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星空の散歩道

2013年12月20日 vol.78

崩壊したアイソン彗星

太陽観測衛星SOHOが捉えた、太陽に近づき遠ざかっていくアイソン彗星。(提供:ESA/NASA/SOHO/SDO/GSFC)

太陽観測衛星SOHOが捉えた、太陽に近づき遠ざかっていくアイソン彗星。(提供:ESA/NASA/SOHO/SDO/GSFC)

 先月、このコラムで紹介したアイソン彗星が、大方の予想を裏切って、太陽に接近する直前に、核がばらばらに崩壊して、ほぼ無くなってしまった。2013年としては、最も期待されていた天体ショーの主役だったこともあり、落胆した向きも多いに違いない。

 今から考えると、その予兆らしいものはあった。発見以来、なかなか思い通りには明るくならない時期が続いていたことは前回にも紹介したが、11月中旬になってガスの放出率が2倍になり、24時間で1等級も明るくなった。その後、数日をかけて8等台だったアイソン彗星が5等台へと急上昇したのである。この上昇率があまりに急だったため、彗星でしばしば起きるアウトバーストの一種であると考えられた。

 アウトバーストは、さまざまな彗星でしばしば起こる。アイソン彗星も、こうして明るさの上下を繰り返しながら、全体として上昇していくのではないか、とも期待された。いずれにしろ、明るくなるのはよい兆候、いわば吉兆なので、天文ファンは、素直に喜んでいたのである。ところが、アウトバースト時の明るさの上昇があまりに大きいと、少し心配にもなる。実際、こうしたアウトバースト後に核そのものが崩壊してしまう例もあるからだ。アイソン彗星はガスの多い彗星だったので、11月中旬の段階では塵の尾が余り目立たず、ガスの尾(いわゆるイオンの尾)が目立っていたが、バーストに伴って尾の変化も激しくなった。短時間でのガスの尾の変化、そしてガス放出率の急上昇という現象が、2000年のリニア彗星(C/1999S4)の崩壊前の振る舞いに酷似しているという指摘もなされたのだ。リニア彗星は、やはり肉眼彗星になると期待されたが、近日点通過前後にアウトバーストを起こして、ガス放出率が急上昇。ガスの尾を急激に発達させ、その後、中央集光部が細長くなって暗くなっていったのである。当時完成したばかりのヨーロッパ南天天文台(ESO)の口径8m望遠鏡VLTが撮影したところ、崩壊した核の破片がばらばらになっている様子が撮影された。その後、破片は完全に消失し、融けきってしまったと思われている。もし、11月中旬のアウトバーストが、その前兆だとすれば、すなわちこれは凶兆である。

 われわれの観測チームは、京都大学が保有する飛騨天文台にいた。太陽に非常に接近するため、通常の望遠鏡ではなく太陽専用の望遠鏡で観測しようとしていたのである。あいにく天候が悪く、28日までは観測できなかったのだが、太陽観測衛星の視野に入ってきたアイソン彗星が、再びアウトバーストを起こしたように、みるみる明るくなっていく様子をみて、間違いなく近日点は乗り切るだろうと安心しきっていたのである。ところが、やはりアウトバーストは凶兆だった。29日早朝に海外から入ってきた情報は信じられないものばかりだった。太陽に最接近する直前から、アイソン彗星は暗くなり、太陽から離れるときには、ほとんど霞のような細長い筋状の雲となってしまったのだ。いったい何が起こったのか。なぜこれほどの彗星が崩壊してしまったのか。世界中の天文学者が頭を抱えることになったのである。

 我々のグループがインターネットの情報を眺めて、ショックを受ける姿はNHKによって撮影され、その上、その筋状の雲を眺めながら、作ってツイッターに流した筆者の短歌まで7時のニュースに流れてしまう羽目になった。非常に恥ずかしい限りだが、これも当時の心情を吐露していると思ってお許しいただきたい。

 「のぞき込む 画面に光る 筋雲に 思い到らぬ 未知の振る舞い」。

 宇宙はまだまだ謎に満ちていることを実感した日となった。