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星空の散歩道

国立天文台 副台長 渡部潤一 Junichi Watanabe国立天文台 副台長 渡部潤一 Junichi Watanabe

 Vol.130

南十字星

南十字星というと皆さんは何をイメージするだろうか。星座としては「みなみじゅうじ座」。全天88星座のうち、もっとも小さな星座だ。夜、方位を知るときに北の夜空には北極星があるが、南の夜空では南極星がないため、かつては南の方位を知るのに使われていた。十字の縦の方向を下に伸ばした方向が南を指し示す。

その知名度は星の中でも北斗七星と並び、トップクラスだろう。「南十字星の輝くオーストラリアへ」などといった謳い文句が旅行会社のツアーのパンフレットにも使われる。宮沢賢治の童話「銀河鉄道の夜」でも、出発が北十字(はくちょう座)、終着駅が南十字だ。南十字という言葉をタイトルに含む本も多い。もちろん、天文学の本ではなく、小説あり、ミステリーあり、体験談ありと実に様々。そこにはそれぞれの著者の南十字星への思いが込められている。南の島々へのロマンチックな憧れだけではなく、高齢の方々には南十字星という言葉からの太平洋戦争を連想することも多いようだ。日本軍はインドシナ半島からインドネシアなどの南洋の島々へ進軍していたが、召集されて従軍した多くの人が南十字星を実際に見ていたという。当時は、南方では「南十字」という兵隊たばこがあったそうである。

石垣島で撮影した南十字星。サザンゲートブリッジの上に、かすかに輝く。東側(左側)にはケンタウルス座の二つの一等星が見える。(提供:国立天文台 福島英雄撮影)

いずれにしろ、普段は見られないことで、逆に南十字星への想像をかき立て、憧れの念を強くしていることは確かだ。りゅうこつ座のカノープスと同じで、かえってその人気を高めている。ただ、この南十字星、実は南半球にまで行かなくても日本からも見える、といったら驚くかもしれない。南十字星のいちばん北の星は北緯33度あたりで原理的には地平線の上に顔を出す。つまり、九州南部では理論的には見える。いちばん南の星も北緯27度が限界になるので、沖縄本島から八重山諸島などでは、3月から4月にかけての春先、低空までよく晴れ上がった日に、南の地平線の上に見られるのだ。

といっても、最も南の星の南中、つまりもっとも高くなる時には、八重山諸島の石垣島でも地平線から2.7度。さらに南の波照間島でも、ほんの2度ほど。お月様4つぶんしかない。地平線までよく晴れていれないと見えない高さだ。実際に眺めるのは、それほど簡単ではない。というのも、八重山諸島は初夏から夏には高気圧に覆われることが多く、台風さえこなければ天気も観測条件もよいが、南十字星が見える季節、晩冬から春にかけては一般に天候がよくないからだ。地元の方でも、天文ファンでない限り、南十字星を見た人は少ない。南十字星に出会えるかどうかは、ひとえに運といえるだろう。

5月のゴールデンウィークに沖縄に旅行するという人がいたら、ぜひ南の水平線低くに目をこらし、南十字星を探してみてほしい。南十字星が南中する時刻前後が狙い目で、八重山諸島では連休中の5月初旬には22時30分頃となる。石垣島には、国立天文台の施設として石垣島天文台が、また波照間島には「星空観測タワー」という天文台もできていて、観光にも一役買っている。

石垣島天文台から撮影した水平線上に輝く南十字星のクローズアップ。(提供:国立天文台)