コラム
星空の散歩道 国立天文台 准教授 渡部潤一
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vol.50
冬の大三角の中に潜む、幻のいっかくじゅう

 冷たい風が吹きすさぶ冬の夜、南の空にはオリオンが大きな顔をして輝き、それを追うように二匹の猟犬;おおいぬ座とこいぬ座が上ってくる。オリオン座の肩でオレンジ色に輝く一等星ベテルギウス、おおいぬ座の一等星シリウス、そしてこいぬ座の一等星プロキオンを結んだ大きな三角形が、有名な冬の大三角である。なにしろ、きらびやかなオリオン座と全天一の明るさを誇るおおいぬ座のシリウスは、都会の真ん中でもよく見えるため、まず間違えることがない。こいぬ座のプロキオンは、やや暗いのだが、ベテルギウスとシリウスさえわかってしまえば、三角形を結ぶのは簡単なので、冬の大三角はすぐに見つかるだろう。

参考:1月15日午後9時の南の空(東京)。冬の大三角の中に、いっかくじゅう座が潜んでいる。ステラナビゲーターVer.8/アストロアーツで作成しました。
 ところで、この冬の大三角の頂点に輝く星たちは都会でも見えるのだが、三角形の中には、あまり目立つ星はない。夏の大三角の場合は、三角形の中にもはくちょう座を形作るアルビレオをはじめ、2等から3等といった明るくて、有名な星たちが輝いているが、冬の場合はまったくといっていいほど明るい星がないのである。夜空のきれいなところにいくと、ここにも天の川が流れているのがわかる(そんな夜空は最近はなかなかお目にかかれない)が、星はせいぜい4等星クラスがちらほらという程度である。大都会でなくても、町中で暗い星がよく見えないような場所では、ほとんど星のない領域に見える。まさに三角の真ん中がすっぽりと抜け落ちているように見えるのである。

 ただ、そんな領域にも星座は設定されている。それも、なかなか見えないという状況にふさわしい、幻の一角獣を当てた、いっかくじゅう座である。一角獣というのは、一本の角をもつ馬のような想像上の動物ユニコーンである。伝説に現れる一角獣は、白い馬の体にライオンの尾、額の中央に螺旋状の筋が入った長く鋭い角を持った姿として描かれてきた。もともとは、かなり凶暴といわれながら、本当は純真無垢な優しい心の動物とされている。たしかに、暗い星しかない星座として、その形を辿れないというのも、幻の動物に思いを馳せ、想像を膨らませるのには最適かもしれない。

参考:いっかくじゅう座のバラ星雲(提供:国立天文台)  さて、明るい星こそ無いいっかくじゅう座だが、月明かりのない理想的な夜空で眺めると、冬の天の川が星座を貫いて流れているのがわかる。そのために、星雲や星団といった天体には事欠かない。いっかくじゅう座でもっとも有名なのは、赤いバラのような形をした「ばら星雲」である。地球から約4600光年の距離にある散光星雲で、基本的にはオリオン座にある大星雲M42と同じ水素ガスが光っている星雲である。ただ、オリオン大星雲より10倍も遠いために、ばら星雲を肉眼では見ることができないが、写真に撮影すると色鮮やかな赤いバラの花のような美しい姿に写る。花の真ん中には生まれたばかりの若い星達が集団で輝いているのがよくわかる。

 長野県にある東京大学木曽観測所では、ばら星雲の素晴らしい画像を撮影している。観測所の望遠鏡で撮影されたばら星雲を背景に、観測所のドームが御嶽山をバックにデザインされたふるさと切手が発売されたほどである。日本でも郵便切手に星座がデザインされているものは、これまでいくつか発行されているが、天体の中でも星雲が切手になったのは、これが初めてではないだろうか。

 双眼鏡や望遠鏡で、この宇宙のバラの花を見つけることはできない。写真に撮影して初めて潜んでいる星雲が浮かび上がる。そんなところも、幻の動物をかたどったいっかくじゅう座らしいところかもしれない。