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放射能分析技術

先進の信号復元技術により高速で、高精度な分析を実現。

(財)日立財団 (株)日刊工業新聞社
平成27年度 第42回 環境賞「環境大臣賞・優秀賞」を受賞。

環境保全、被災地復興への貢献が認められ本技術は「迅速測定が可能な放射能分析技術」として環境賞「環境大臣賞・優秀賞」を受賞。放射能分析技術が同賞を受賞するのは初めてのことです。


技術紹介

信号復元技術によりシンチレーターの放射能分析能力を飛躍的に向上。

福島での事故以降、自治体や流通業者による食品などの放射性セシウム測定が行われるようになりました。食の安全・安心のために、さらには風評被害を防ぐためにも、さまざまな食品を短時間で高精度に検査できる放射能分析装置が求められています。
三菱電機は九州大学との共同開発により、ヨウ化ナトリウムシンチレーターに独自の信号復元技術を適用し、ごく微量の放射性セシウムを高精度・短時間で測定でき、しかもイニシャルコスト・ランニングコストを抑えた装置を開発し、製品化することに成功しました。
従来、放射能分析には主にゲルマニウム半導体検出器が用いられてきました。ゲルマニウム半導体検出器は分析能力は高いものの、放射性セシウムが微量なケースでは測定に時間がかかり、また液体窒素による冷却が必要なためランニングコストが高い、装置が高価であるといった課題がありました。またヨウ化ナトリウムシンチレーターについては短時間で安価に測定できる反面、分析能力が低いという難点がありました。
今回の装置では信号復元技術に放射線・光学連成解析による独自のシミュレーション技術を用いることで、ヨウ化ナトリウムシンチレーターの分析能力が飛躍的に向上。ゲルマニウム半導体検出器の優れた分析能力とヨウ化ナトリウムシンチレーターのスピード・手軽さをあわせもつ革新的な放射能分析装置となりました。

システム概念図
検出部の構造

■従来の検出器との比較

検出器 従来のゲルマニウム半導体検出器 従来のヨウ化ナトリウムシンチレーター 今回の開発成果(ヨウ化ナトリウムシンチレーター+信号復元技術)
測定時間※1 10~15分 2~5分 1分
核種分析(セシウム134と137の分離定量) 不可
装置重量(遮蔽体含む) 1500~2000kg 150~250kg 30~160kg(設置環境による)
ランニングコスト 高い(液体窒素での冷却が必要) 低い(冷却不要) 低い(冷却不要)

※1:試料重量2kg、検出限界:25Bq/kgの場合(ゲルマニウム半導体検出器は相対効率15%の値)。


「検出器の物理特性」による信号のばらつきを解析し、放射線エネルギー固有の信号に復元。

玄米認証放射能標準物質の測定例

ヨウ化ナトリウムシンチレーターは、ヨウ化ナトリウムの結晶と放射線が衝突した際に発生する光(シンチレーション光)の量を電気信号に変換して放射線を検出する装置です。
ヨウ化ナトリウムシンチレーターの分析能力を改善する上で問題となるのが「検出器の物理特性」による信号のばらつきです。
例えばセシウム137は662keVなど、放射性物質は固有のエネルギーを持つ放射線(ガンマ線)を放出します。その放射線エネルギーを測定することで、種類・量を特定するのです。しかし「検出器の物理特性」により、検出器に吸収されるエネルギーが一定にならず、さらに発生する光量と伝搬される光量がばらつくため高精度かつ迅速に測定することは極めて困難でした。これを解決したのが今回開発した信号復元技術です。
この技術は放射線のエネルギーごとに、どのようなばらつきが起こるかをあらかじめ放射線の物理挙動解析とシンチレーター内の光線追跡によりシミュレーションし、データベース化。実測信号とデータベースを照らし合わせ、それぞれの放射線エネルギー固有の信号に復元することで、その種類や量を特定します。
今回の装置では2kgの一般食品の場合、検出限界25Bq/kg(ベクレル/キログラム)を1分で測定できます。これは一般的なゲルマニウム半導体検出器の約1/10という速さです。


開発NOTE

震災の年の夏、「私たちにできることは何か」という思いから開発をスタートしました。

先端技術総合研究所 
西沢 博志 
林 真照 
東 哲史
先端技術総合研究所
西沢 博志
林 真照
東 哲史

開発を社内でスタートしたのは2011年の夏です。この年、福島第一原子力発電所で事故が起こり、「何か私たちにできることはないか」ずっと考えていました。震災当時、さまざまな学会や会合で「放射能分析装置が足りない、測定に時間がかかる、装置の使い方が面倒」など、福島からの声を耳にすることがありました。そんな現状に対し、以前から開発を続けてきた放射線・光学連成解析というシミュレーション技術を信号復元技術に適用すれば、より高精度で、より早く放射線エネルギーを測定できるのではないかと考えたのです。
2012年には九州大学の方々と共同で科学技術振興機構(JST)の支援を受けて本格的に開発を開始し、2015年には製品化へとこぎ着けました。比較的短期間で製品化できたのは、福島にこの装置を早く届けたいという思いとともに、当社が長年培ってきた技術がベースにあったからです。
放射線・光学連成解析もそうですが、信号処理部の回路設計や解析アルゴリズムもその一例です。理論値通りに出力でき、使用環境に左右されないなど、今回の装置ではソフトウェアだけでなく、ハードウェアである回路にもシビアな条件が要求されます。通常このような回路をゼロからつくれば、数年必要だったかもしれません。それを短期間で完成できたのは放射能検出の分野での当社の豊富な経験とノウハウがあったからこそです。

トライ&エラーを幾度となく重ね、データベースの精度を高めていきました。

研究室作業風景

放射線は自然由来のものや宇宙線などさまざまな種類があり、それぞれ固有のエネルギーを持っています。これらを網羅するためにエネルギーを300階調に分け、300階調すべてのエネルギーに対して「検出器の物理特性」をデータベース化する。それが最大の課題でした。精度が少しでも落ちれば、最終的には大きなズレになってしまうのです。
その中でとりわけ苦労したのが光学解析でした。放射線・光学連成解析は当初はプラスチックシンチレーターへ適用するために開発を続けてきました。形状や大きさ・発光特性が異なるヨウ化ナトリウムシンチレーターにこの技術を適用するには当然、見直しが必要になります。
プラスチックシンチレーターは平たい円盤状であるのに対して、ヨウ化ナトリウムシンチレーターは円柱形です。この形状の違いにより散乱・屈折など、シンチレーション光が異なる動きをするのです。
光の物性を十分に理解しなければ、正確なシミュレーションは不可能です。光の物性に関するいろいろな文献も調べましたが、それだけでは解決策は得られず、自分たちの手でテストを行いトライ&エラーを幾度となく重ね、問題点をひとつずつ解決していきました。
「検出器の物理特性」という難題をクリアするには、放射線だけでなくシンチレーション光の特性まで解析できる高度なシミレーション技術が必要だったのです。


徹底して性能評価を行い、フィールドテストは福島で実施しました。

フィールドテスト作業風景

測定スピードや分析能力、コストなど、この装置は優れた特長を備えていますが、それらの特長に加え、私たちがこだわったのは装置の信頼性です。放射能は極めてナイーブな問題です。測定結果が風評被害など、大きな影響を及ぼしかねません。
そのために今回の開発では性能評価を徹底して行いました。テストに使う食品は何が適しているのか、まずヒヤリングから始めました。JSTの技術統括をされている平井先生からもアドバイスをいただき、放射能濃度が正確に値付けされた「標準物質」を使うことにしました。米や大豆、椎茸、肉など、いろいろな食品の標準物質でテストを行い、さらに食品の種類だけでなく容器への詰め方を変えるなど、慎重に慎重を重ねました。その結果、測定結果に影響する食品の密度を設定できるように工夫を加えました。また遮蔽容器の壁の厚さが異なる基本タイプ、鉛遮蔽容器強化タイプを用意し、さまざまな環境で正確に測定できるように配慮しました。

最終段階のフィールドテストは福島県内の2カ所の機関に実際の装置を持ち込んで行いました。測定結果は地元の機関で測定した結果と同様の値を示し、この装置の信頼性を証明することができました。福島の方々からも「ヨウ化ナトリウムシンチレーターで、ここまで測定できるのか」など、大変ご評価いただきました。

受賞は驚きと同時にこの技術への期待の大きさを実感しました。

授賞式写真

今回、おかげさまで環境賞「環境大臣賞・優秀賞」を受賞することができました。まだまだこれからの製品であるにも関わらず高い評価をいただき、大変驚くと同時にこの技術に対する期待の大きさを実感しました。この装置はすでに発売を開始していますが、測定の現場でより使いやすい装置へと今後も改良に取り組んでいきます。
フィールドテストの際、離れているとなかなか聞こえてこない福島の方々の声を直にお聞きし「まだまだやれることがある」と感じました。今回は食品の測定を中心に開発を行いましたが、土壌や水などの測定にも今後活用できればと考えています。広域にわたる各地区の数多くのサンプルを短時間で測定でき、ランニングコストも安いこの装置は、長期にわたりモニタリングが必要な環境中の放射線測定にも適していると思います。
またこの装置は軽量なので、機動的なモニタリングにも将来的には対応できればと考えています。食品や環境に対して安全・安心を求める気持ちは国内だけでなく、海外でも共通の願いです。これからは海外の市場へも目を向けていくつもりです。

謝辞

この開発は、国立研究開発法人科学技術振興機構の研究成果展開事業(先端計測分析技術・機器開発プログラム)による成果です。本技術を共同で開発しました九州大学大学院総合理工学研究院・渡辺研究室の皆様、フィールドテストにご協力いただきました株式会社環境分析研究所(福島市)、福島県農業総合センター(郡山市)の皆様に深く感謝いたします。


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