コラム
星空の散歩道 国立天文台 准教授 渡部潤一
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vol.44
偶然が織りなす天体ショー:日食を楽しもう

 7月22日、今年最大の天文ショー:皆既日食が起こる。すでに、多くの報道がされているので、ご存じの方も多いにちがいない。日食は月が太陽を隠す現象である。しかも、いくつもの偶然が重なって起きる天体ショーである。

参考:皆既日食 2006年3月29日トルコ・シティにて 撮影:福島英雄、片山真人、渡辺康充(提供:国立天文台)  第一の偶然は、太陽と月の見かけの大きさの一致である。太陽も月もみかけの直径は、約0.5度。太陽の実際の直径は月の400倍も大きいのだが、たまたま地球からの距離が月の400倍もあるため、見かけの大きさがほとんど同じになっているのである。これは、何か特別に理由があるわけではない。たまたまそうなっているだけだ。考えてみると、月も太陽も大きいようで、そうでもない。夕日などを写真にとって、後で眺めてみると、意外に小さいなぁ、と思った人も多いだろう。実はそのみかけの大きさは、五円玉を手にもって、腕を伸ばした時の、穴の大きさしかないのだ。そんな小さな天体同志がぴったり重なるという偶然。まさに日食というのは、宇宙の生み出した神秘的な偶然といえるだろう。

 見かけの大きさがほとんど同じであるために、月が太陽を覆い隠す皆既日食が起こるわけだが、必ずしも毎回そうなるわけではない。月は地球の周りを楕円軌道で回っているために、地球に近づくときは36万kmを割り込むし、遠いときには40万kmを越えるほどである。たまたま月が近いときに日食になると皆既となり、遠いときには、太陽全体を覆い隠せない金環日食となる。ちなみに2012年5月には、見事な金環日食が東京や大阪など大都市を含む場所で起きる。

 ところで、月はいまでも次第に地球からほんのわずかづつではあるが遠ざかっている。したがって少なくとも10億年後には月の見かけの大きさが太陽よりも、常に小さくなると思われている。こうなると皆既日食は見られなくなる。そんな時期に我々人類が生まれた、というのも、ある意味で偶然の一つだろう。

 第二の偶然は、太陽と月、それに地球が一直線に並ぶことだろう。地球は太陽の回りを公転しているが、その公転面を黄道面と呼ぶ。一方、地球の周りを月が公転しているが、月の軌道面を白道面と呼ぶ。黄道面と白道面は約5度ほど傾いている。そのため、日食が起こるためには、月と太陽が黄道面と白道面の交差点に同時にやってくる必要がある。太陽が、この交差点を通過するのは1年弱で2回しかない。月の方は、交差点にやってくる周期は、一ヶ月弱となるので、両者がたまたま同じ交差点に並ぶのは、なかなかないことがわかる。日食が起こるチャンスは年に二度ほどしかなく、そのチャンスに月が都合良くやってくるわけではない。タイミングによっては必ず起きるとは限らないわけである。

 日本の陸地で皆既日食が見えるのは、1963年7月21日の北海道東部で起きた皆既日食以来、実に46年ぶりである。皆既日食が見られるのは、皆既帯が通る奄美大島北部、トカラ列島、屋久島、種子島南部、硫黄島など、ごく限られた地域となる。皆既日食では、ふだんは見ることができない、太陽の外側に広がる希薄なコロナが現れるだけでなく、地上も夕闇のような暗さとなり、夜空には惑星や一等星が現れ、実に神秘的な風景が広がる。女性の方々などは、皆既が終わると感動して泣き出す人も多い。そんな感動を求めて、皆既日食のたびに見に出かける天文ファンが世界中にたくさんいるのである。

 皆既日食のようにドラマチックではないものの、他の地域でもかなり大きく欠けた部分日食となる。せっかくの天文ショーなので、欠けた太陽像をぜひ観察してほしい。といっても、太陽を直接見るのは厳禁である。日食観察専用グラスか、ピンホールを通して太陽像を投影するなどの間接的な方法で楽しもう。一番のお勧めは木漏れ日観察。木漏れ日そのものがピンホール効果となって、欠けた太陽の像が地面にたくさん投影されるからである。日食の安全な観察方法や、時刻などの情報は国立天文台や世界天文年のホームページでチェックして、晴れたら観察を、曇ったらテレビ(NHKでは午前10時30分から11時45分までの「生中継 46年ぶりの皆既日食」)やインターネット中継で、宇宙の偶然が織りなす天体ショーを楽しんでほしい。

世界天文年2009 日食観察ガイド新しいウィンドウが開きます
http://www.astronomy2009.jp/ja/webproject/soecl/index.html

JAXA宇宙教育センター「木漏れ日キャンペーン」 新しいウィンドウが開きます
http://www.jaxa-komorebi.jp/