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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

こうのとり到着!油井飛行士、NEXTステージへ始動

8月24日、日本の貨物船「こうのとり5号機」は油井亀美也飛行士が操作するロボットアームによってキャプチャされ、国際宇宙ステーション(ISS)に取り付けられた。NASAから空輸で運ばれた緊急物資を含む5.5トンの荷物が、無事に宇宙に到着!各国の貨物船打ち上げ失敗が続く中、日本の高い技術力を世界に見せつけた。

8月24日、油井飛行士が掴んだ「こうのとり5号機」。「日本が技術大国である象徴」と油井さん。中には実験装置や水など生活物資、そして家族や仲間からのサプライズプレゼントもあったはず!(油井飛行士のツイッターより。提供:JAXA/NASA)

私はJAXA筑波宇宙センターの管制室で「こうのとり」キャプチャの状況を見守っていたが、松浦真弓フライトディレクタ率いるチームは時折笑顔がこぼれ余裕すら感じさせた。そして予定より20分以上早いキャプチャ。さすが元自衛隊テストパイロットの油井さんだ。それまで「中年の星」と呼ばれながら「まだ6等星」などと謙遜していた油井さんも「一等星並みに輝けたかな」とコメント。NASA管制室で交信担当リーダーを務めた若田さんは「The Man(凄い男)」とかつて自身に向けられた最上級の賛辞を油井さんに贈った。

さて、「こうのとり」が運んだ荷物の中には、日本の実験装置が多数搭載されていた。中には日本の宇宙実験を次の段階に押し上げる重要な実験も含まれている。たとえば、天文少年だった油井さんが「楽しみ」と語った、暗黒物質の正体に迫る高エネルギー宇宙線観測装置(CALET)。世界で初めて宇宙で高いエネルギー領域の宇宙線を精密に観測する最新装置であり、NASAも類似の観測装置(ISS-CREAM)を2016年以降に設置予定。つまり、日本が他国をリードする「宇宙線の天文台」だ。

こうのとり5号機の中に入り、作業する油井飛行士。(NASAテレビより。提供:NASA)

ヒトに近いマウスで加齢現象の解明、さらに創薬研究へ

個人的にもっとも注目しているのが小動物飼育装置。12匹のマウスを1匹ずつ個室に入れて、30日間飼育する装置だ。12匹は無重力区画に6匹、1Gの重力区画に6匹入る。無重力の影響だけを厳密に比較するためだ。これまでISSでのマウス実験はNASAなどが行っているが、人工重力環境と比較して行う実験は「世界初」。マウスの個室=ケージには給餌用カートリッジや給水バルーン、排せつ物がたまらないよう風を送るファン、観察用カメラなどが取り付けられ、宇宙飛行士は1週間に一度、水や餌などの交換をすればいいだけ。手間いらずながら、快適な環境が作られている。

ところで日本はこれまでメダカや金魚などの水棲生物実験を得意としていたはず。なぜマウスで実験を?「メダカなどで宇宙実験を重ねてきましたが、最終的にヒトに実験成果を応用させたいと思うと、ヒトにより近い哺乳類で研究症例の多いマウスを使いたい」とJAXAきぼう利用企画グループ長の小川志保さんは説明する。

マウスを使った実験でめざすのは「加齢疾患研究のプラットフォーム」だという。「宇宙の無重力環境に行くと、健康だった宇宙飛行士の骨が弱くなり筋肉が衰え、寝たきりの高齢者の症状と似た現象が急激に進みます。その現象を逆に活用して、マウスを使って何が現象を起こすのかを調べます。たとえばある遺伝子が原因だと推定されたら、その遺伝子をきかないようにしたマウスや様々な病態モデルマウスを使って、遺伝子が病気に本当に関わっているのか、またどんな薬が治療や予防に効果があるのかを突き止めたい」(小川さん)。

最近、医学分野では、DNAの塩基配列を変えることなく、遺伝子の働きを決めるしくみである「エピジェネティクス」やその情報の集まり「エピゲノム」が注目されている。エピゲノムの変化は疾患(病気)と関係していると考えられている。疾患と結びつくエピゲノム情報を蓄積し、地上の医療や創薬に貢献しようという野心的な実験計画だ。国が「科学技術イノベーション総合戦略2014」の健康・医療分野で進めようとしているオーダーメイド医療も遺伝子変異と疾患をつなごうとしており、その方向性に合致した実験となる。

小川さんは「頑張って5年でマウスを使った実験を本格稼働させたい」と意気込むが、課題もある。実験の主役であるマウスの輸送だ。前回の記事で紹介したように「生き物(ナマモノ)を元気に宇宙に届け、地上に帰すのは大変だ。当初の予定では米スペースX社の貨物船「ドラゴン」でマウスを打ち上げ、約30日後にドラゴンで地球に帰す予定だった。ドラゴンが着水後、ただちにマウスを回収する作業のリハーサルも着水地に近い米西海岸で行っていたと聞く。ところが6月末にドラゴンがまさかの打ち上げ失敗。今のところ再打ち上げ計画は明確にされていない。「まずは油井飛行士には『こうのとり』で運んだ小動物飼育装置を組み立て、実際に動かしてみて本当にマウスを飼育できるかという環境を確認してもらいます。その後にマウスをどの宇宙船で届けて地上に帰すか、ソユーズ宇宙船で帰すなど様々なパターンを検討しています」と小川さんは話す。

小動物飼育装置。飼育装置ケージユニットはマウスの個室。1匹ずつマウスを入れ、6匹を右の装置上の無重力区画に、6匹を下の1G区画(回転させることで重力を発生させる)に入れる。(油井宇宙飛行士ISS長期滞在プレスキットより。提供:JAXA)

超小型衛星だけでなくより大きな衛星の放出へ

「こうのとり」が運んだ荷物の中には日本の超小型衛星2基があった。そのうち一基は千葉工業大学の衛星S-CUBE。同大学の観測装置は貨物船シグナス、ドラゴンの打ち上げ失敗で続けて失われていたからほっと胸をなでおろしたことだろう。本当によかった!

「こうのとり」には日本の衛星だけでなく、米国の超小型衛星16基も積まれていた。「きぼう」からの超小型衛星放出は米企業などから放出ニーズが非常に高まり、2015年3月までに72機を放出している。2020年までにさらに200機程度もの放出が予想されるという!

現在は数十センチサイズの超小型衛星衛星が中心だが、一回り大きな人工衛星を放出したいというニーズも増えている。米企業は50kg級の衛星を放出できる機構を開発し、NASAも56cmの球体の衛星を既に放出している。「JAXAは北大・東北大・フィリピンの連合チームが開発した50kg級の衛星放出を受注し、2016年にも『きぼう』から放出する計画です」(小川さん)。さらに大型の衛星放出の実現も考えているそうで、注目だ。

2013年11月、「きぼう」ロボットアームで放出された3つの超小型衛星。東大とベトナム国家衛星センターなどが開発した「ピコドラゴン」と米企業の衛星。
(提供:JAXA/NASA)

目立たないが、日本が世界トップをひた走る実験とは?

ところで油井さんが宇宙到着後、最初に行った実験をご存じだろうか?それは「たんぱく質の結晶成長実験」。今回は製薬会社の大鵬薬品のほか、アルツハイマー病の治療薬を目指す大学の研究など合計17件の実験が行われる。回収は9月の予定。たんぱく質の結晶成長実験は地味で、あまり注目されないが、実は日本が世界のトップを走る実験だ。NASAも1980年代から行っていたがあまり成果が出ず、2000年代に一旦手を引いた。日本は2003年頃から着手。現在は筋ジストロフィーの治療薬が動物実験の段階まで進んでいる。創薬は研究着手からから実現まで17年以上と言われるほど時間がかかるが、小川さんによると「宇宙実験の成果がここまで進展しているのは日本だけ」。NASAが作成したISS成果集に、まるでNASAの成果のように(!?)日本の成果が掲載されているそう。そしてNASAは同種の実験を再開した。

宇宙でたんぱく質の結晶成長実験を行うのは、無重力の環境をいかして、なるべく品質のよい結晶を作り、細かな部分の立体構造を詳しく調べるためだ。宇宙で成長させた結晶を地上に回収後、「スプリング8」など大型放射設備で構造解析する。条件を整えれば、「きぼう」利用開始時点の3割から現在は6割の確率で、地上(重力下)で生成した結晶に比べて、より良質な構造データの取得が可能となった。こうして病気の原因となるたんぱく質の構造を詳細に把握し、創薬に生かすという一連の流れ(システム)をJAXAは作り上げてきたのだ。

今後は結晶化がさらに困難な「膜たんぱく質」にも挑戦していくという。「これまで宇宙で実験を行ってきたのは主に水溶性たんぱく質。現在、製薬企業が結晶構造を把握したいと狙っているのは、高血圧やアレルギー、癌、パーキンソン病などの創薬に利用される『膜たんぱく質』です。膜たんぱく質は水に溶けにくく、結晶化も難しい、量もできないなどの問題点がある。この結晶を宇宙で作ることができれば宇宙実験の価値があがります」

水溶性たんぱく質結晶の創薬利用はインフルエンザ、アルツハイマー病など創薬ターゲットの約30%をカバーするが、膜たんぱく質結晶が宇宙で実現できれば創薬ターゲットを100%カバーできるという。費用対効果が問われるISS。地上の研究サイクルが早く進む状況で、宇宙で行う付加価値がある実験を必死に検討した結果、「膜たんぱく質の結晶成長を宇宙で実現させよう」という結論に至ったという。「実は、膜たんぱく質実験は以前一度実施したことがあるが、まだ結晶化できていない。今後集中的に、結晶化技術を開発して実現したい」(小川さん)。

創薬や加齢研究など地上の私たちの健康な生活に役立つように。小型衛星放出では宇宙利用を加速するように。日本人で10人目に宇宙飛行を行う油井さんは「次世代宇宙飛行士」と呼ばれる。その油井さんが行う実験は、日本の有人宇宙開発を次の段階にステップアップさせるための、鍵となる実験が目白押し。これから実験は佳境を迎える。今後も活躍に期待しつつ、ウォッチしていきたい。

2015年1月、JAXA筑波宇宙センターで、たんぱく質結晶生成実験の訓練を行う油井飛行士。(提供:JAXA)