コラム
前のコラム ホテルも宇宙で?…
次のコラム 火星飛行でもグルメで…
2004年 10月分 vol.2
宇宙でアナタを救う!? 「人工鼻」
ライター 林 公代 Kimiyo Hayashi


1998年、向井千秋飛行士が乗ったスペースシャトル・ディスカバリー号で「Enose」の実験が行われた。ジョン・グレン飛行士の右上に見える四角い箱。正常に作動することが確認できた。(提供:NASA)  宇宙に行くのに目が悪いことを気にする人が多いけれど、視力はメガネやコンタクトでカバーできる。カバーしにくいのは「嗅覚」かも。焦げた匂いや有害なガスの匂いを敏感に、素早くキャッチできるかどうかは、窓を開けて換気のできない宇宙ではかなり大事な能力だ。とは言っても、人間の鼻ではなかなかわからないニオイもある。そこでNASAは「Electronic Nose(電気的な鼻、略してENose)」を開発している。

 例えば、国際宇宙ステーションでは、パイプの中をアンモニアが通っているところがあり、人間や機械から出る熱を逃がし居住環境を快適に保っている。しかしこのアンモニアがパイプから漏れたりするとやっかいなことになる。数ppm(1ppmは100万分の1の濃度)でも危険だが、宇宙飛行士は気づかないこともある。NASAとJPL(ジェット推進研究所)が開発しているENoseは、1ppmの変化をも探りあてることが可能なのだ。

次世代のEnose。とってもコンパクト。(提供:NASA/JPL)  ENoseは16の異なるポリマー(高分子)フィルムを使っている。物質がフィルムに吸収されると、わずかにふくらみ電気を通す。一つのフィルムが特定の物質に反応するのでなく、16のフィルムの変化を総合的に見ることで物質を特定できるようになっている。ENoseはペプシかコカ・コーラかを嗅ぎ分けるように「訓練」されているし、できるだけコンパクトにして、煙探知機のように宇宙の居住スペースのいたるところに取り付けられるように開発が進められている。

 このENose、腐敗した食品を嗅ぎ分けるなど、すでに地上でも食品や化学工業で使われている。ENoseの研究チームのリーダーであるJPLのエイミー・ライアン博士は「最終的にはインテリジェントな安全システムとして働くことができる」と考える。例えば火事が検出された場合はすぐにクルーに伝えられるが、そうでないケースでは、コンピューターが匂いがどこから漂い、危険レベルはどのくらいかなどを測定、その結果からコンピューターシステムがファンを回す、密閉する、クルーに伝えるなどの対処法を複数の選択肢から選ぶ。

 ライアン博士はさらに先の宇宙開発を見据え、既知の物質だけでなく、任意の物質についても、何がそのニオイを引き起こしているかを調べるコンピュターモデルを開発しようとしている。それが実現すれば、例えばこんなことが可能になる。惑星間飛行を続ける宇宙飛行士がある星に降り立った。周りは見慣れぬ風景ばかり。まずどこに向かおうか? その時にENoseがヒントをくれるだろう。「あのクレーターから興味深いニオイがするよ」と。


Electronic Noseのページ(英語)
http://enose.jpl.nasa.gov/