1色ずつインクを重ねながら、蔵元から預かった印(絵柄・銘柄)のデザインされた“転写紙づくり”が行われていました。

その後の工程を受けるプレス場では、菰への高温高圧プレスが行われます。菰の印刷面には特別な白い塗料が塗布され、プレス機械でその印刷面に転写紙に刻まれた印を転写。作業を担当するプレスの職人曰く「インクが菰にきれいに乗るよう、その日の天気・湿度などをみながら回数・圧力を調整している」のだそうです。

なお、最も大きな四斗樽(直径60センチ・高さ60センチ、最大容量72リットル)を包む菰には“山田錦”など背の高いわらが使われます。わらの調達は「兵庫県の農家さんにお願いして、ご厚意で田んぼの稲刈り稲木掛けをさせていただいてます」。近年は時代要請に応えるため、樹脂製の菰が主流となっています。

いい菰樽づくりには、
いい状態のわらが大事

このほか工房では、鏡開きの際に使われる枡への刻印や、豆樽等のオリジナル商品の製造を行っています。

菰樽の荷造り職人・荷師の仕事とは

さて、ここからがいよいよ最終工程——荷造りの作業です。なお、荷造りは通称“巻き”とも呼ばれ、作業する職人たちは「荷師(にし)」と呼ばれています。

工房を案内していただいた横谷哲矢さんも、同社で働く荷師の1人。年齢は27歳。今年で入社7年目を迎えます。

「巻きの手順は少々複雑です。菰に縄を通すための『針』、菰を叩いてなじませる『たたき』、縄を切る『鎌』——主にこれら3つの道具を使いながら、1つひとつの工程を手作業で行っていきます」(横谷さん)

巻き作業の手順は次の通りです。

  • 杉樽を菰で巻く
  • 継ぎ目部分の3カ所を細い縄で綴じる(綴じ縄)
  • 菰樽の上部・底部それぞれに周囲から縄を通しながら菰を締める(口縄・尻縄)
  • さらに上部を縄で編み込む(口かがり)
  • 全体に太い立縄をかけ、ゆがみを調整
  • 最後に横縄をかけて完成

この日、横谷さんと対談する三菱電機・松本竜也も、一部の巻き工程を体験させていただきました。

「手作業の時間がとても長く、結構、力の要る作業ですね…」(松本)

「はい。でも1つの工程が終わるたびに力を抜いてしまうと、作業のスピードが遅れてしまいます。だからといって常に100%の力を入れて巻いているだけでもダメ。私の場合、からだの動きと力の緩急、この組み合わせ・バランスを意識するようにしたことで作業が上達していきました」(横谷さん)

一通りの作業を終えた松本は次のように話します。

「めったにできない、貴重な体験でしたね。工程の1つひとつにさまざまなノウハウが凝縮してされていると感じました」(松本)

工房を離れた一行は同社事務所へ場所を移し、横谷さんと松本の対談を開催。2人がなぜ技術者の道へ進んだのか、語り合っていただきました。

第四回 対談篇 前篇
理想のものづくりを追求する
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