コラム
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2002年 10月分 vol. 4
ロケットエンジニア達の「Revenge」
ライター 林 公代 Kimiyo Hayashi


写真 H-IIAロケット3号機リフトオフ約26分後、第2段エンジン「LE-5B」の2回目の燃焼が始まろうとしている。LE-5Bの開発を担当したエンジニア・青木宏は緊張のあまり、ほとんど硬直していた。

 今回のフライトは、二つの衛星を別々の軌道に送り届ける。高度450kmに衛星USERSを、高度36000kmに衛星DRTSを。そのためLE-5Bは2回に分けて燃焼を行うことになる。低い軌道から高い軌道に移るときに、一旦停止していたエンジンを再着火させるのだ。極低温エンジンの燃焼を止めたり、リスタートさせたりするのは難しい。もし、1回目の燃焼時に発生した水分がエンジン内に残っていたら、リスタートさせようとしても点火器すらスパークしないだろう。世界の多くのロケットが3段ロケットで行う仕事を2段ロケットでやろうという、難しい技術へのチャレンジだ。

 青木は、LE-5Bが初めてロケットに搭載された時のことを忘れない。1999年11月のH-IIロケット8号機。第1段エンジンの燃焼トラブルのために予定の飛行経路から外れ、打ち上げ7分41秒後に指令破壊されたロケットだ。第2段新型エンジンLE-5Bは燃焼を開始したものの、その性能を十分に確かめられないままに、海の底にバラバラになって沈んでしまった。長年、開発に携わってきたものには「無念」だった。

 ところが。ロケットから送られてきたデータを調べてみると、カオスの中でLE-5Bが使命を忠実に果たそうとしていた様子が浮かび上がってきた。ぐるぐる縦回転しながら第2段はかろうじて第1段から分離、エンジン着火に成功していた。「信じられないことに」燃焼圧は正常。さらに分離後も回転を続ける機体の姿勢を立て直そうとしていた。軌道に到達できるはずもないのに、懸命に仕事を続けたLE-5Bのデータを見て青木は、けなげさに涙が出た。

 H-IIAロケットの前モデル、H-IIロケットは合計7機打ち上げたうち、8号機を含む最後の2機の打ち上げに連続して失敗。エンジニア達は再起をかけ「枕を高くして眠れない」日々を過ごしてきた。H-IIを改良したH-IIA1号機、2号機で成功したものの、「黒星2つを消してスタート地点に立ったところ」と青木。成功をカウントできるのはこれからだと。

 そして迎えたH-IIA3号機打ち上げ。2段エンジン燃焼はリフトオフ約7分後にスタート。14分後にUSERS分離。26分26秒後、第2回燃焼スタート。約2分半の燃焼のあとDRTSは無事、分離された。

 今、現場にはホッとした雰囲気が漂う。だが「本当の雪辱戦はH-IIA6号機の、運輸多目的衛星新1号機『MTSAT-1R』の打ち上げ」。H-IIロケット8号機が気象衛星「ひまわり」の後継機の役割を担うMTSATの打ち上げに失敗し、私たちの日常生活に直接影響を及ぼす。「MTSAT-1R」のRはロケットエンジニアたちにとって「Revenge」。打ち上げは2003年度に予定されている。



図版:H-IIA3号機のカットモデル。
図版:中央のオレンジ色のタンクの上から衛星までが第2段。