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See the moon 2007

スペシャル対談 渡部潤一×鏡リュウジ 天文学と占星術が月で出会うとき 進行・構成:林公代

月をめぐる、天文学者・渡部潤一さんと占星術研究家・鏡リュウジさんの対談2回目。テーマは「月と私たちの未来」です。月と地球との関係は今も刻々と変化をしていて、月は少しずつ地球から離れているとか。 では遠い未来に夜空の月はどう見えるのか、そのとき占星術は? そして人間はどうなっていくのでしょうか。
渡部潤一のプロフィール 鏡リュウジのプロフィール
月の写真(c)kanji Hayashi

第2回 遠ざかる月。100億年後の別世界とは。

二人の写真

月が夜空の一点で動かなくなる!

渡部:月は現在、地球から1年に約3センチずつ離れていて、同時に、少しずつ地球の自転も月の公転も遅くなっています。月が生まれたときは、地球からの距離は今の少なくとも10分の1程度近かったので、月はもっと大きく見えて、地球は1日5時間ぐらいで自転していました。それがどんどん遠ざかって、今はたまたま約24時間で地球は自転していますが、そのうち40時間、100時間になっていくわけです。
どのくらいのタイムスケールで月の軌道がどうなっていくかが、月の中を調べることでわかってくるんです。今回の月探査で月の内部の構造がわかると、月のこれからの軌道の進化のしかたが詳細にわかるだろうと思います。

-これから月がどのくらい離れて、どこで止まってということですか?

渡部:最後がどうなるかはほぼわかっています。地球から見ると月は同じ場所に止まってそこで満ち欠けをくり返す。そのときの地球の自転は、約47日、1130時間です。

-1130時間!それはいつぐらい先ですか?

渡部:計算上は約100〜200億年先ですね。太陽はその頃膨張して、地球も月も溶けているかもしれない。でも最終状態を考えると面白いですよ。大陸分布が変わらなかったら、インド洋上空に月が留まるから、日本からは今ちょうどBSアンテナが向いている方向に月がある。そこで月が三日月になったり満月になったり。1日が約47日だから夜が約24日続きます。

鏡:まったく違う世界になるでしょうね。

渡部:そういうところで生物がどう進化をするのか。タイムスケールがもっと長くなっているかもしれない。時間の感じ方とか。細胞の活性のしかたとかね。他の生命体がコンタクトしても我々の話すことが聞き取れない可能性もある。ゆっくり進化しているからね。

生命力の強い占星術

-そのとき占星術はどうなっているんでしょうか?

鏡:何十億年先ということでなく(笑)、100年、200年ぐらいのスパンで考えると、もし月で生まれるような子どもたちが出てきたら、天動説から地動説に変わったぐらいの衝撃が起こりますね。でも占星術は相当生命力が強いので、「月中心占星術」とか出てくるでしょうね。今でもあるんですよ。火星中心占星術とか、木星中心占星術とか。

-占星術はその時々の状況に合わせて、ヴァリエーションが生まれるんですね?

鏡:伝統的な天体しか使わない人たちもたくさんいますが、天王星や海王星を使う人、エリス(2003年に発見された、冥王星より大きな天体)を使っている人もいますよ。エリスどころか1万数千個の小惑星を全部使う人もいます。

-冥王星はどうなっているんですか?

鏡:現在、大多数の占星術家が使っている天体は、太陽と月、水星から土星までの伝統的な7つの天体に加えて、天王星、海王星、冥王星、あとキロン。土星と天王星の間の小天体です。さらに天の赤道と黄道が交差する点である月節(ノード)も重要。つまり今の天体の分類法で言うと恒星、惑星、衛星、彗星と小惑星の中間のような星も使うので、冥王星が「惑星」でないからといって使ってはいけない理由はもはやない、というのがぼくの考えです。

鏡リュウジさんの写真

教科書は書き換わるもの

鏡:昨年、冥王星が話題になったときは、僕のところにも冥王星がなくなるんですか?という問い合わせがいっぱいきました。深宇宙を知るきっかけになった、いいお題でしたね。

渡部:冥王星の定義をめぐって、多くの人に天文学ってどんどん変わっていく宇宙を明らかにするんだとわかってもらえたと思う。教科書の内容が変わるので大変だという報道もあったけど、でも教科書は科学が進むほど書き換わるものなんです。
現代は、これだけシステマティックな社会を作り上げて情報も氾濫していると、わかってないことがないんじゃないかと思いがち。でもわからないことがたくさんあるから科学者がいて、色んな分野で新しいことをやっている。そういう認識をもう少し子どもたちに持って欲しいと思っていたから、いいきっかけになったと思います。

鏡:冥王星で太陽系がくっきり区切られていて、その中を決まった軌道、決まった数の惑星だけが動いていると思うと、すごくスタティックな(静的な)世界観ですよね。そうじゃなくてものすごい広いところまで太陽系って広がっていて、重力につかまってこんな天体が入ってくると思うだけで、夢が広がりますよね。
もう一つは科学によって天体の新しい側面が出てきたら、昔の神話的な世界観がもう一つ広がる。たとえば天王星は占星術の世界では「革命とか変わったこと」を表すのですが、観測で天王星の自転軸方向が90度傾いていると知ると、なるほど変わってる!と納得できる(笑)。詩的な新しいイマジネーションを与えてくれるんですね。

天文学と占星術、両方を楽しむには

-天文学は宇宙と人間の関係を明らかにする学問であったのに今、手の届かないところにいったようにも感じます。宇宙と自分との関わりを占星術に求めているのでしょうか?

渡部:現在の自然科学としての天文学は、世界の成り立ちを明らかにするためのもの。人類集団とは論理的につながるけれども、個々人とはつながらないと思う。個々人の思いや悩みに届くものという意味では、宗教や民俗、おそらく占星術が役割を果たすべきものですよね。
でもこれだけは言っておきたいのですが、自然科学の立場にいるものが、自然科学だけが正しいと思ってはいけない。もちろん自然科学はその論理の中では正しいけれども、やっぱり社会は人間個人の集合体ですから、個人のよりどころになるものを決して価値がないと言ってはいけないですよね。

-絶対ではない。色んなアプローチがある。

. 渡部潤一先生の写真

渡部:同じ星を見ても何を思うかは十人十色。星の好きな野尻抱影さん(文筆家)が戦時中に星がものすごく憎らしく感じたことが一回だけあるそうで、それは空襲に似ていたから。その人がおかれた状況によってものの見方ががらっと変わってしまう。自然科学で記述するものの見方は普遍的で、集団の共通認識としてはいいが、個々人のレベルになると、それで記述できないものがあるんだと思います。

鏡:そこで歴史的な意味で月が重要になるわけです。近代科学が成立したのは「月」をめぐってだったといっていいとぼくは思っています。伝統的な世界観、つまり天文学も占星術も不可分であった世界のイメージでは、月から上の世界と月から下の世界はまったく別の性質をもっていると想像されていた。月から上が「天上の世界」でここは完全で神聖な世界。そこから下の、月下の世界は絶え間ない変化が起こる世界で、この二つの世界はまったく別な法則に支配されていると考えられていたんです。でも、不完全な下の地上世界は、完全な天上世界の影響を受けているので、星の動きをみるとこの世界のこともなんとなくわかると想像されていた。これが占星術ですよね。
ところがニュートンが月の動きもりんごの落下も同じ数式で説明できることを発見して、この二つの世界の違いはなくなったわけです。そのかわりに、それまで天の世界に投影されていた、スピリットの感覚やイマジネーションが人間の「こころ」のなかにあると考えられるようになりました。天上界と地上世界という二つの世界ではなく、「モノ」と「こころ」という二つの世界が出現したといってもいいと思います。
たとえば占星術の世界では、金星は「愛の女神」です。でもカール・セーガン原作の映画「コンタクト」で金星についてこんなセリフが出てくるんですよ、「あの毒ガスの塊の星」と。科学的な事実としてはそうです。ところが我々の主観的な世界では、やっぱり金星は愛の女神ビーナスなのかもしれない。
つまり外側に広がっていた世界が二つに分かれて、イメージの星の世界というように内面化されていく。主観の中で星や宇宙が自分の中に折りたたまれて入ってきたと僕は思っていて、現代の占星術は実は外側の星を見ているようで、内側の星を見ているんです。
ところが科学と占星術をごっちゃにしてしまうと疑似科学が生まれる。「混ぜるな危険」と言ってるんですけれども(笑)。方法論が違うことを踏まえて、占星術を楽しんでいる人が科学を勉強すると、科学のすごさがわかってくるんです。逆に占星術の壮大さやその価値も、科学的史な素養を持っている人にこそ理解していただけると僕は思いますね。

 

第1回:占星術を生業にしていた天文学者たち。