コラム
星空の散歩道 国立天文台 准教授 渡部潤一
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vol.14
冬空に輝く若き星たちの群れ
 凍てつく冬の夜空をよく眺めてみると、ところどころ星たちが寄り添うように集まっているところがあるのに気づくかもしれない。そんな星の集団が、おうし座にふたつある。ひとつは肉眼で見ても、6~7個の星たちがこちゃこちゃと集まっている様子がわかる、すばるだ。双眼鏡で見える暗い星まで含めると、全部で数十個も数えることができる。

おうし座のすばるとヒアデス星団。たまたま火星も彩りを添えている(提供:国立天文台)  もうひとつがヒアデス星団。すばるよりオリオン座寄りにある、オレンジ色の一等星アルデバランと、そのまわりに散らばる星たちからなる。

 これらの二つの星団は天文学では散開星団と分類される種類の天体で、比較的若い星の集まりである。星は宇宙を漂う雲の中で集団で生まれる。生まれた星たちが輝き始めると、もともと暗かった母親の雲を照らし出し、輝く星雲となる。生まれたての星達は、やがて母親との”へその緒”を自ら断ち切る。星からの激しい光と風(恒星風)によって、自らを生み出した母なる星雲を吹き飛ばしてしまう。こうして、母親のガスの雲が吹き払われた後に現れるのが、散開星団なのである。そのメンバーは、ほとんどが生まれてしばらく経過した青白い若い星たちである。人間でいえば、母親から独立した兄弟姉妹たちとでもいえるだろうか。

 すばるの地球からの距離は約400光年、その年齢は5千万年程度で、散開星団の中でもかなり若い部類である。青白く輝く明るい星が集まって輝いている様子は、肉眼でも美しいので、古くは枕草子に「星はすばる。ひこぼし。。。」と讃えられている。現代でも、同名の歌や自動車の名前、さらには国立天文台がハワイ島の山頂に建設した世界最大級の口径8m反射望遠鏡のニックネームにもなっている。欧米ではプレアデス星団と呼ばれ、ギリシア神話では仲良しの姉妹に見立てられているが、現代天文学が解明した星たちの生い立ちと一致しているのはおもしろい。

 すばるに比較すると、もうひとつのヒアデス星団の方は一般には余り有名ではない。すばるに比べれば古い散開星団なので、星の集まり具合がまばらになりつつあり、迫力がないという理由もあるのだろう。和名も「すばるのあとぼし」などといった具合で、あくまですばるが目立っているようである。

 ヒアデス星団の年齢は5~6億年程度とされている。古ければ古いほど、星団の星はまばらになり、最終的には星団はばらばらになってなくなってしまう運命にある。ヒアデス星団は、まさにその途中の姿と言えるだろう。

 ヒアデス星団で最も明るいのは一等星アルデバランである。「あかぼし」としてよく目だつのだが、天文学的に言えば、この星は実は星団のメンバーではない。ヒアデス星団とわれわれとの間に、たまたま入り込んだ距離60光年にある単独星である。実際の星団のメンバーは、160光年ほどの距離にあり、明るい星はV字の形に並んでいる。ちょうどアルデバランがV字の先端になるので、西洋では牛の赤い目にみたてて、おうし座になったわけである。日本では、このVの字を釣り鐘にみたてて、釣り鐘星と呼ぶ地方もあったが、概して近くにあるすばるに目を奪われたらしく、それほど多くの和名が残されているわけではない。

ところが、最近このヒアデス星団も、実は日本の神話で重要な位置を占めているかもしれない、ということで見直されつつある。古事記の天孫降臨の段では、天の八街(あめのやちまた)が天上界と地上とを結ぶ道であり、そこにいる神が猿田彦の神であるという。日本書紀では、この神の鼻の長さ、背の高さ、口の両端が光っていること、目が赤く輝くことなどが詳しく記述されている。もともと日本では、星は筒、すなわち天上の世界に穴が空いて、その光が漏れているものと考えられていた。とすれば、天の八街は天上界の光が集まって漏れている場所、すなわちすばるということになる。

 目のいい人であれば、肉眼で見るすばるは確かに8個程度の星が確認できる。その近くにある赤い星はといえば、アルデバランに違いない。アルデバランとV字の逆側の星を目とすると、そのV字の残りの3つの星もV字をなすわけで、これを大きくあけた口とすれば、確かにその両端が光っていることになる。その中心から長い鼻をV字に対称に伸ばしていけば、そこにはおうし座のラムダ星があり、長さも記述と一致する。すなわち、ヒアデス星団こそ、猿田彦の神そのものに見える。

 これは長崎大学の勝俣隆先生の説だが、天文学者としては妙に納得してしまう説明で、それ以来、筆者はヒアデス星団を見る毎に、牡牛の顔ではなく、鼻の長い猿の顔に見えるようになってしまった。西洋では牛の顔になぞらえたヒアデス星団の星たちの並びは、日本では猿の顔になぞらえていたのかもしれない。皆さんもぜひ、ヒアデス星団とすばるを眺めて、記紀神話の世界を想像して頂きたい。