コラム
星空の散歩道 国立天文台 准教授 渡部潤一
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vol.40
ウルトラマンのふるさと

 日本の生み出した永遠のヒーロー:ウルトラマンは宇宙からやってきたことになっている。どこからやってきたかと言えば、それはM78星雲と答えられる人は、かなりの通、あるいはそれなりの年齢の人であろう。

M78星雲の写真(提供:国立天文台)  このM78星雲が実在することをご存じだろうか。M78星雲のMはメシエと読む。18世紀のフランスの天文学者シャルル・メシエが編んだ星雲状天体のカタログ:メシエカタログの番号になっている。M78星雲は、このカタログの78番目に登録された天体で、実在している。場所は西に傾き始めたオリオン座にある。

 オリオン座は数多くの美しい星雲がある星座で、この領域全体のところどころにある濃いガスの雲の中で次々と星が生まれている。誕生まもない星たちは、まだガス星雲の産着に包まれていて、次第にそのガスを光らせるようになる。そのために、オリオン座には、こうした星雲があちこちにあるわけだ。最も有名な星雲は、三つ星の下に光るオリオン大星雲M42だが、これは第2回「冬空に輝く王者オリオン :青白き若き星たち」に紹介している。

 このM42から北東の方角、三つ星の最も東側の星から、すこし北側にウルトラマンの故郷とされるM78はある。地球からの距離は約1600光年、明るさは約8等で、肉眼では見えないが、空のきれいな場所で双眼鏡や望遠鏡を使えば、実際に眺めることは可能である。大きめの望遠鏡では、中央に光るふたつの青い色をした赤ちゃん星のまわりに、ぼーっと輝いているガスの様子を見ることができる。もちろん、紫外線の強いガス星雲なので実際には生命が住める環境ではない。

 筆者は昔から、どうしてこんなちっぽけな星雲がウルトラマンの故郷になったのか、不思議だった。とりたてて何の特徴もないし、天文ファンでさえ、あまり好んで見ようとするものではない。いってみれば無名の星雲である。メシエ天体の中から、同じ種類の星雲を選ぶとすれば、オリオン大星雲M42のほうがずっとよかったはずである。どうして、こんな何でもない天体を選んだのか、ずっと疑問だったのである。

 その謎を解く鍵は、実は東から上ってくる春の星座:おとめ座にあった。おとめ座は、われわれから最も近いおとめ座銀河団と呼ばれる銀河の集団である。その数も規模も半端ではなく、われわれの銀河系が属する集団がせいぜい50個に満たない局部銀河群であるのに対して、おとめ座銀河団は優に千個を超える。まさに銀河の宝庫であり、その研究には欠かせないフィールドになっている。おとめ座銀河団の中心にどーんと居座っている巨大な楕円銀河がM87である。通常の渦巻銀河が十個以上も集まったような巨大な銀河で、非常に強い電波やX線が放射されていることも異常であった。もともと普通の楕円銀河の中にはほとんどガスや塵がなく、比較的古い星ばかりなので、密度が薄くすかすかなはずである。そんなすかすかな銀河の中から、どうして強い電波が出るのか、かつてはたいへんに不思議だった。(ちなみに現在では、楕円銀河が回りの銀河を次々と飲み込んで、その中心にある巨大なブラックホールに物質が吸い込まれるときに強い電波やX線が発生すると考えられている。)

 そんなわけで、当時かなり話題になった特殊な銀河であるM87をウルトラマンの故郷にしようと、生みの親である円谷英二監督は考えたらしい。当時は銀河も一般に星雲といっていたので、M87星雲がウルトラマンの故郷に決まったのである。ところが、ウルトラマンの最初の企画の中では、M87だったものが、その後の台本の印刷段階のミスによって、7と8の数字がひっくり返り、M78になってしまったらしい。おかげで、なんの特徴もないM78星雲の方が有名になってしまったわけである。

 もっともその距離から言えば、M87は6000万光年、M78は1600光年なので、ウルトラマンが実際にやってくるとすれば、M78の方が現実味はあるといえるかもしれない。