コラム
星空の散歩道 国立天文台 准教授 渡部潤一
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vol.26
真冬の夜空に月天心
 月の上空からハイビジョンカメラによって撮影された「地球の出」の映像を皆さんは、ご覧になっただろうか。モノトーンの荒涼とした月面の地平線の遙か彼方から、ぽっかりとカラフルな地球が出現する映像である。カメラの開発がNHKだったので、民放ではなかなかお目に掛かれないものの、例えば昨年末の紅白歌合戦のフィナーレにも使われていた。地球が現れるまでは、月の景色しか見えないため、まるでカメラそのものが白黒ではないかと勘違いするほどだ。だが、その地平線の上に現れた地球を眺めて、カラーだったと納得した人も多いだろう。海の青、雲の白、そしてかいま見える大陸の茶色の取り合わせは、実に見事だ。この衛星「かぐや」には、ハイビジョンカメラを含めて、14もの観測機材が搭載されている。昨年12月には、これらのテストも終了し、いよいよ本格的な観測がはじまっている。半年もすれば、さまざまな観測装置から、月の謎を解くための様々な結果がでてくると期待されている。

月の謎が解明される日もそう遠くないかもしれない・・・
(提供:国立天文台)  それ以後、月を眺めるたびに私は、「あぁ、あの月のまわりをいま日本の衛星がぐるぐると回り続けているんだなぁ」と思うようになった。もちろん無人探査機なのだから、感情は持ち合わせていないわけだが、日本独自の探査機と言うこともあって、なぜか感情移入してしまう。「地球から約38万キロメートル、ずいぶんと遠くにきてしまったなぁ。あ、そうそう仕事、仕事。こっから撮影した映像を地球に送らないと。」そんな風に思いながら、頑張っているような気がして、いつも月が出ていると、見上げてしまうのである。

 ところで、真冬の月を見上げるのはちょっと辛い。寒いだけでなく、高度が高くて、首が痛くなることが多いからだ。というのも、冬の月は一般に空高いところに輝くからである。日本のような北半球中緯度では、太陽の高さは冬に低く、夏に高くなるが、例えば満月は地球を挟んでちょうど太陽と反対側にあるので、その関係は逆になる。すなわち、夏の満月は高度が低く、冬の満月は夜空高く上がるのである。12月の冬の満月は、高さは80度を超え、ほぼ頭の真上にまで上るほどである。冬の夜空の月の光が冴え渡るのは、真冬の透明な大気のせいだけでなく、その高さにも原因があるわけだ。同じ気象条件でも高度が低い方が大気の影響を受けやすく、地平線に近い低い月は、夕日と同じように赤みを帯びることもある。そのため夏至の頃、6月前後の満月は、夜中でも真っ赤な色をしていることがある。(詳しくは、第6回の「ストロベリームーン ー地平線に近い満月ー」を参照のこと。)

 冷え込む真冬の夜空、ほとんど真上に輝く月のことを、月天心と呼んでいる。天心とは、空の真ん中、つまり天頂という意味で、月が天頂付近に煌々と輝いている様子を表す言葉である。与謝蕪村にも「月天心貧しき町を通りけり」という句がある。おそらく夜中だろうか、真上に月が輝く中を、貧しい家々の立ち並ぶ灯りもない町を通ると、ひっそりと寝静まっている、というところだろうか。当時は電気も街灯もなく、夜景の明るさはまさに月明かりだけが決めていた時代であった。月天心の灯りに照らされる村落の様子が目に浮かぶような秀逸な句である。

 さて、今月の満月は22日。また、1月に月の高度が最も高くなるのは、満月前の19日、土曜日の夜になる。この夜には、地球に接近している火星が寄り添うように輝いている。さらに2月の満月は21日で、高度はずいぶんと低くなってしまうものの、満月前の上弦の月はまだまだ頭上高いはずである。2月16日には、1月19日と同じように火星に近づく。どちらも月天心の黄色味を帯びた輝きと火星の赤い色の共演が楽しめるはずだ。どちらも午後8時頃には頭上に輝いているはずである。ぜひ実際に冬の夜空に輝く月天心を、そのまわりをまわっている日本の衛星にも思いを馳せながら、眺めてみて欲しい。