和食シリーズ企画第3弾

これからの和食を考える。

ユネスコ無形文化遺産に登録された和食文化。 未来へつなぐために、今できること。ユネスコ無形文化遺産に登録された和食文化。 未来へつなぐために、今できること。

第6回 酢
和から洋まで。
酢はすべての味の
まとめ役

株式会社ミツカン 商品企画部
食酢エキスパート
赤野裕文さん

和食の代名詞として、世界的な支持を得る「すし」。
その土台となる「酢」は、いまその世界を大きく広げています。
その歴史から、食文化のなかで果たした役割。そして調味料だけにとどまらない酢の可能性――。
株式会社ミツカン、食酢エキスパートの赤野裕文さんにお話を伺いました。

酢が現代のすしを生んだ

編集部
酢といえば、和食の世界的な代名詞「すし」に欠かせない調味料です。
赤野さん
(以下 敬称略)
酢がすしに使われるようになったのは江戸時代に入ってからなんです。江戸の中期、1700年頃のことですから、この300年くらいのことですね。それまでは「すし」というのは鮒ずしのように、魚を米に漬け込んだものを指していました。当時、そこで使う米は保存性を高める乳酸発酵をさせる材料として使われ、それ自体を食べるものではなかったんです。ただ自然発酵を待つ食品は、どうしても時間がかかってしまいます。
編集部
時間がかかるものほど、できあがりが待ち遠しくなります。
赤野
昔の人も同じだったんでしょう。最初は少しでも早く食べたいから、発酵を促進させるために酢が使われた。この頃には、すしは現代のように魚と飯の酸味を楽しむように変わっていました。そして江戸時代中期になると、現代のすしの原型となる炊いた飯に酢で酸味をつける「早(はや)ずし」が誕生したんです。
編集部
現代風……となると、握りずしですか?
赤野
少し気が早いですね(笑)。当初、江戸の屋台で流行ったのは押しずしでした。その後、1750年頃に巻きずしが生まれ、1800年代前半の文化・文政年間、いわゆる“化政文化”の頃に「握りずし」が登場します。すし店でカウンターの内側を「ツケ場」なんて言いますよね。あれはもともと「漬け込む場所」だからとも言われています。ちなみに当社は1804年の文化元年、この半田で初代の中野又左衛門が創業しました。ただ、その頃のミツカンは造り酒屋だったんです。
編集部
文化文政年間というと、灘や伏見といった上方の酒が「下り酒」として江戸で大人気になった頃ですね。
赤野
そうですね。江戸の町人文化がさまざまな形で花開く頃です。半田は現在の愛知県ですから、大阪や京都といった上方よりは江戸に近く地の利もある。そこで江戸に酒を卸したら、どうもすしという食べ物が流行っているらしい。酒を造っていた当社には、酢の原料となりそうな酒粕がたくさんあるわけです。米酢を作るには本来、米から日本酒を造る必要がありましたが、そこをもう一歩工夫して酒粕から酢を醸造できるようにした。それが熟成した酒粕酢――赤酢だったんです。
編集部
江戸へ酒を出荷したことがマーケティング調査を兼ねることになり、酒造りの知見を積むことで醸造テクノロジーも進化した、ということなんですね。
赤野
しかも熟成した酒粕を原料とした酒粕酢が、握りずしにとても合った。熟成した酒粕に含まれるデンプンやタンパク質が糖とアミノ酸に分解され、甘みや旨みがどんどん深くなる。これをベースにすると、より芳醇な酢ができて握りずし用の酢飯にとてもよく合ったのでしょう。記録では1810年頃には酢を大量に出荷できるようになっています。握りずしは1787年から1827年の間に誕生し、1827年から1853年の間に大成したと言われています。握りずしという一大ニーズが生まれるタイミングで、当社には応えられる力があったということなんです。ラッキーですよね(笑)。

酢が果たしてきた役割

編集部
早ずしが登場する以前、「酢」はどういう使われ方をしていたんでしょうか。
赤野
例えば元禄時代(1688~1704年)の京都では、京友禅の染料を定着させる「色止め剤」として使われていました。当時は食用より染め物用のニーズが大きかったと言われています。
編集部
そもそも日本に「酢」が生まれたのはいつ頃の話なのでしょう。
赤野
4~5世紀頃、中国から伝来したと言われています。平安時代は、上流階級が使う希少な卓上調味料でした。鎌倉時代頃から調理にも使われるようになり、室町時代から江戸時代にかけて、魚に使うような合わせ酢として使われ始めます。その後、「早ずし」という一大転換点を経て、現代に至るまでの間に、さまざまな形で酢が活躍するようになってきました。
編集部
「さまざまな形」というと、例えば、現代ではどんな形がありますか。
赤野
あらゆる調味料と言ってもいいでしょう。例えば現代の調味料を考えても、マヨネーズ、ケチャップ、ドレッシング――。みんな酢が使われていますよね。
編集部
現代のわれわれの食生活に欠かせない調味料ばかりです。
赤野
酢の酸味というのは、味をまとめる力があるんです。しょうゆのように味つけの主役ではなく、むしろ脇にいたほうが力を発揮できるタイプ。でも酢が入らないと味が決まらない。鮎を食べるときの蓼酢(たでず)なんて、よく考えついたものだと感心します。黄身酢だって言ってみればマヨネーズですし、ごま酢なんてごまドレッシングと言ってもいい。昔の人はすごいですよね。

酢に隠れていた可能性

編集部
そう考えると、酢の用途にはまだまだ可能性がありそうです。
赤野
そうですね。若い社員の間では「作りおきできてオシャレ。急なお客様にも対応できる」「洋食やワインに合う」といった理由でピクルスも人気のようです。そのほか、この数年人気の商品に「カンタン酢TM」というピクルスからマリネ、肉料理にまで使える調味酢があるんですが、このお酢だけで作る「鶏肉の甘酢照り焼き」も人気メニューのようですね。
編集部
酢というと健康需要も強いですよね。
赤野
食酢の酸味成分である酢酸には、肥満気味の方の内臓脂肪を減少させる機能があることが報告されています。機能性表示食品で6倍に希釈して飲む「ブルーベリー黒酢」はうちの飲料で一番人気ですし、居酒屋などでもビネガーカクテル人気が高まっていると聞いています。調味料のなかで、身体にいいことづくめなのが酢だと考えています。
編集部
「健康」はもちろん、「飲料」や「洋食」といった分野も、すでに「酢の領域」になっているというわけですね。さて、改めて「酢と和食」についての関係について教えてください。
赤野
和食ならではの「おいしさと健康」という魅力を失ってはいけないという大前提はあると思いますが、そのうえで従来の使い方、考え方だけにとらわれていてはいけないと思います。和食はどんどん変化するもので、その変化を後押しし、和食の価値である「おいしさと健康」に貢献できるような商品を出せるといいなと思っています。
編集部
長い歴史のなかで日本人と酢の付き合い方も変わってきました。
赤野
酢を使うのはお客様で、そのお客様だって変わっていくはずです。実は私、ミツカンに入社した38年前は、酢が苦手だったんです。小さい頃、食卓に上る酸っぱいものと言えば、なますばかりでイヤになってしまっていた(笑)。でも嫌いだったからこそ、あとから酢を好きになってくれるかもしれない人の気持ちがわかると思うんです。今後、私も思いもよらぬ側面から、酢は世の人々に受け入れられるようになっていくのではないでしょうか。

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2017.04.03