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読む宇宙旅行

ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

元NASAプロ集団が進める「宇宙旅行」と「商業宇宙ステーション」

「Axiom Station」の地球観測室のイメージ。(提供:Axiom Space)

2020年3月頭、「3人の民間宇宙飛行士を2021年後半にISS(国際宇宙ステーション)に送る『世界初の完全な民間有人宇宙飛行ミッション』をAxiom Space社が計画!」というニュースが世界をかけめぐった。

往復に使う「足」はスペースX社が開発中の有人宇宙船クルードラゴン。訓練されたコマンダー(船長)が乗客3人と8日間ISSに滞在する約10日間の「宇宙の旅」。旅行代金は公開されていないが「3人で5500万ドル(1ドル104円として約57憶円)」とか2019年にNASAが発表した価格表から「(一人当たり)往復運賃5500~5800万ドル+1泊3万5000ドル」など様々な報道が飛び交う。

宇宙旅行の話はたびたび話題にのぼるものの、なかなか実現しないことから「今回もどこまでリアリティがあるの?」と話し半分に聞く人が多いかもしれない。

しかし、今までとちょっと違うと思うのは、宇宙旅行を発表したAxiom Spaceが有人宇宙開発の経験豊富な人材の集団である点、さらに宇宙旅行は同社の壮大な計画の始まりにすぎないという点だ。同社CEOであるマイケル・サファディーニ氏(NASAでISSプログラムマネージャを2005~2015年まで務めた人物)は「この歴史的なフライトは第一歩に過ぎない」と述べる。

2024年後半、複数のモジュールと展望室をもつ「Axiom Segment」がISS最前部に建設される予定。(提供:Axiom Space)

では、その後どんな計画があるのか、同社はISSの商用居住モジュール建設を行う企業として、2020年1月末にNASAに選定されている。具体的には居住施設をもち、研究や製造、地球観測が可能な機能を備えた本格的な商用宇宙モジュール「Axiom Segment」を2024年後半に打ち上げる計画だ。

さらに、ISSがリタイアする前にそれらモジュールを切り離し、独自の商業宇宙ステーション「Axiom Station」として構築。さまざまな商業用途はもちろん、宇宙進出を狙う新興国の宇宙飛行士にも活用してもらおうとしている。実現すれば、史上初の商業宇宙ステーションが誕生することになる。

ISSがリタイアする前に「Axiom Segment」は切り離され、商業宇宙ステーション「Axiom Station」に。(提供: Axiom Space)

Axiom Spaceや同社の計画について山崎直子さん(宇宙飛行士・内閣府宇宙政策委員会委員)は「Axiom Spaceは、2016年設立以来、しばらく静かでしたが、最近になってISS新モジュールやISS宇宙旅行などの活動がお披露目されてきています。宇宙への知見が豊富な人員が揃っているので、動きが加速していくと思います。NASAも積極的に動いており、ISS商業化に本腰を入れてきている様子が伺えます」と期待する。

宇宙への知見が豊富な人材とは?先に書いた通りAxiom SpaceはNASAでISSプログラムマネージャを務めたサファディーニ氏ら、35年以上にわたる有人宇宙飛行の知見と経験をもつ創設者によって設立。NASA元長官であるチャールズ・ボールデン元宇宙飛行士がビジネス開拓コンサルタントとして参画、副社長にも二人のNASA元宇宙飛行士が名を連ねている。マイケル・ロペス=アレグリア飛行士(ビジネス開発担当)と、ブレント・ジェット飛行士(運用と安全担当)だ。

ブレント・ジェット飛行士の名前は若田飛行士から聞いたことがある。海軍のテストパイロット出身のトップガンで4回の宇宙飛行を経験(うち2回はコマンダー)。NASA搭乗員運用部長を務めた人物。彼は宇宙の極限状態を知り尽くし、どんな訓練をすべきか考え実行する。例えば気温36度の猛暑であえてジョギングしながら、宇宙船で緊急事態が起きた場合を脳内で想定、その対処法を思考する。「厳しさ」と「頼もしさ」を併せ持つ男だと。

その他にもNASA商業宇宙飛行士プログラムの元マネージャー、エンジニアリングや運用、マーケティング、法律の各専門家、さらにNASAで医官、宇宙飛行士健康管理担当のフライトサージャン(航空外科医)として25年間働いてきたスミス・ジョンソン氏がチーフ医官としてチームに参画。長年NASAの有人宇宙プログラムを立ち上げてきた中心人物がNASA卒業後、その偉大なる遺産を次世代に受け継ぎ、別の形で大きく発展させようとしているわけだ。

同社ウェブサイトには「この新しい商業プラットフォームは、ISSの研究や地球観測などに新しい道を提供し、ISS引退前に、ISSで行われている革新的な作業が中断されずに段階的に移行することを可能にします」と書かれている。

「Axiom Staiton」内部は東京・白金台のオフィスビル「ユーネックスナニナニ」や浅草のスーパードライホールなどを手掛けたフィリップ・スタルク氏がデザイン。(提供:Axiom Space)

Axiom Stationは最大180日間にわたって約7人が滞在できる。船外活動を行うエアロック、ラグジュアリー(豪華な)内装の宿泊施設をもつ。テレビや音楽を楽しむことができる大きなスクリーン、地球との高速通信網も完備予定。宇宙旅行を可能にするほか、製造や将来の宇宙探査に向けた実験なども実施できるそう。

この壮大な商業宇宙ステーション実現の第一歩が、冒頭に書いた宇宙旅行というわけだ。実現のためには、スペースX社のクルードラゴンが有人宇宙飛行を始めることが大前提となる。計画では今年春~初夏にNASA宇宙飛行士を乗せた有人宇宙飛行が実施される。スペースシャトルの引退から約9年ぶりにアメリカの宇宙船がアメリカの宇宙飛行士を乗せて打ち上げられることになる。この飛行が成功を納めれば、次に野口聡一飛行士らが搭乗予定。プロ宇宙飛行士によって安全性が証明されて初めて、民間の宇宙飛行士を乗せたクルードラゴンの運航が始まるだろう。

NASAケネディ宇宙センターで打ち上げを待つクルードラゴン。2019年3月1日撮影。宇宙旅行者もここから旅立つだろう。乗ってみたい・・。(提供:SpaceX CC BY-NC 2.0

実は2月にNASAジョンソン宇宙センターに取材に行ったのだが、その時もこのAxiom Spaceの話をNASA担当者から聞かされた。商業宇宙飛行士の訓練をNASAで受け入れる計画であり、「変化の波にさらされている」のだと。

クルードラゴンの試験飛行に向けて訓練するNASA宇宙飛行士たち。宇宙旅行では、訓練を受けたコマンダー(船長)が操縦を担う。(提供:SpaceX CC BY-NC 2.0

スペースX社は、クルードラゴンを使った宇宙旅行を別会社(スペース・アドベンチャーズ社)と2021年以降に実施するとも発表している。目的地はISSでなく、もっと高い高度(ISSの約2~3倍)で地球周回を回る旅だ。商業宇宙モジュールと言えば、米国のビゲロー・エアロスペース社は2016年にISSに膨張型のモジュール「BEAM」を取り付け、宇宙飛行士が内部に入り実験を行ってきた。元ホテル王が設立した同社が、今後どんな展開を見せるかも注目だ。

選択肢はできるだけ多い方がいいし、ライバル社が多数出てきた方が価格競争が起こりサービスも向上するだろう。国家プロジェクトで長年活躍したNASA卒業生らエキスパートの知見が商業宇宙開発に活かされ、私たちに宇宙が開かれる日が、楽しみである。

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