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映画『マイノリティ・リポート』のワンシーン

山崎貴×Hello,AI Lab

Vol.04

マイノリティ・リポート

舞台は西暦2054年。予知能力を持つ3人の「プリコグ」により実現した犯罪予防局が機能することで犯罪発生率がゼロになったワシントンD.C.。同局で働くジョン・アンダートン刑事(トム・クルーズ)は、自分が見ず知らずの男を殺害する予知映像を見てしまい、そこから熾烈な逃亡劇、そして隠された真実の究明がスタートする──。ジョンが背負った暗い過去、ユートピア/ディストピアの境界線をひた走るシリアスな設定を、超一級のエンタテインメントに仕上げたスティーブン・スピルバーグの手腕に脱帽の傑作。のちにプリコグを主人公にしたドラマ版も制作された。

1 スピルバーグの未来予想図

現代のAI的存在=プリコグ

『マイノリティ・リポート』のリポートです。
このお題をいただいたとき、あんまりAIとは関係ない映画なのでなんでかなーと思ったんですが、改めて観てみると、物語のキーとなる「プリコグ」たちが、まさに現代のAI的な存在なんですね。彼らは犯罪予防局(殺人を予知することで未然の逮捕を遂行する警察機関)に従事する「人間」なのですが、その能力は、あたかも膨大なビッグデータを扱い未来予測をしているようにも見え、とってもAI的。

現代にはプリコグのような予知能力者はいませんが、AIの未来予測というのはこれからどんどん伸びていく分野だと思うんで、そこのところに注目してみると、確かにAI的な映画だな、と思いました。

映画『マイノリティ・リポート』のワンシーン

妄想と検証による予見的フィクション

あと、出てくるガジェットもいちいち未来予測学的でおもしろい。この映画って2002年に公開されたんですが、すでにコンピューターの操作方法がモーション入力だったり、車も都心部では自動運転だったりと、未来世界の想像にはなかなかの鋭さがあります。それもそのはず、この作品の裏側では、結構なレベルの未来予測学者たちが動いていたようです。
未来を予知する人たちが出てくる映画で未来を予測して、しかもいくつか当てているってのはおもしろいですね。

たぶんスピルバーグの想いとしては、その未来学者たちといっしょに「超リアルな近未来を映像化したかった」ってのがありそうで、うんうん確かにそれは楽しそうだね、と微笑ましくなってしまいました。

映画『マイノリティ・リポート』のワンシーン

近未来ガジェットのいきすぎな魅力

たとえば、縦だか横だかわからない走り方をする車。要するに、平らな道も走るし、ビルの壁みたいなところも吸盤みたいにくっついて走れるし、未来の高速道路は超絶縦横無尽に延びていて、そこを自由に移動できちゃう車(文章化するのが難しいです。なんのこっちゃと思った方は映画を観てください)の映像化にかけた情熱は尋常じゃなくて、立派な実物大レプリカを造ったり、ジョージ・ルーカスのVFX工房「ILM」が(当時としては)とてもリアルなCGで参加したりしています。その後、このタイプの車が実用化されそうなニュースはまったく入ってこないので、想像が先をいきすぎちゃってるところもまた微笑ましい。

映画『マイノリティ・リポート』のワンシーン

前述のモーション入力にしても、指先の光る特殊な手袋をはめて全身でやってましたが、現実では手や指だけのモーションが主流になっていますね。しかも手袋なしで。そもそもコンピューターに入力するのに、あんな全身運動してたら疲れちゃいますもんね。
とはいえ、車の自動運転は実現間近。というか、アリゾナ州ではもう自動運転のタクシーが試験運用されているらしいし、これは「ほぼ実現した」と言ってもいいかもしれない。
早く日本でも自動運転のタクシー普及してほしいです。

映画『マイノリティ・リポート』のワンシーン

2 AIの未来予測とその未来

さて、話はプリコグに戻ります。この映画では特殊な能力を持った彼らが未来を予知して、殺人を犯そうとしている犯人候補を事前に捕まえることで殺人事件を実質ゼロにしているんですが、問題はその殺人未遂犯たちの処遇です。

犯人たちは罪をまだ犯していない状況で追い詰められ、しかも恐ろしいことに、逮捕されるとふつうの牢屋じゃなくて、変なチューブに入れられちゃうんですよ。直立姿勢のまま、身体の自由を奪われたまま。
これには正直「怖っ」と思いました。これが現実世界のことだったらと恐ろしくなりました。もしAIがなんらかの犯罪を起こしそうな人間を事前逮捕する世界になったら、しかもそれが冤罪が起こりうるシステムだったら、捕まる方はたまったもんじゃないですよね。劇中のトム・クルーズにしても、元同僚たちの説得なんか聞きやしません。「誰だって逃げる」と言いながら必死に抵抗します。そりゃ関係者だから、どんなまずい場所に送り込まれるかを知ってるわけで、あの必死感はよくわかります。

映画『マイノリティ・リポート』のワンシーン

もちろんこれから起こるかも知れない事故や天災を未然に防げるようになるのは、多くの人にとっての理想的な世界ですが、AIの判断がすべて、みたいなことになるのはちょっと怖い。ビッグデータからさまざまな予測が立てられる未来になったとき、その予測が本当に正しいのかを再検証する...つまりAIにツッコミを入れる存在が絶対必要になってくると思うのです。

3 登場するAIを考察

AIによる未来予測

本作『マイノリティ・リポート』ではプリコグの予知能力を用いて構築された犯罪予知システムが登場していましたが、AIによる未来予測のシステムは、世界の一部ではすでに導入がなされているものもあります。


たとえば、アメリカのシカゴ市警察。ここでは過去の犯罪データや時間や季節による周期情報などから、犯罪パターンを予測するAIシステムの導入事例があります。過去の出来事のデータをインプットすれば、未来に起こりうるかもしれないことを予測してくれるというこのようなシステムは、一定の成果をあげているようです。
ただ、こういったわたしたちの実社会や生活に導入されるAIシステムは、いくら恩恵があるとはいっても、人権や倫理などが考慮されつつ、信頼できるものでなければなりませんよね。


本連載の第3回目では、AIの開発や利用にあたっての人権保障や倫理についてのルールづくりが現在世界中で進められていることを述べましたが、その中の一例として、「欧州AI規則案」が注目されています。これは人間の安全と基本的権利を守るとともに、AIに対する信頼を高め、AIの活用を強化することを目的として提案されているものです。


劇中の犯罪予測しかり、人の人生を大きく左右したり、乗り物などに搭載されるヘルスモニタリングなどのAIシステムには、わたしたちの生命に係わるリスクを避けるため、先に述べた規則により個人を守りつつ、意図しない問題が発生した場合にも堅牢で高い信頼性が担保されることが求められています。

AIシステムの信頼性

AIは自ら学習を進めるとはいえ、単にリリースしっぱなしであったり、メンテナンスもせずに放置してしまうと、学習させたデータが古くなったり環境が変化することにより、システムの信頼度は自然劣化してしまいます。そのような状況下において、エンジニアたちはAIの信頼性を担保するべく日々奮闘しています。


そこで最近では、新たなAIシステム開発の方法論や、「AIソフトウェア工学」「MLOps」といった概念が登場し、関心を集めています。
AIソフトウェア工学とは、AIの安全性や信頼性を確保していくための技術分野のこと。MLOpsとは、「DevOps※1」と「Machine Learning(機械学習)」からなる造語で、AIモデルに対し、継続的に新たなデータを学習させ、AIモデルを再構築/アップデートさせることで、つねに最新状態へと適応させるという仕組みです。
AI単体では充分とはならないので、システムや運用まで含めた全体としての信頼性の確保が目指されています。


『マイノリティ・リポート』をご覧になった方は、「AIのアウトプットを鵜呑みにしてはいけない」ということがお分かりになられたかと思います。結局のところ、AIを良い方/悪い方へと導くのはわたしたち人間の判断や意思が大きく影響するため、システムを使うわたしたち人間のリテラシーが問われることになるのです。
AIシステムにより未来の予測が可能となったとしても、未来を決定するのはわたしたち。山崎監督がいわれた「AIシステムへのツッコミ役」を担うのはわたしたち人間なのかもしれません。
AIとの共生が求められるこれからの未来を生き抜いていくためには、わたしたち一人ひとりがAIリテラシーを磨いていく必要がありそうです。

※1 DevOps「開発(Development)」と「運用(Operations)」からなる造語

Hello,AI Lab

※本文中における会社名、商標名は、各社の商標または登録商標です。

プロフィール

山崎貴

山崎貴(やまざき たかし)

1964年生まれ。映画監督/VFXディレクター。 1986年に株式会社白組に入社。A.I.ロボット「テトラ」の活躍で知られる初監督作品『ジュブナイル』を皮切りに、『ALWAYS 三丁目の夕日』シリーズ、『STAND BY ME ドラえもん』など数々のヒット作を手がける。2023年公開の『ゴジラ-1.0』でも、監督・脚本・VFXを務める。

Hello,AI Lab

Hello,AI Lab

最先端技術を研究・開発している、三菱電機のエキスパート集団。「AI技術で未来を拓き、新しい安全・安心を世界に届ける」をモットーに、これからの人や社会に貢献できる情報技術を生みだすべく、日々研究開発に取り組んでいる。