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2009年10月分 vol.2
野口飛行士 半年間の長期滞在。鍵は「適度な緊張とリラックス」
―立花医師インタビュー(その2)
ライター 林 公代 Kimiyo Hayashi


 若田光一飛行士は4ヶ月半の宇宙滞在中、毎日約2時間の運動を続け、骨粗鬆症の治療薬を服用し、着陸後記者会見に歩いて出席するという快挙を成し遂げた。頑強な医学サポートの賜だ。次は野口聡一宇宙飛行士が更に長い約6ヶ月間、宇宙に滞在する予定だ。さらに出発も帰還もロシア。宇宙での心身をどうサポートするのか? リハビリはどこでする? JAXA宇宙飛行士健康管理グループ長・立花正一氏は予想外の展開を描いていた・・・。

若田飛行士着陸数時間後(記者会見出席前!)の貴重なショット。NASAの医学検査施設で撮影。後ろのボードも興味深い。左から立花正一氏、若田飛行士、右はリハビリ担当の大島医師。「若田飛行士は予想以上に元気で歩行も安定していて驚いた。そこで記者会見にGoをかけた」と立花医師。(提供:立花正一氏)

―この12月に打ち上げられる野口飛行士は半年間もの長期滞在になりますよね。

立花:そうですね。彼は音楽をやりたいと言っていて、若田飛行士とはまた違った生活をしてくれるのではないかと思います。半年間だとさすがに飽きたなと思うこともあるだろうけど(笑)、鍵は「適度な緊張とリラックス」。リズムを作ることです。

―具体的にはどんなふうに?

立花:様々な種類の余暇活動とか、地上との交信とか「イベント」を入れて、張り切る機会を提供する。今回はロシアのソユーズ宇宙船で往復したり、これまでの宇宙飛行と違うことも多いけど、彼は割合に思ったことをきちっと言うほうだから、こちらも気持の理解がしやすいかも知れません。

―ストレスを貯めないと言う意味ですか?

立花:そう。スゴク大事です。宇宙飛行士同士の間でもお互いにため込まず話し合うとか。

―それにしても、半年間、閉鎖環境で同じメンバーとくらすのは不安では?

立花:不安なんかあったら宇宙には行けない。長期滞在の場合は一緒に飛ぶメンバーと世界を回り、長期間にわたって訓練を重ねて親しい関係を構築しています。アメリカ文化やロシア文化に語学も含めてどっぷりつかって習得しているから、お互いに気心が知れている。地上で十分にお互いのコミュニケーションを良くするように配慮しています。

―長期滞在の日本の医学体制は今までとどう違ったんですか?

立花:今までのスペースシャトルミッションでは、日本は乗組員の一人として健康体を送り込めばあとはNASAが健康管理の責任を持っていた。でも今回の若田飛行士の長期滞在では日本独自で十数名の健康管理グループを組織して、長期滞在中も日本の責任で健康管理をしていました。

―健康管理グループにはどんな担当がいるのですか?

立花:精神心理面、放射線の被曝を見る担当、運動トレーナー、宇宙日本食の担当、そして今回新しくバイオメディカルエンジニアという技術者を3名養成しました。宇宙飛行士のスケジュール管理や医療機器の状況の把握、通信など技術的に医師をサポートしてくれるエンジニアです。
 長期滞在飛行士の健康管理は、NASA、ロシア、日本、ヨーロッパ、カナダの医師が毎週一回会議を開いて宇宙飛行士の健康状態、医学機器、環境を確認してミッションを続けていいかどうか週ごとに判断します。そこに若田飛行士の主治医として日本からも参加して、対等に議論を進めていくことができました。

―素晴らしい!今後の課題は?

立花:野口飛行士はソユーズ宇宙船で帰還するから、ロシアで数週間リハビリしたあとに日本に戻すオプションもあり得ます。ただ、本人が家族のところに帰りたいと思えばアメリカに行く可能性もある。そもそもNASAのシャトルが引退した後に日本人飛行士がアメリカに住む必要があるかという問題もあり、今は転換期にあると言えるでしょう。いずれにせよ日本が健康管理について独立し、充実させていくことが今後の課題だと思っています。

(取材:6月15日)

心身ともに安定した長期宇宙滞在、成功の鍵は?―立花医師インタビュー(その1)