- 三品
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三菱電機のエレベーターは、スピードや揺れの少なさといった定量的な製品価値で業界をリードしてきましたが、競合他社との差別化が難しくなっていました。コロナ禍以降はオフィスへの出社意義を再認識する動きもあり、複数人が閉ざされた空間に乗り合わせる抵抗感を軽減するため、開放感・リラックス・集中力の回復を訴求する快適空間エレベーターのコンセプト検討に着手しました。
近年の建築業界ではウェルビーイングの観点で、利用者のストレス緩和が重視されています。エレベーターに居心地の悪さを感じる利用者も一定数いることがわかり、物理的な大きさを変えずに心理的広がりを作るべく「自然環境を感じさせる光・音・素材により、閉塞感を和らげる」という方向性が固まりました。
- 吉田
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照明・デザイン・音の複合的な要素により、快適な空間をデザインすることに。「青空照明® misola」による天井の奥行き感の演出に加え、天井と正面壁の隙間から光が差し込んでいるように見える「陽ざしコーニスデザイン」により閉塞感を軽減しています。さらに、立体音響システム「DIATONE® Ambience」を組み合わせることで、空間全体の広がりを感じられるようにしています。
- 吉田
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「青空照明® misola」は、自然光に近い色味とフレームの陰影を調整することで、利用者に視覚的な開放感を与え、天井を高く見せる効果があります。限られた天井スペースに導入できる寸法・配光設計にしつつ、清掃や点検といった保守性も考慮した設計にしました。
- 三品
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「陽ざしコーニスデザイン」は天井と正面壁との隙間から日差しが延びているようなデザインで、木漏れ日を思わせる柔らかい陰影を生み出します。壁面に木目とマットの白を採用し、自然素材を感じさせる風合いを出しながら、利用者の視線を上方へ誘導して閉塞感を軽減します。光と音の組み合わせで自然環境を演出するため、光量のバランスや陰影が不自然にならないように位置や角度の調整を繰り返しました。
- 吉田
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立体音響システム「DIATONE® Ambience」は音響信号処理技術によって音波を適切に制御することで、心地よい音場を実現して閉塞感を緩和します。かご(エレベーター空間)内部の残響特性や反射面を考慮しつつ、スピーカーを目立たない位置に配置しました。サウンドデザインは新しい挑戦で、利用者の位置が偏っても音が均一に聞こえるように試作と実機確認を重ねました。
音響面では何十種類もの自然音やBGMを適切に調整し、違和感のない継続音源を制作することで空間に広がりと奥行きをもたらせました。
- 嶋田
- お茶の水女子大学との共同研究では、実物に近いエレベーター空間を用意して、照明や音響による利用者へのストレス軽減効果を検証しています。ユーザーの感性は人によって異なるため、評価の手法も慎重に選びました。主観的なアンケートやインタビューだけでなく、生体計測によるストレス指標を採用し、客観的なデータを取得。従来型の一般的なエレベーターと比較した結果、移動時間の体感短縮やリラックス効果が確認できました。
- 坂田
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利用者の心理的ストレスを軽減するエレベーター空間そのものの快適性と、大学との共同研究を通じた実証データの提示が評価され、2024年度のグッドデザイン賞を受賞しました。大学との共同研究による客観的な根拠を示した結果、単なるイメージ戦略ではなく、科学的根拠に裏付けされた空間設計だという信頼が得られています。
受賞により、国内外の不動産会社や建築事務所からの問い合わせが増えました。ウェルビーイングを志向する建築コンセプトに合致するため、導入を検討するケースが増加しています。オフィスや商業施設だけでなく、ホテルや病院などでも活用できそうです。
審査委員にも実際にエレベーター空間を体験してもらい、「思ったより到着が早く感じる」「鳥のさえずりなど自然音が心地よい」「乗車中に上を見上げることで、他の利用者と目が合いにくくなった」といった声があがりました。
- 坂田
- 快適空間エレベーターは統合デザイン研究所の基礎研究の枠組みでコンセプトを検討しました。そのため、統合デザイン研究所のデザイナーが、コンセプトデザインから製品化および効果検証までの一連の工程を、社内外のチームで連携しながら進めました。KPIの設定から効果検証まで責任を持って取り組むことにやりがいを感じました。
- 嶋田
- コンセプト段階では、社内外の有識者に対してインタビュー調査を行い、ビルの利用者が感じるペインポイントとその解決策を洗い出しました。コロナ禍でビル全体に対する「快適さ」の定義が変わったため、エレベーターに限らず、ビル内の移動体験全体を対象に解決策を検討しました。
- 三品
- 快適空間エレベーターの開発においては、デザイナー、エンジニア、研究者の連携が重要で、それぞれの専門知識を掛け合わせる必要がありました。光の陰影を最適化するための調整や、自然音が不快に感じられない音量や周波数帯の検討など、各専門領域の知見を統合して試作品の改良を重ねながら進めていく楽しさがありました。
- 吉田
- チーム内の協力体制が整っているため、途中で問題点が見つかっても意匠設計や技術的調整などを素早く行うことができ、製品化までほぼ想定通りに進めることができました。
- 坂田
- エレベーターは一日に何度も利用するものであり、ビル全体の印象を左右します。快適空間エレベーターの開発を通じて、空間に潜む心理的ストレスを見つけて軽減する重要性を再認識しました。今回、エレベーターの実際の利用状況に近い環境を再現するとともに、生体計測によるストレス指標を採用し、客観的なデータを取得できた点が大きな学びです。
- 嶋田
- 今回、社内外の有識者インタビューを多数実施できたことで、自身のインタビュースキルが向上する経験となりました。利用者が感じるペインを開発上流のコンセプト段階で拾い上げることで、利用者に対する真なるウェルビーイングな体験を提供することができると実感しています。
- 吉田
- 今後も、利用者が癒しを得られる仕組みづくりをしたいと考えています。照明や音響だけでなく、ビル内の空間デザインに貢献していきたいです。
- 三品
- ウェルビーイングを志向するあらゆる製品や空間で展開できる可能性があり、商業施設の待合空間への音響設計など、他事業への展開に向けた研究を進めています。統合デザイン研究所では、三菱電機の家電から宇宙まで幅広い事業のデザイン業務を担当しているため、これからも多角的な研究を継続し、利用者の感性に寄り添う製品を提供し続けます。
「青空照明」「misola」は三菱電機株式会社ならびに三菱電機照明株式会社の登録商標です。
「DIATONE」は三菱電機モビリティ株式会社の登録商標です。
三菱電機株式会社 統合デザイン研究所
デザイナー
三品 拳大
2017年入社
エレベーター・ビル設備機器のプロダクトデザイン業務、エレベーターの液晶画面やアプリのUIデザイン業務に従事。コンセプトから製品開発まで、プロダクトとUIを横断して開発に携わっている。
三菱電機株式会社 統合デザイン研究所
デザイナー
坂田 礼子
2011年入社
車載機器に関する感性の定量評価技術をテーマに2015年に社会人ドクターとして博士号を取得。エレベーター・ビル設備機器を中心とした、将来コンセプト・UI/UXデザインなどの研究・開発も手掛ける。
三菱電機株式会社 統合デザイン研究所
UI/UXリサーチャー
嶋田 淳
2007年入社
先進運転支援システムにおける人間中心設計をテーマに2021年に社会人ドクターとして博士号を取得。動画やXR技術の業務活用を目指した基礎研究や、ビル・FA・家電など様々な製品・システムのUI/UX評価を担当する。
三菱電機ビルソリューションズ株式会社
エンジニア
吉田 謙吾
2008年入社
三菱電機ビルソリューションズ(株) 昇降機開発部
意匠開発課に所属し、国内、海外のエレベーターの意匠開発、設計に従事。主にエレベーター空間の天井部の意匠設計を担当。



