コラム
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2007年 12月分 vol.2
宇宙生命「悲観論」から「楽観論」へ
海部宣男教授インタビュー(その1)
ライター 林 公代 Kimiyo Hayashi


 この宇宙のどこかに、高度な文明を築いている生物がいるかもしれない。太陽系外惑星が250個以上発見されている現在、そんな話も現実味を帯びてきた。前国立天文台台長・海部宣男教授によれば、地球のようにテレビや通信の人工電波を出す惑星、つまり「文明を持つ電波星」を探査することも、技術的に可能になってきたという。宇宙と生命、そして人類の未来について、海部教授に伺った。

1943年生まれ。理学博士(東京大学)。専門分野は電波天文学、赤外線天文学。ハワイのすばる望遠鏡計画責任者、国立天文台台長を経て現在は放送大学教授・国立天文台名誉教授。「学生の頃は月に行きたいと思っていました。月に立ったら、地球ではない宇宙ですよ。宇宙を実感したいなぁと」。 ―先生は研究生活の中で「宇宙で生物は普遍的だ」と確信されたそうですね。

海部:ぼくは、若い頃から「宇宙に生命がどうやって生まれたか」に関心があったんです。でも20世紀初めから1970年頃までは、宇宙と生命の距離は莫大に遠かった。その頃は地球以外に生物はいるはずがないという「宇宙生命悲観論」の時代だったんです。

 それは19世紀末から物理学が発達したからです。まず宇宙は真空だとわかってきた。水もなく生物の材料もない。材料があっても生物は非常に複雑で、自然にはできない。地球のように生物が育つ惑星がどうやってできるかも理論的に手探りで、観測する技術もなかった。この3つの根拠から一時、悲観論が広がるわけです。宇宙は寂しいところなんだと。

―先生はそれでもいるだろうと?

海部:宇宙の中で地球に生命が生まれたのはまちがいがない。どうやって生まれたのかを知りたいと。少しでも近づけないかと思っていたんです。

 3つの悲観論の根拠のうち最初の一つは、電波天文学が観測で覆したのですが、ぼくは長野県の野辺山で電波望遠鏡をつくるプロジェクトを進め、星や惑星を作る材料である暗黒星雲からの電波観測に取り組んだのです。調べてみると氷もあるし、有機物もざくざくと出てくるじゃないですか。有機物は炭素を骨格とした化合物で、炭素の多様性が生物の素材や遺伝子を作る。炭素の多様性は宇宙でも既に起こっているわけです。それが1984年から87年あたりで、とても楽しかったですね。ぼくは「炭素系生物は宇宙に普遍的ではないか」と、かなり確信を持ったのです。

―悲観論の残り2つ、生物の複雑さや惑星についてはどうなったのでしょうか。

海部:地球上の生命の起源の研究が進んで、実は生物と無生物の境界はわからなくなっています。地球に海ができたのが約40億年前で最古の生物の痕跡といわれているのが約38億年前。海ができてわりとすぐに生物ができた。生物ができること自体は難しくないのです。大事なのは、その後の進化に時間がかかったことですね。

 惑星については、今まさにバンバン発見されているという大変面白い時代ですよね。理論のほうも京都大学の林忠四郎先生のグループが作られた太陽系形成の標準モデルの、新しい発展もあります。星が生まれれば、惑星も生まれる。「惑星は、星のおまけ」なんですよ。

―おまけですか!

海部:当時グリコのおまけを集めるのが流行ってね(笑)。この30年の間に(1)宇宙に生命の基になる炭素化合物―有機物はいっぱいある。(2)生物は条件さえ整えば生まれてくる。(3)星ができれば惑星もできる、ということがわかってきた。かつては理論だけで想像していたことがほぼ実験的、観測的に出そろったんです。悲観論は完全に覆された。

 ただ、太陽系外で見つかっているのは大きな惑星ばかり。地球サイズはまだ見つかって いない。でもこれから10年以内にどんどん見つかるだろうと思っています。

―どうやってですか?

海部:フランスがコローという小さな衛星を打ち上げています。近いところにある恒星ならその周りの地球サイズの惑星が見つかるでしょう。アメリカもケプラーという口径1mの望遠鏡衛星を2008年頃に打ち上げ、地球サイズの惑星を本気でたくさん探そうとしています。これらは、中心星の前を惑星が横切る現象をとらえようというんです。

すばるが発見した太陽系外惑星HD149026bが中心星の前を横切るところ(想像図)。この惑星は土星ほどの重さで、2.87日で公転している。中心星からの距離は太陽から水星までの十分の一。(国立天文台提供) ―日本のすばる望遠鏡はどうですか?

海部:新しい観測装置(ハイチャオ)を開発中です。太陽系外惑星がたくさん発見されていますが、実は惑星本体はまだ見えていないんです。惑星が恒星の周りを回る時の力学的な変化や、恒星の前を横切る惑星の影を見ているだけ。だから惑星の光そのものをとらえたい。ハイチャオで、惑星そのものが見えるはずです。大きい惑星だけですけどね。

―それが実現すれば素晴らしいですね

海部:それはぼくらの夢なんです。世界で一番乗りしたいなと。実は、今すばる望遠鏡で活躍中の観測装置チャオも、惑星の光を直接とらえたいと思って作ったんですよ。ぼくがチャオを提案したのは1992年。系外惑星の最初の発見が1995年ですから、それより前から準備を進めていたすばるチームは、原始惑星系円盤などの観測ではトップランナーです。今では世界の望遠鏡が似た観測装置を作ろうとしています。

―直接の光をとらえると何がわかりますか?

海部:少し先の目標になりますが、一番重要なのはオゾンのスペクトルをとらえることです。オゾンの存在は大気中に大量の酸素分子があることを意味します。ところが原始地球の大気中には酸素分子はなかった。惑星形成論からは、大気に酸素は含まれないんです。地球大気の中に酸素があるのは、バクテリアが作ったから。つまり系外惑星の大気中にオゾンがあれば、酸素を作ったバクテリアのような生物が大量に存在することを意味するんです。


(その2)に続く・・・