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読む宇宙旅行

ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

「5分で慣れた」「身長伸びた」
—金井飛行士の宇宙人的身体感覚が面白い

2018年が始まりました。新年早々、大きな話題を集めたのが金井宣茂宇宙飛行士の「重大報告」。「身長が9センチも伸びていたんです!」とびっくりレポート(再計測の結果、実は2センチだったが)。宇宙で身長が伸びるのは、無重力によって背骨の骨と骨の隙間(椎間板)が開くため。残念ながら地上に戻ったとたん、元の身長に戻ってしまう。

宇宙で身長が伸びると、背中や腰が痛むことがある(大西飛行士も腰の痛みを訴えていた)が、油井飛行士によると身長が伸び切ると痛みは消えるらしい。金井さんは腰や背中に痛みはなく「むしろ肩こりがなくなった」とツイート。肩こりがないって!?万年肩こりの私はそっちのほうが羨ましいぞ!

金井さんのツイートや発言によって、宇宙に行くことで、身体にこんなに劇的な変化が起こるんだ!と多くの人が興味をもつきっかけになったのではないだろうか。私が驚かされたのは、金井飛行士の「宇宙への素早い適応力」。まるで宇宙人?と思うほど。たとえば下の画像を見てください。

「宇宙では壁も床に感じることができます」と実際に子供たちに見せる金井飛行士。1月8日に行われた、はまぎんこども宇宙科学館×ローソンの交信イベントで。(NASAテレビより)

壁をあたかも床のように使いこなしている!地上で真似したくても絶対できない。これぞ、宇宙生活だ。1月8日、国際宇宙ステーション(ISS)と横浜市のはまぎんこども宇宙科学館と結んで行われた交信イベント時の画像だ。

「宇宙でびっくりしたことベスト3は?」という小学年生男子からの質問に、金井さんは「宇宙は無重力なのでふわふわ浮きます。壁に立っても全然違和感がない。逆に、壁が自分にとっての床みたいに感じます」と答えた。どこでも即座に床と感じられる点は、空間認識能力の高さを物語っていると言えるだろう。金井さんは実際に壁に立って見せてくれた。その動きがとても自然で無駄がない。さらに立ち姿勢が綺麗なこと!

宇宙では身体の力を抜くと、猫背になって腕や膝が自然に前に出てくる。「中立姿勢」と呼ばれ、ややだらしない姿勢になる。逆に言えば、まっすぐ立ち続けるには、身体中の筋力を使う必要があるのだ。武道の達人である金井さんはおそらく、インナーマッスルも相当鍛えられているに違いない。

1月8日、子供たちからの素朴な質問に大笑いする金井飛行士。宇宙でびっくりしたことは?の質問には「宇宙で、びっくりするほど地球とかわらずに同じような生活をしていることにびっくりした」と回答。(NASAテレビより)

金井飛行士に学ぶ「宇宙酔い対策」とは

12月17日、金井飛行士らはソユーズロケットによって打ち上げられた。(提供:NASA/Joel Kowsky)

1月5日にISSとJAXA東京事務所を結んで行われた記者会見でも、宇宙での身体の変化に対する金井さんの発言の数々に驚かされた。

「(宇宙酔いについて)ほとんど気持ち悪くなることはなかった」
「いたって平気」
「新しい環境に5分もすると身体が慣れて、人間の適応力はすごいと感じている」

宇宙飛行前に金井さんに取材した際には、「辛いときは、正直に辛いと言います」と明言されていたので、これは率直な感想なのだろう。それにしても5分とは!

「日刊JAXA」記者(!)として、会見の最後に質問していた油井飛行士に金井さんの様子を聞いたところ「すごい勢いで無重力空間に慣れている。(ISS到着後3週間の金井さんは)私の1か月経ったころと同じぐらい。身体をうまく使って安定している」と絶賛。

近い将来、私たちが宇宙旅行に出かける時代に気になるのは「宇宙酔い」だ。宇宙にタッチして帰る「もっともお手軽な宇宙旅行」は約90分。その間に気持ち悪くなったら宇宙を楽しめず、もったいない。なぜ金井さんが宇宙酔いにならなかったのか、是非役立てたいところ。ポイントは3つありそうだ。

ソユーズ宇宙船内で。フライトディレクタを務める二人の大地さんに向けてWピース(提供:JAXA/NASA)

1つは「酔い止め薬」。金井さんは会見で「宇宙酔いの酔い止め薬を(数日間)定期的に内服していた」と発言。この酔い止め薬は地上の市販薬で、様々な種類の中から地上で自分にあうものを選んでもっていくという。「99%の宇宙飛行士が飲んでいると思います」(油井飛行士)。ちなみに、油井飛行士は飲まなかった。なぜか?それは二つ目のポイントと関わっている。

その2つ目のポイントとは「回転イス」。ロシアでは宇宙酔い対策として打ち上げ直前まで回転いす訓練を課している。効果がないと考える宇宙飛行士もいるが、金井さんは効果があると考えた。そのきっかけは油井飛行士。テストパイロット出身の油井飛行士は平衡感覚をつかさどる(耳の中の)三半規管が鍛えられており、宇宙酔いもしなかった。そして回転イス訓練も平気で「もっとやらせてくれ」とロシア人教官に頼み「お前はサムライだ!」と驚かれたほど。そんな油井さんを見て、金井さんは回転イス訓練で三半規管を鍛えれば、宇宙酔い対策に効果があるのでは、と考えたそうだ。

回転イス訓練に強ければ宇宙酔いしないのか。油井さんによると「直接結びつくかはわからないが、ロシアの医者によると、ある程度の相関関係があるそうです。またテストパイロットが宇宙酔いに強いかという点では、確かに飛行機の訓練を始めた時に酔う学生もいるが、何回か飛ぶにしたがって酔いがなくなってきます」(油井さん)。つまりテストパイロットは飛行機で飛ぶうちに、三半規管が鍛えられ、酔いが少なくなるのかもしれない。

1月5日に行われた記者会見で。日刊JAXAの記者として質問する油井飛行士。

そして3つ目のポイントは「狭い空間でならすこと」。金井さんは12月17日の打ち上げから二日後にISSに到着した。二日間は3人乗るとぎゅうぎゅう詰めになる狭いソユーズ宇宙船で過ごしていたことになる。「いきなり宇宙ステーションのような大きな空間で生活するよりは、狭くてどこにでも手が届くようなソユーズ宇宙船の内部で、しばらく身体をならすことができて良かったように思います」とブログに書いている。

つまり、金井飛行士に学ぶ「宇宙酔い対策」をまとめると、「宇宙酔いの薬」を飲んで、回転イスで三半規管を鍛え、宇宙に着いたら、まず狭い空間で身体をならすこと。宇宙旅行の際は、ぜひ生かしましょう。

ちなみに、宇宙に飛び立つ前には薬を飲まず、宇宙酔いもしなかった油井飛行士は、ISS到着後に宇宙酔いの薬を飲んだことを明かしてくれた。「ISSに着いた最初は全然平気だったんです。でも到着後の地上との会見が終わってほっとしたら、気持ちが悪くなって。ほぼ24時間寝ていなかったことや精神的なことも関係していたのかもしれません。『やっぱり駄目だったか』と思って薬を飲んだら猛烈に眠くなって。12時間以上ひたすら寝て、起きたらなおってました」。睡眠をとるのも大事なポイントのようです。

金井さんの宇宙適応力について、油井さんがさらに指摘した点がある。会見中、金井さんが空中に浮かべていたマイクだ。無重力だからマイクを浮かべておくのは簡単と思いがちだが、実はテクニックが必要だ。「マイクを宙にとどめておくのは難しい。(船内にはファンによって空気の流れがあるため)必ずふわふわと動いてしまうんです」(油井さん)。そういえば、星出飛行士にインタビューした際も、ベテランの宇宙飛行士は使用中のペンを空中にぴたっと止めておけるが、新人は(置き方が下手なため)ふわふわと漂ってなくしてしまうと言っていた。マイクをぴたっと空中に浮かべていた金井さん、もはや宇宙生活達人の域に達しているのかも?

日刊JAXAの油井記者に今後の金井ミッションの注目点について聞いた。「医者としての身体の気づきですね。健康長寿のヒントを見つけて欲しいです」

金井さんが発信する、宇宙での身体の不思議、これからも要注目です。

たたまれていた「きぼう」日本実験棟の「のれん」を出して入り口にかけた金井飛行士。 「日本の「きぼう」は、365日年中無休で開業中。もうすぐ10周年です!宇宙実験のご用は、いつでも承っていますので、ぜひご利用ください」とツイート。宇宙実験レポートも期待してます!(金井飛行士のツイッターより)
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