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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

手のひらから宇宙へ—「ふうせん宇宙撮影」岩谷圭介さん

国際宇宙ステーションの宇宙飛行士や、太陽系を旅する惑星探査機から、美しい宇宙の画像が日々送られてくる。しかしそれらの画像は「遠いところ」から「特別な機材を使って」得られる、別世界のものだと無意識に感じていませんか?

手のひらから離した風船が上空30kmを超えて届けてくれた景色。(提供:Keisuke Iwaya)

上の画像を見てください。宇宙空間から地球を撮影した画像・・と同じ光景ですよね?この画像が私たちになじみ深い、風船で撮影されたものと聞いたら驚くでしょうか?手のひらから放たれた風船が自転車ぐらいの速度でゆっくり上空に上がっていき、成層圏、上空約30kmから撮影した画像です。成層圏に打ち上げるバルーンは高高度気球(こうこうどききゅう)と呼ばれ宇宙開発に分類されるそう。この「ふうせん宇宙撮影」を始めたのが岩谷圭介さん。たった一人で小型のカメラと風船を使った高度約30kmからの撮影に、日本で初めて成功した1986年生まれの29歳。大学時代から挑戦し、これまで70機以上打ち上げています。この10月にはTV番組「情熱大陸」にも登場した、今もっとも注目の人物のひとりなのです。

その映像は、風船が手を離れて上昇し、見慣れた景色が徐々に小さくなって雲を抜けるまで、つまり「手のひらから宇宙まで」連続してみることができ、宇宙とのつながりを実感できるのが最大の特徴であり魅力。これは素敵!とさっそく岩谷さんにSkypeでお話を伺いました。

きっかけはアメリカの大学生「疑いの気持ちから」

岩谷さんの著書「宇宙を撮りたい、風船で。」夢中で読みました。「ふうせん宇宙撮影」を始めたきっかけは、2011年にネットで「アメリカの大学生が自作のバルーンカメラで宇宙を撮影した」という記事を見た事だったそうですが、どう思われたんですか?
岩谷:

僕は当時、北海道大学の機械工学科で航空宇宙の研究室に所属していました。アメリカの大学生の記事でものすごく驚いたのは、バルーンで宇宙の写真が撮れたことです。なぜなら、僕は宇宙開発がどれだけ大変なことか、よく知っていたからです。だからニュースを見たときはむしろ疑いの気持ちでした。「何を言ってるんだ」と。でも記事を見たら宇宙の写真がそこにあって、「論より証拠」を叩きつけられたわけです。

で、自分も作ってみようという気持ちに?岩谷さんは本によると「納得しないと前に進めない性格」で、大学卒業後の進路でやりたいことが定まらず2度目の4年生を迎えたと書かれていましたが、この写真を見たときはやりたいことが見えたのですか?
岩谷:

強い思いに突き動かされましたね。僕は宇宙やモノづくりが好きで、大好きな宇宙を題材にしたモノづくりができると。何より、憧れながら絶対に不可能と思って諦めていた宇宙開発が、風船を使えばできるかもしれないと見せつけられたことが、きっかけだと思います。

ネットニュースの限られた情報だけでモノづくりに挑戦。記事を見た2か月後の2011年11月には1号機を打上げるが失敗。その後も一つ一つの材料集めにも試行錯誤を繰り返しながら打ち上げを続ける岩谷さん。「もうダメだ、諦めよう」と思ったのは4号機のこと。3号機まで糸をつけて打ち上げていたが、初めて糸をつけずに打ち上げたところ、海上に着水し行方不明になってしまったのだ。同級生から「そんなことをやって何になるの?」と言われた言葉が頭の中をぐるぐる回ったという。しかし10日後、4号機を海辺で拾った人から岩谷さんに連絡があり、4号機は奇跡的に岩谷さんの元に戻ってきた。諦めかけていた岩谷さんは、もう一度頑張ってみようという気持ちを奮い起こすことになった。

1万6千万分の一枚。初めて宇宙撮影に成功するも「悔しい」

失敗と修正を繰り返していって、ついに撮影に成功したのはいつですか?
岩谷:

撮ろうとしていた宇宙の写真は、初めて11号機で撮れました。上空30キロで風船からカメラで撮影したのは、日本でほかに例がないと思います。宇宙の写真を撮ることを成功とするなら成功と言えるのかもしれません。でも僕自身は、すごく悔しかったんです。

成功したのに悔しかった?なぜですか?
岩谷:

約1万6千枚もの膨大な写真を撮っていたのに、ピンボケだったり、空しか写っていない写真ばかりで、今までずっと頑張ってきてやっと飛ばして何とか回収できた結果がこれかと。悔しくて悔しくて諦めながらずっと見て行ったら、たった1枚だけ綺麗な宇宙の写真があった。4号機が偶然発見された時と同じで、苦労ばかりでいいことも少なかったかもしれないけど「もうちょっと頑張ってみたら」と言われた気がして、前に進めたんだと思います。

1.風船が手から離れます。(提供:Keisuke Iwaya)
2.見慣れた場所がみるみる小さくなっていきます。写真は琵琶湖に流れ込む川。(提供:Keisuke Iwaya)
3.さらに上昇して琵琶湖の全体像が見えてきました。写真の上が南の方向です。(提供:Keisuke Iwaya)
4.上空約30kmを超えたらそこは、宇宙の入り口!(提供:Keisuke Iwaya)
5.風船が破裂して、パラシュートが開き帰路につきます。(提供:Keisuke Iwaya)
6.カメラを無事回収し一安心の岩谷さん。(提供:Keisuke Iwaya)
11号機を打ち上げたのは2012年9月で既に大学を卒業されていましたよね。どんな状況でどんな気持ちで、作り続けていたんですか?
岩谷:

大学2年生のころからプログラムを作る仕事をして、生活は何とか成り立っていました。風船を飛ばし続けて費用も時間もかかることはわかってきたけれど、何とかして形にしたかった。「次に一歩進むとどんなものが見えるだろう」、「どこを改良すればよくなるんだろう」と気になって新しい物を作る。その繰り返しです。その頃、札幌のテレビ局がコンタクトしてきてくれて、仲間がみつかったのも続けるために大きかったです。

札幌テレビの「1✕8いこうよ!」ですね?俳優の大泉洋さんと宇宙開発局YOXAを作るという。
岩谷:

そうです、YOXAです!実は4号機までやってみて一人で作るのがすごく大変だと実感したので、何とか興味を持ってくれる人が現れないかとホームページを作ったんです。それを見たテレビ局のディレクターさんが連絡をくれました。まだ成功していないのに、「たとえ失敗してもその過程をドラマにしたい」と5号機から一緒に開発を進めてくれました。何より大きかったのは北海道中の宇宙開発をしている人たちを紹介して下さったことです。仲間が増えたという点で大きな転機になりました。

狙った写真が撮れた16号機—撮りたいものを撮るための改良は続く

狙った通りの写真が撮れたのは?
岩谷:

2012年10月の16号機です。とても達成感がありましたね。

おお!ではその後は「これでバンバン撮れる!」と?
岩谷:

それがですね。動画を撮るようになると、とても揺れていることに気付くんです。そこで回転数を抑えて揺れないようにしたり、撮影機材だけでなく、地上に帰ってきたときに藪の中に落ちても回収できるように改良したり。着地場所を発見するためにGPSを積んではいるんですが、けっこう誤差があるんです。10メートルぐらい。10m四方の藪の中で20cmぐらいの物体を探せと言われたら、縦横どこに行けばいいかわからない。しかも木の上か地面の下か、高さもわからないのでほとんど絶望です。そこでぴーぴーなるアラームをつけたんですがあれ、うるさいんですよね(笑)。民家の近くに落ちるとやかましいし、苦情が来る可能性があるので、そこも改良していきました。

なるほど、「宇宙を撮る」段階から「回収方法」へ改良点がうつっていった?
岩谷:

はい。周りの人に迷惑をかけないで回収するためにどうするか。次の段階は自分の撮りたいものを撮るためにどうすればいいか。例えば「初日の出を撮ってみたい」とか。

次から次へとやりたいことが出てくるんですね。
岩谷:

一つ達成すると、「次はどんなものが見えるだろう」と気になるんです。今はプラネタリウムの上映が一つの目標です。

プラネタリウムですか!
岩谷:

宇宙って自分にとって縁のない世界だと思っていることが、手のひらからつながって宇宙まで連続して見える。その実感は風船でないと得られないと思うんですよ。自分の手のひらから離れた風船が上がっていって、30キロを超える高さから地球を見る。

30キロって東京から横浜より近くて、フルマラソンの三分の二より短い距離です。その狭い範囲で僕たちは生きているし、すべてのものが循環している。雨が降っている様子も、自分たちが食べる野菜やお米を作っている様子も上空から見えます。自分たちは実は風船で行けるような狭い世界で暮らしていたんだ、と気づけると思います。みんなが生きている世界を、この世界でつながっている家族や友達、恋人たちと一緒に見て感じてほしいんです。「手のひらの宇宙」から「感じる宇宙」へ作りあげたい。そのためにどういう形で表現しようかと今後、色々と考えていきたいと思っています。

素敵ですね。ぜひ見て、感じてみたいです。手のひらから宇宙までつながる連続性が「ふうせん宇宙撮影」の一番の魅力だと思うんですが、今でも難しさは感じていますか?
岩谷:

難しいですね。気象条件や気温、風、湿度、海の荒れ具合など自然を相手にしているので、自然に順応しながら装置として作り上げることが難しくもあり、面白いところでもあります。その上で自分が一番表現したいことをどうやって撮ろうか組み立てることも難しいですね。例えば晴天で水平線から太陽が登ってきて海に反射するところを撮りたいと思って、一生懸命準備して島まで行ったら曇りで、4日間の予備日も全部曇り。天に見放されたんだなと思ったこともありました。またやりますけどね。

「ふうせん宇宙撮影」の開発者、岩谷圭介さん。機体を手に。(提供: Keisuke Iwaya)

最初はひも付きから。安全に気を付けて、試行錯誤の過程を楽しもう

ふうせん宇宙撮影を日本で行うための具体的なアドバイスが本に書かれていますね。費用(20万~100万円)、航空法や電波法などの法的規制、打ち上げに適した場所では北海道道東地区がおすすめと書かれています。最初は凧揚げみたいなひも付きから始めるといいと。
岩谷:

ひも付きの装置でも風が強いとひもが切れてしまうかもしれない。そうするとどこかに飛んで行って誰かに当たる可能性もあります。現実問題として空に何かを飛ばす時には法律や自治体の決まりごともあるし、回収の時に誰かの所有地に勝手に入らないようになど細かい話がいっぱいあって、実は一番苦労するところです。

いきなり無茶なことをしないで、小さくて軽い機体から始めて、やってみて触って感じて理解しながら試行錯誤して作ってみてほしいです。

たった一人で宇宙撮影に挑戦する「ひとり宇宙開発」からスタートした岩谷さん。今では広告制作など仕事の幅も広がりチームで動くことも増えた。今後は、深海での撮影にも挑戦したいという。小さい頃、映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」に出てくる科学者・発明家のドクに憧れ発明家になりたいという夢を抱いた。その夢は実現しましたね、と最後に聞くと「夢は達成して終わるものでなく、追い求めることと思っています」との答えが。夢は風船のように天高く上昇しているようだ。プラネタリウム上映を見るのが待ち遠しいです!