コラム
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2009年 7月分 vol.2
体感!「皆既日食」。その魅力とは
ライター 林 公代 Kimiyo Hayashi


 見てきましたー皆既日食。いや「包まれた」と言ったほうがいいかもしれない。事前に渡部潤一先生に聞いていた通り、映像と実体験はまったく違った。頭では太陽が月を隠す現象とわかっている。だが黒い太陽を目の当たりにすると「本当にこんなことが起こりえるの?」、「何だこれはー!」とその不思議さについていけないのだ。だがそんな意識と裏腹に、私の身体はダイヤモンドリングにうぉーっと吠え、野性的に反応していたのだった。

部分日食と空の変化は肉眼ではわかりにくいが、撮影の条件を同じにするとわかりやすい。撮影した渡部直樹君(中学生)は前回見たエジプト皆既日食でこの手法を思いついたそう。(上の太陽の写真と下の風景写真がほぼ同時刻です)

 私と娘が参加したのは、豪華客船ぱしふぃっくびいなすで航く「今世紀最大の皆既日食観測クルーズ5日間」ツアー。元五島プラネタリウム館長である村山定男氏らが約3年前に企画、元国立天文台名誉教授で太陽の専門家・日江井榮次郎氏や東大名誉教授らなど天文界の重鎮(共通点は『日食病』罹患者)たち、それからNHKの日食中継班など550名の乗客を乗せて、横浜港を7月20日に出港した。

 最初の数日は悪天候だったものの、船長たちの必死の努力のおかげで日食当日の朝は窓から差し込む朝陽で目覚めることができた。デッキに出ると御来光に「日食が見られますように」と拝んでいる人までいる! 8時からセッティング解禁。550名の観測場所は事前にアンケートがとられ、一人当たり畳約1畳分のスペースがテーピングによって割り当てられている。望遠鏡や撮影機材を持ち込み「46年前に北海道で日食を見た日から今日を楽しみにしてきました!」と熱心に準備をしている人を見ると、決して興奮してこの三脚を蹴飛ばしてはならないと心に誓う。

 さて、ぱしふぃっくびいなすの観測ポイント、北硫黄島の東約69kmでは部分日食は10時1分から始まった。日食グラスでは確かに欠けていく様子がわかるものの、肉眼ではほとんど変化はない。そんな状態が11時過ぎまで続き、太陽が三日月状態になったころ「なんとなく暑さが和らいでない?」と感じ始める。日食前は太陽が肌をじりじり焼く炎天下だったのが、じりじり感が減っている気がする。だが太陽は眩しくて相変わらず見ることができない。11時25分の皆既直前5分~10分前にようやく空が暗くなってきたのに気づく。金星や水星が瞬いている。

 いよいよ太陽がうす皮一枚になって、日食グラス内が真っ暗になった。グラスを外すと最初のダイヤモンドリング、そして真っ黒い太陽の出現である。船をとりかこむ空全体が夜のように暗くなり、水平線は360度夕焼け状態。その中心に『黒い太陽』が静かに私たちを見下ろしている。双眼鏡で見ると、コロナが斜め二方向に美しい筋を描く。不可思議で鳥肌がたつ光景だ。そして太陽の縁からぴかーっと光がこぼれ出す。ダイヤモンドリング! その神々しさに思わず『うぉーっ』と叫ぶ自分に驚く。涙がこぼれる。回りも大歓声でみな野生に戻ってしまったようだ。たちまちに暗かった空がみるみる明るくなる。6分間は長いというが、あっという間の出来事であり、時が止まったようにも感じた。

 航海中は日食はもちろんのこと、天の川を仰ぎ流れ星を数え、朝陽、夕陽をじっくりと観賞することができて、こんなに雄大な自然の中に生きているんだ、と改めて思い出させてもらった。東京という人工的な街であくせく働く日常も現実で、人とのやりとりも楽しいが、私たちが確かに大宇宙に存在し、太古の昔から流れている天体の営みの中に一瞬にしろ生を受けていることの有り難さをこの旅で実感できた。また忙しい毎日を元気に頑張っていけそうな気がする。「黒い太陽」に包まれた感覚を時折思い出しながら。

 いいことばかり書いたけれど、実は皆既直前に観測場所を移動、皆既中もちょこちょこ動いていたのを猛反省。まずは白昼の「黒い太陽」を身体で感じるのがおすすめです。また、日食マニアの方に聞くと「今回のコロナは太陽活動極小期だからおとなしかった。極大期のエネルギッシュな太陽は迫力があるよ~。」とのこと。太陽も色々な表情があり、それがマニアを引き付けるんですね。私も次こそは!(日食病にかかってしまったようです)。