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2005年 8月分 vol.2
女性飛行士、家族で目指す宇宙
ライター 林 公代 Kimiyo Hayashi


NASAアスカン訓練中の山崎、星出飛行士。  野口飛行士は3回の船外活動で素晴らしいパフォーマンスを見せ、STS-114ミッションは大成功で終了した。だが断熱材の落下等シャトルの課題は残り、今後の国際宇宙ステーション(ISS)計画、日本の実験棟「きぼう」打ち上げへの影響が注目される。ISSに滞在することを目的に訓練を受ける3人の日本人飛行士の一人、山崎直子さんやその家族にとっても、彼らの人生設計を左右する問題だ。

 古川、星出、山崎飛行士は2004年6月からNASAの宇宙飛行士候補者(アストロノートキャンディデート:略してアスキャン)クラスで訓練を受けている。スペースシャトルのシステムや国際宇宙ステーション、月や火星に向けた訓練も組み込まれ、2005年末ごろ訓練が終了すると、NASAのミッションスペシャリスト飛行士の資格を手に入れる。

 だが、この訓練は彼らが1999年に選ばれたときには予定されていなかった。3人はISS飛行士として日本で初めて本格的な訓練を受け、2001年にはISS飛行士として認定を受けている。次の段階のアドバンスト訓練を受けてISSに飛行するチャンスを待つはずだった。ところが2003年2月、コロンビア号の事故が起こり、シャトル飛行が凍結。ロシアのソユーズ宇宙船の役割が大きくなったことなどから、2003年7月から3回にわたって数ヶ月ずつ、ロシアでソユーズのフライトエンジニア訓練を受けた。2004年5月末に終了直後に今度はNASAアスキャン訓練に参加。ISS飛行士3人は、ソユーズフライトエンジニア、NASAミッションスペシャリスト、と宇宙飛行士の資格を3つも手にしようとしている。シャトルでもソユーズでも、どんなミッションでも飛行できるようにアピールするためだ。

 今回のNASAアスキャン訓練のため、山崎直子さんの夫、大地さんは会社を退職し渡米している。もうじき3歳になる娘、優希ちゃんがいるからだ。ロシアでの訓練時は大地さんが父子家庭で育児をし、週末には介護もこなし大変な時期を過ごしてきた。その経験から「家族は一緒に暮らすのが一番」とNASA訓練に一緒に渡米することを決意したのだ。

 大地さんの仕事は日本の実験棟「きぼう」のフライトコントローラーだった。彼自身も小学生のころから宇宙が好きで、宇宙の仕事に就くことを目標にし、その夢の実現に限りなく近づいていた。だが、「自分の仕事にはいつでも戻れる。今は彼女の訓練を支える時期」と大地さんはいったん会社を退職。アメリカで久々に家族3人で暮らし始め、優希ちゃんも保育園に慣れ生活も安定してきた。しかし直子さんがいつ飛行するか、今後どこで訓練を受けて、生活の拠点がどこなるかも明確でなく、この生活がいつまで続くかはっきりしない。

アポロのミッションコントロールセンターでフライトディレクターの席に座る山崎大地さん。  大地さんは「いつ飛ぶかを気にするのはずっと前にやめました。気にしていたら生活なんかできない。常に今、一番大事にすべきことは何かを考えるだけ」という。彼自身もアメリカでグリーンカードの取得をめざし、宇宙の仕事を再開しようとしている。

 女性飛行士は「妊娠期間」や「育児」と訓練の折り合いに苦労している人が少なからずいる。STS-114のアイリーン・コリンズ船長も2児の母だが、パイロットの夫や親戚がバックアップしているという。一方、親戚が米国にいない外国人飛行士はそうはいかない。野口飛行士と地上から交信を行ったキャプコムの一人、カナダ人女性飛行士のジュリー・パイエットにも2歳の息子がいる。夫は米国内の別の場所で仕事をしているために、カナダ人の大学生に住み込みで子供の世話をしてもらっている。家の中ではフランス語を話させるなど、教育にも妥協はしない。また女性飛行士にとって出産前の妊娠期間も悩みの一つ。訓練に影響があるためだ。そのため養子をもらう決断をする飛行士もいるそうだ。

 大地さんは、野口飛行士の打上げに優希ちゃんを連れて見に行った。打上が延期された2回目はヒューストンから車で片道20時間、1500kmの旅だった。優希ちゃんは、宇宙は何かまだわからないが「スペースシャトルを見た」ことは理解している。そしていつかママがそれに乗るということも。「子供の笑顔が一番の力。家族がいるからこそ頑張ることができる」と山崎飛行士。3人でいられる今この時を、何よりも大事にしている。