コラム
星空の散歩道 国立天文台 准教授 渡部潤一
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vol.10
中秋の名月を楽しもう
 三鷹の国立天文台には、まだ雑木林が残っていて、虫の声がうるさいほどなのですが、秋を感じさせる夜風が吹き出すと、音色も夏の虫たちから秋の虫たちに変わってきます。夜空に輝く月の光も冴えてきます。すすきも立派な穂をつけて、いよいよお月見の季節ですね。

写真 藤井 旭 Copyright (c) 1998 Akira Fujii, all rights reserved. 提供:月探査情報ステーション  秋の月の光が冴えてくるのは、気温が低くなって、大気中の湿度が下がり、透明度が良くなるからです。秋の空は、夏に比べて高く感じるのも、そのせいでしょう。また、天文学的には月の高度も関係します。夏の間の満月は南の空に低いのですが、秋になると次第に北の空に動いて行きます。そのために、日本のような中緯度地方から見ると、夏の満月は南の地平線に近く、大気の影響を受けやすく、鈍い輝きになってしまいがちです。秋になると、満月は空高く上がるようになるので、輝きが増していくわけです。

 もうひとつ、秋の大事なところは、収穫の季節だ、ということでしょう。農作物の収穫を手にして、家路につく夕暮れ時、東の地平線からぽっかりとのぼってくるまん丸のお月様を眺めると、なんともいえない感謝の気持ちが芽生えてもおかしくありませんね。そうです、実は中秋の名月というのは、もともとお月様に秋の収穫物をお供えして、恵みを感謝する行事なのです。昔の暦(旧暦)で、8月15日の満月の時に行うので、十五夜とも呼ばれています。

 この中秋の名月のお月見の風習は、もともとは中国が発祥地で、いまでもアジア各地で受け継がれています。お供えものは、日本ではススキの穂におだんごといった組み合わせがおなじみですね。お団子には必ず新米を使うという地方もあるそうです。元祖・中国では月餅を供え、サトイモが中心です。ところで、日本では中秋の名月から約1ヶ月後の満月少し前、旧暦9月13日に「十三夜」のお月見を行うところもあります。十三夜の方を栗名月あるいは後の月といい、中秋の名月の方は、これに対比させて芋名月と呼んでいます。二回もお月見をする風習は、日本独特のもののようです。

 ところで、東から上ってくるまん丸の中秋の名月を「満月」だと思っている人は、案外多いのではないでしょうか。実は中秋の名月は、必ずしも満月と一致するわけではありません。月は地球の周りを公転しているのですが、そのスピードは一定ではありません。時にはややスピードを上げて、またある時にはスピードを緩めたりします。これは地球の周りを回る月の通り道(軌道)が、正確な円ではなく、ゆがんだ楕円だからです。月と地球の距離は平均的には38万kmなのですが、時には40万kmまで遠ざかることもあれば、あるいはまた36万kmにまで近づくこともあります。月までの距離は、なんと一割近く違ってしまうのです。そして、地球に近いときには月はスピードアップし、遠いときにはスピードダウンします。こうして、新月から満月に至るスピードが遅い時期には、十五夜だとしても満月前の月となり、逆にスピードが早い時期には満月の翌日になるわけです。

 さらにもうひとつ、月齢と日付のタイミングも問題となります。新月の瞬間から満月の瞬間までに経過する日数は、平均すると約14.76日となります。中秋は昔の暦で新月のある日を1日として、そこから数えて15日目です。ですから、新月の瞬間が8月1日の日のうちの、かなり遅い時刻に起こったとすれば、当然8月15日のうちには満月にならずに、16日目が満月となるわけです。新月になる瞬間が旧暦の1日のどの時刻に起こるかのタイミングによっても、十五夜が満月になるかどうかに影響するわけですね。

 この二つの理由によって、十五夜は満月前にも満月後にもなり、天文学的な満月とはかならずしも一致しないのです。ちなみに今年は満月は10月7日。中秋の名月は10月6日ですから、満月の一日前となるわけです。(実際には、ほとんど満月のように見えますので、違いはあまりわかりませんが。)

 中秋の名月の出は東京で午後4時45分。日の入りが午後5時19分なので、やや青みの残った東の空にぽっかりとお盆のような満月が昇ってくるのが見られるでしょう。ぜひ、お団子にすすきをお供えして、お月見を楽しんでみませんか?