コラム
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2005年 9月分 vol.5
「地球のてっぺん」に立つ幸福感
ライター 林 公代 Kimiyo Hayashi


9月28日、1年2ヶ月ぶりに帰国した野口聡一宇宙飛行士。  野口飛行士が日本に帰ってきた。記者会見で聞く「宇宙の生の体験談」は、ゾクゾクするほど刺激的だった。

 まずは第1回の船外活動で、シャトルのエアロックのドアをあけた瞬間に飛び込んできた地球。思わず口から出た言葉が「What a view(なんという眺めだ)!」。自分の真下約300kmのところに「地面」がある。落っこちそうな感覚。そして目の前に広がる丸い地球の「圧倒的存在感」。野口さんはこう説明する。「景色としての美しさとか、色彩としての美しさとかじゃない。それは強烈な『存在感とリアリティー』。そこに間違いなく人がいる。宇宙の中で『命の輝きに満ち溢れた天体だ』という確信を感じた。」

 打ち上げ前、自称「理系人間」である野口さんは天体としての地球を見たいと思っていたそうだ。だが実際に見た地球は、物としての『突き放した存在』ではなかったという。手を伸ばせば届きそうな距離感。人間がくらしている空間がそこにゆっくり回っている。ほかに置き換えられない存在としての地球。それが見方とか印象とかでなく、『確信として』感じられたというのだ。

 感慨にふけるヒマもなく、第1回の船外活動を開始。最初の1時間は「思ったより動けない『ジレンマ』に苦しんだ」という。「飛行前に400時間もプールで訓練をして、水中での動きに慣れてしまったところがあったと思う。無重力での物の動きは水中とは違う。たとえば道具箱を水中で開けても、道具は箱の中に並んだままだが、宇宙ではびっくり箱のようにあけた瞬間に道具がワーっと出て行って、びっくりしてしまいました。」

 体の動かし方にも最初はとまどった。「手すりを伝って動く時でも、物を動かす時でも過剰な力で動かしすぎてしまう。ちょうど車を運転したての人のように、『フルスロットルとフルブレーキ』をくり返す感じで1時間でへとへとになってしまった。」

 そんなとき、相棒のスティーブ・ロビンソン飛行士との通信の中で「あいつもへたってるな」と感じた。「これはやっぱり飛ばしちゃうとまずいなと。それで一息つきました。先は長いから急がずにやろうじゃないかと。」あのまましゃかりきになって続けていたら2~3時間で電池切れになっていただろう、と野口さんは振り返る。

 3回の船外活動のうち2回目の終わりごろからは、宇宙服も自分の体の一部のように感じ、自然に動けるようになってきた。そして3回目の船外活動では「地球のてっぺん」に立った。国際宇宙ステーションの最も高い場所に、実験装置をとりつけにいったのだ。「作業を終えて宇宙ステーションとシャトルを見下ろした瞬間に『地球のてっぺん』に立っているという実感があった。この場所に立てたことの幸福感を味わいながら、こんな場所まで国際宇宙ステーションとシャトルを作って持ってきてしまう人類の叡智に、素直に感動した。と同時にこれは『独り占めにできない経験だ』と感じた」。

 今後、野口さんは自分の宇宙での経験を他の宇宙飛行士に還元しながら、将来的に宇宙での長期滞在に向けてロシアでの訓練も行って行きたいと考えている。