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2003年 8月分 vol. 1
火星につくまで気を抜くな!―火星探査機チャレンジヒストリー
ライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

火星探査機ヒストリー
 1997年7月4日に火星に着陸した後、火星を歩き回った「ソジャーナー」。大きな岩「ヨギ」を観測中。(NASA)  南東の空に赤くくっきりと輝く火星。もうご覧になりましたか? あの火星をめざし、日本の火星探査機「のぞみ」はすでに5年間も旅をしている。そして今年の6月からヨーロッパの火星探査機「マーズ・エクスプレス」、NASAの火星探査ローバー「スピリット」と「オポチュニティ」が相次いで打ち上げに成功し、ともに火星を目指している。

 ちなみに、8月のムービーに登場されている宇宙科学研究所の早川先生によると、大接近に合わせて探査機が続々打ち上げられている、というわけではないそうだ。探査機は地球と火星を結んだ直線距離を飛んでいけるわけじゃない。地球と火星を結んだ楕円の軌道のほとんど半周をするので、火星に着く時には地球-火星の距離はすごく離れてしまう。今年は、火星に行く燃料が少なく行ける年で、それが大接近のタイミングとたまたま合っているだけなんだとか。

 さて火星探査機は、打ち上げに成功しても観測を始めるまで気をぬけない。2002年まででNASAが打ち上げられた火星探査機は14機で成功したのは9機。旧ソ連はさらに悲惨。17機打ち上げたうち、はっきり成功とよべるのは2機しかない。(火星探査機ヒストリー参照)例えばマルス3号は1971年12月、初めて火星に軟着陸したものの20秒で通信途絶。火星に吹き荒れる砂嵐の中を着陸せざるをえなかったためだが成功と呼べるかどうか。他の探査機も打ち上げ失敗とか通信途絶など原因は様々で、NASAが1998年に打ち上げた「マーズクライメートオービター」は探査機をコントロールする2チームが「マイル」と「キロメートル」の二つの単位を混在して使っていたため。何で気づかなかったかなぁ。

 だけど、約40年の火星へのチャレンジの結果、火星について多くの事実が明らかになったことは間違いない。エポックメイキングな探査機をあげるとしたら3機。まず1971年に打ち上げられた「マリナー9号」。マッピングを目的にしており、火星の71%を観測。太陽系最大の火山・オリンポス山や、全長約5,000kmのマリナー峡谷(ちなみに米グランドキャニオンは約800km)など、火星のダイナミックな地形が初めて明らかになってきた。

 2機目は1976年の「バイキング」着陸。衝撃的なカラーのパノラマ写真と赤い空。生物反応実験も実施。3機目はまだ記憶に新しい「マーズ・パスファインダー」。1997年7月4日、エアバッグでバウンドしながら着地。中から電子レンジぐらいの大きさの6輪車「ソジャーナー」が現れて、秒速1cmで初めて火星の上を歩いた。大きな岩がゴツゴツ浮き出ている火星の立体画像は火星をリアルに感じさせてくれた。エアバッグ着陸方式は25歳のトム・リヴェリーニのアイデア。2004年1月着陸する「スピリット」と「オポチュニティ」は再びエアバッグ方式を使う予定だ。

 「のぞみ」はじめ各国の探査機たちが、どんな新しい火星の事実を教えてくれるか楽しみ。