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読む宇宙旅行

2013年9月6日

日本人初の船長・若田光一飛行士が「満面の笑顔」になる瞬間

2013年7月、打ち上げ前の恒例となっているケーキカットのセレモニーで。左がNASAマストラキオ飛行士(4回目の飛行)、真ん中がロシアのチューリン飛行士(3回目のISS長期滞在)共に53歳。若田飛行士は50歳のベテランチーム。(提供:NASA)

2013年7月、打ち上げ前の恒例となっているケーキカットのセレモニーで。左がNASAマストラキオ飛行士(4回目の飛行)、真ん中がロシアのチューリン飛行士(3回目のISS長期滞在)共に53歳。若田飛行士は50歳のベテランチーム。(提供:NASA)

 日本人初、そしてアジア人初の船長(コマンダー)となる若田光一宇宙飛行士の打ち上げが約2ヶ月後に迫ってきた。4回目の飛行となる今回は国際宇宙ステーション(ISS)に約6ヶ月間、滞在する。累計の宇宙滞在日数は約339日になる予定。もちろん日本人最長記録だ。

 打ち上げ前最後の記者会見となった8月30日、若田さんは、無重力の宇宙空間に『戻る』日が近づいていると語った。ふるさとは地球、仕事場は宇宙。カッコイイではないか!

 無重力の宇宙空間にいくと、身体の使い方が地上とはまったく異なる。移動するときも足は使わず「泳ぐ」感覚に近い。若田さんは「慣れるとマグロのように早く泳げるようになる」と言う。だが、力が余って目的地にぶつかってはマズイ。早く泳ぎ、目的地で静かに止まれるようになれば達人級。古川飛行士はコーナーでの曲がり方が上達したと言っていた。回転角を小さく。つまり「無駄のない動き」ができるようになるのだ。

 このような「宇宙での身体の使い方の感覚は今も覚えていますか?」と若田さんに聞くと「自転車に乗るようなものです」と答えてくれた。「例えば長い間自転車に乗らなくても、身体が覚えていて自転車をこげますよね。宇宙でどう動けばいいかは、身体が覚えている。きっと宇宙に行けばすぐ4年前の状態に戻れると思います」。若田さんの身体には宇宙と地上の身体の使い方がインプットされていて、切り替えればいいだけなのだろう。

 そして次の「仕事場」では新たな、しかも重要な任務がある。約半年間のISS滞在の後半に船長を担うのだ。これは快挙だ。2013年8月末までにISS船長は38人。そのうち米ロ以外はヨーロッパとカナダから一人ずつ。つまりほとんどが米国人かロシア人だ。今回、若田飛行士の部下も米国とロシアのベテラン飛行士で共に年上。しかし、2年以上みっちり訓練を積み、良好なチームワークを築いてきた。その訓練の大半は緊急時対応訓練だ。

 ISSには3つの緊急事態がある。「火災、空気汚染、空気漏れ」だ。どんな場合も瞬時に対応できるよう徹底的に訓練をくり返す。宇宙飛行士はシミュレーション訓練でどんなトラブルが仕込まれるかは事前に知らされない。実際に煙を充満させたり、空気を減圧したり本番さながらに行う場合もある。

 船長は緊急時、地上の管制局と連絡をとりながら、宇宙飛行士達に指示を出す。「火災が起こった場所によって、どこに司令塔をおくかが変わります。最適な場所を選ばないといけない」と若田飛行士。訓練初期は、その最適な場所を選べなかったこともあった。だが、訓練を積むことで適切な判断ができるようになったという。

 さらに訓練後半になると火災だけでなく、誰かが怪我をするなど複数のトラブルを訓練する。「ISSで緊急事態が起こる可能性は非常に少ない。しかしトラブルに訓練できちんと対応することで、『このコマンダーについていけば安全に帰れる』という安心感を持ってもらえる。メンバーとの信頼関係の構築につながるのです」と若田飛行士は力をこめる。

8月30日、ヒューストンと結んだ記者会見で。星出彰彦飛行士が「若田さんはイチロー」というのを笑顔で聞く若田飛行士。

8月30日、ヒューストンと結んだ記者会見で。星出彰彦飛行士が「若田さんはイチロー」というのを笑顔で聞く若田飛行士。

 星出飛行士は若田飛行士の1回目の宇宙飛行から共に仕事をし、傍らで見てきたが「大リーグのイチロー選手と重なる」という。「スキルは天性のものを持ちながら、目標に向けて妥協せず、努力を怠らない。(イチロー選手は)大リーグの本場アメリカであれだけの仕事をする。若田さんも同じ。日本人で初めてNASAの宇宙飛行士候補者訓練に入って努力し、今では(世界の)宇宙飛行士仲間から尊敬されている。しかし遠い存在ではなく、身近ないい兄貴分。」

 この星出さんの言葉を横で聞いていた若田さんの表情が、よかった。それまで強い目力で「日本の技術力の高さ」を語った若田さんの肩の力が抜けて、満面の笑顔で弟分を見守る優しい兄貴の顔に。すかさず星出さんが小声で「後で奢って下さいね」とつぶやく。こんな風に世界中の仲間たちと「いい関係」を作り上げているに違いない。次の宇宙飛行の成功を確信した。