メルトピア

経営基盤を強化するIT戦略

三菱電機メルトピア。様々な事例がご覧いただけます。

  • エキスパートインタビュー

  • 経営基盤を強化するIT戦略
  • 2018年1・2月号(No.233)
  • テクノロジーが
    社会とビジネスを一変させる時代の
    ITビジネスを展望する

人物写真

ネットコマース株式会社
代表取締役
斎藤 昌義 氏

テクノロジーと、それが作り出すビジネスのトレンドを知ることは、企業とそこで働く人にとって不可欠な要素です。トレンドについて考える際には、単に目先の新しいテクノロジーを追いかけるだけでなく、新しいテクノロジーがもたらす社会やビジネスの本質的な変化を捉えることが大切です。現代のテクノロジーは社会やビジネスをどのように変えようとしているのか、それに対して企業とそこで働く人々はどのように対処すべきかなどを、ネットコマース株式会社 代表取締役の斎藤昌義氏に伺いました。

斎藤 昌義(さいとう・まさのり)氏プロフィール
ネットコマース株式会社 代表取締役。1982 年、日本IBM に入社、一部上場の電気電子関連企業を営業として担当の後、1995 年、ネットコマース株式会社を設立。外資系企業の日本での事業開発、産学連携事業やベンチャーの企業をプロデュース、IT ベンダーの事業戦略の策定、営業組織の改革支援、人材育成やビジネス・コーチングの他、ユーザー企業の情報システムの企画・戦略の策定などに従事。IT の最新トレンドやビジネス戦略について学ぶ「IT ソリューション塾」を2009 年より主宰し東京/ 大阪/ 福岡で開催。主な著書に「【図解】コレ1枚でわかる最新ITトレンド[増強改訂版](技術評論社)」「未来を味方にする技術(技術評論社)」など。http://netcommerce.co.jp/

テクノロジーを“商材”と捉えるのは
もはや時代遅れ

 斎藤氏は、IT系企業の人材育成や事業戦略作成の支援、それらに関する書籍の執筆や講演活動を行っています。多くの企業からITやビジネスに関する講演依頼を受けている斎藤氏は、テクノロジーそのものについて知るだけでなく、それが及ぼす影響についても考えることが重要だと語ります。
 「IT業界に限らず、多くの企業はテクノロジーのトレンドを上手く捉えて、それを自分たちの武器にしたいと考えています。しかし、そのテクノロジーが自分たちのビジネスのあり方そのものを大きく変えてしまうということには、なかなか考えが及びません」
 斎藤氏はテクノロジーを単なる商材として見ることが、もはや時代遅れになっていると指摘します。今までのように顧客のニーズに合わせて、新しい問題解決の手段(=商材)を売るだけではビジネスが成立しなくなってきているからです。
 「ITベンダーは往々にして、何をすれば良いのかという答えをお客様に求めてしまいます。これまでは社内の業務システム構築が主で、課題や改善の方法といった“正解”をすべてお客様が知っていたからです。お客様の要望をきちんと伺って、しっかりと要件定義をして、丁寧にシステムを作るのが従来のITベンダーの仕事でした。ところが今は、テクノロジーがビジネスの常識を変えようとしています。当然、お客様もテクノロジーを使って自分たちのビジネスを変えたいと思っています。ところが、今までの常識が通用しなくなっていますから、お客様にも正解が分かりません。今の時代は、顧客とITベンダーがお互いの役割をはっきりとさせたうえで協力しながら、正解のない世界で自分たちの答えを作っていかなければなりません」(斎藤氏)
 ITベンダーの役割が変わりつつある中で、何か手段(商材)を売るというビジネスモデルを変えずに、表面の商材だけを新しく入れ替えても、結果としてうまくいかないと斎藤氏は言います。
 「テクノロジーは、社会やビジネスのあり方を大きく変えていきます。当然その影響を自分たちも受けるわけです。そこまで見越したうえで、テクノロジーとどう付き合っていくのかを、今、本当に考えて欲しいと思います。それほど大きなパラダイムシフトがこの業界のなかに起きているのです」(斎藤氏)

▲ ページトップに戻る

“業務のデジタル化”とは全く異なる
“デジタルトランスフォーメーション”

 テクノロジーによって、社会やビジネスのありかたが変わるとはどんなことなのでしょう。斎藤氏はそうした動きを表す「デジタルトランスフォーメーション」について解説します。
 「“デジタルトランスフォーメーション”という言葉が、様々なところで語られるようになりました。注意していただきたいのは、これは今までの“業務のデジタル化”とは全く異なる概念だと言うことです。コンピューターの登場以来、綿々と続いてきた業務のデジタル化は、あくまで“人間が仕事をする”ということを大前提としています」
 従来の業務のデジタル化は、紙の伝票の受け渡しをコンピューターの画面に置き換えたり、紙の台帳をデータベースに移すといったように、人間が働くことを前提としたプロセスを変えることなく、その一部をデジタルやネットワークに置き換えることで効率や利便性を高めてきました。
 「ところが昨今のクラウドや自動化テクノロジーの進化、さらに急速な人工知能(AI)の発達は、仕事によっては必ずしも人間がしなくても良いのではないか、機械にすべてを任せられるのではないか、という状況を生み出しつつあります。人間ではなく機械が仕事をすることを前提に、根本的に仕事のやり方そのものを作り変えよう、というのがデジタルトランスフォーメーションの考え方です」
 デジタルトランスフォーメーションの背景には、テクノロジーの発達によって、業務プロセスにおける人間の存在が制約となってきている事実があります。人間は1日に働ける時間や処理速度に限りがありますし、時にはミスも犯します。その制約の中でいくら徹底した業務の改善や合理化を図ったとしても、人間が働いている限り業務の改善や合理化に限界があります。
 「これまで情報システムは、業務効率をわずか数%上げるために膨大なコストをかけてきました。ところが、機械が働くことを前提にビジネスプロセスを根本的に見直すことができれば、同じ投資で10倍、20倍のコスト削減や時間短縮を実現できる可能性があります。こうした桁違いの劇的な変化を起こすのがデジタルトランスフォーメーションの本質です。業務のデジタル化と似ているようで、狙っているところが根本的に違います」(斎藤氏)

▲ ページトップに戻る

IT業界自体も
破壊的な変化の影響は避けられない

 すでに起こっているデジタルトランスフォーメーションの例として斎藤氏は、ICTをフルに活用することで経験の浅いオペレーターでも高度な施工ができる土木・建築システムや、海外でタクシーを置き換える存在となってきたネットワーク配車サービスを挙げます。
 「土木・建築工事はベテラン作業員の経験に大きく依存しています。今の日本は建設ラッシュを迎えていますが、ベテラン作業員が確保できないと工事が行えないという制約を抱えています。その制約をテクノロジーによって取り払い、若手であっても最低限の手順操作ができれば、ベテラン以上に高効率かつ高品質で工事ができる仕組みは、デジタルトランスフォーメーションと言えるでしょう」
 また、ネットワーク配車サービスは、配車や支払い、マネジメントといった車を運転する以外の業務のほとんどを自動化することで、大幅な効率化と利便性の高さを実現。海外では従来のタクシー会社にとって大きな脅威になっています。
 「デジタルトランスフォーメーションは、見方を変えればテクノロジーによって既存の業界が破壊されていく“デジタルディスラプション”(Digital Disruption)にもなります。今はこの二つが同時並行で起こっています。その最前線に立っているのがIT業界です。その影響はIT業界自身にも及びますから、IT業界の人たちは、自分たちもビジネスを変えていこうという意識を強く持つ必要があります。意識すべきは、今までのように手段を提供するのではなく、お客様のビジネスの成果に直結するものを提供することでしょう」(斎藤氏)   

■ デジタルトランスフォーメーションの意味

デジタルトランスフォーメーションは、機械が働くことを前提にビジネスプロセスそのものを作り変えることで、桁違いの効率化や、それまでの常識を覆すビジネスのやり方を実現する。
■ デジタルトランスフォーメーションの意味
出典:ネットコマース株式会社

▲ ページトップに戻る

  • 情報が溢れている中でテクノロジーや
    ビジネスの本質を見極める方法とは

モノのサービス化とは
モノとユーザーの関係の本質的な大転換

 ここ数年、製造業の大きな変化として、モノのサービス化が注目されています。例えば、航空機のエンジンメーカーの中には、エンジンの状態を内蔵のセンサーでリアルタイムに把握、故障を未然に防いだり、タイムリーなメンテナンスを行うなどのサービスを提供し、エンジンの代金ではなく定額の利用料を受け取る、新しいビジネスモデルを採用するところも出てきました。販売からレンタルやサブスクリプション(定額制)へ、売り切り型のフロー型ビジネスから、継続的に収益を上げられるストック型ビジネスへの転換が、ものづくり企業のテーマとして挙げられることも少なくありません。
 斎藤氏はモノのサービス化についても、レンタルや定額サブスクリプションといったビジネスモデルにとらわれず、もっと本質的な部分に目を向けるべきだと言います。
 「デジタルトランスフォーメーション同様、ものづくりのサービス化も誤解されていることが多いようです。多くの人はレンタルやサブスクリプションといった表面的なビジネスモデルにとらわれがちですが、本質は全く違うところにあります。ものづくりのサービス化の本質は、製品を使用する現場と、ものづくりの現場を直結することです。つまり、現場のニーズをいち早くものづくりの現場に反映し、その成果をいち早く現場にフィードバックするための取り組みと考えるべきです」
 こうした仕組みを実現するためにはIoTが不可欠です。モノにセンサーを組み込んでネットワークに直結することで、現場で使われている機器の状況をリアルタイムに把握できるからです。
 また、ユーザーと、ものづくりの現場を直結するもうひとつの要素として、斎藤氏はモノのソフトウエア化を挙げます。
 「今は、モノのソフトウエア化が進んでいます。モノのソフトウエア化とは、モノ(ハードウエア)はできるだけシンプルに作り、機能のほとんどをソフトウエアで実現する手法です。その方がコストも低くなり、物理的な故障や保守にかかる費用も大幅に少なくなります。今のものづくりはそういう方向に向かっています。ソフトウエアが製品の機能、性能、品質を決める大きな要素になり、その比重が高まっているのです。さらに、ソフトウエアをアップデートすることで、現場の情報をものづくりに反映した成果を、ただちに顧客にフィードバックできます」
 IoTとモノのソフトウエア化が組み合わさることによって、ユーザーの現場とものづくりの現場を直結し、開発の成果を素早くフィードバックすることが可能になるわけです。OSやアプリケーション、ネットワークによって機能を自在に変えるスマートフォンなどは、モノのソフトウエア化の分かりやすい例と言えるでしょう。今後は、あらゆる製品においてソフトウエアの比重が高まっていることが予想されています。
 「こうした新しいものづくりでは、従来の販売方法では収益を上げられません。そこで、レンタルやサブスクリプションといったビジネスモデルが必要になるわけです。ものづくりのサービス化とは、収益構造の変化ではなく、モノとそれを使うお客様との関係の本質的な大転換といえます」(斎藤氏)

▲ ページトップに戻る

技術の汎用性に着目すると
トレンドの大きな流れをつかみやすい

 新しいテクノロジーやビジネスの情報が溢れる中で、本当に注目すべきトレンドを見極めるのは容易ではないように思えます。最新動向を追いかけるあまり、逆に流行に振り回されてビジネスが迷走してしまうこともあり得ます。斎藤氏は、テクノロジーの汎用性に着目することで、そのトレンドをシンプルに整理できると話します。
 「経済学の用語でGPT(General Purpose Technology:汎用技術)というものがあります。技術の多くは特定の目的に使われますが、中には非常に汎用性が高く、幅広い分野に応用されて世界を変えるような技術があります。それがGPTです」 例えば蒸気機関は、最初は水のくみ上げなど、使われる目的が限られていました。やがて幅広い分野の動力源として使われはじめると、社会にパラダイムシフトを興す原動力になりました。現代社会に不可欠なインフラである電力も代表的なGPTのひとつと言えます。
 「ITの世界におけるGPTを考えていくと、まず最初は1940年代に登場したコンピューターになります。その後のミニコンやパソコンは、あくまでコンピューターの小型化であって、必ずしもGPTとは言えません。もうひとつはインターネットでしょう。インターネットは、オープンなネットワークによって、ビジネスの価値観や社会の常識を根本的に変えてしまうテクノロジーです。そしてもうひとつ、大きな転換点として挙げられるのは、AIだと思います。これは人間と機械の役割を根本的に変えていくはずです。そういう意味で大きなパラダイムシフトを生み出す可能性があります。AIはデジタルトランスフォーメーションの土台となる技術でもあります。たくさんあるテクノロジーも、本質的な部分を見ればシンプルに整理できるのです」(斎藤氏)

▲ ページトップに戻る

歴史・関係性・美意識の
3つの観点でテクノロジーの本質を捉える

 インターネットの時代、私たちが受け取る情報の物理的な量は増大する一方です。ITビジネスに関わる人にとっては、その中から本質的な情報を見つけ出す力がますます重要になっています。情報の本質を見極めるための方法として、斎藤氏は3つの要素を挙げます。 「ひとつは歴史に学ぶことです。ITに限らず世の中の様々な出来事は、歴史の必然の中で起こっています。例えば、クラウドが注目される背景には、コンピューターを所有・運用管理する負担から解放されたいというニーズがありました。コンピューターを使い始めたら、こんなことに苦労した、こんな問題を抱えてきた、という課題やニーズは歴史を見れば明らかです。ですから、歴史の文脈で捉えていくと、テクノロジーの本質やニーズ、社会課題を見つけることに繋がります」 2番目の観点として挙げられたのは、技術をそれ単独ではなく、他の技術との関係や構造で捉えることです。 「例えばAIやIoTは、それ自身が単独で機能することはありません。テクノロジーは、お互いに役割を分担しながら、全体としてひとつの大きなシステムを構成しています。それぞれが、どのように役割分担をしているかというテクノロジーの場、あるいは空間をきちんと捉える見方が重要になっていくと思います」(斎藤氏)
 そして、斎藤氏が最後に挙げたのは、意外な観点でした。「最後に重要なのは“美意識”だと思います。ちょっと飛躍しているように聞こえるかもしれませんが、やはり、テクノロジーの中にも、ある種の整然とした美しさのようなものがあります。テクノロジーが進化していくと、最終的にはこれですっきりとまとまる、あるいはきれいに動くという、美しい形に収まることが多いのです。もし、現状のテクノロジーやビジネスにどこか美しくない、どこか引っかかるところがあるならば、それはまだ過渡期である可能性が高いといえます」
 動きの激しいITの世界ですが、こうして視点を変えてみることで、今までとは違ったテクノロジーやビジネスの姿が見えてきそうです。

▲ ページトップに戻る

■ モノのサービス化の本質

昨今、製造業のテーマとなっているモノのサービス化の本質は、ユーザーの使用現場とものづくりの現場が直結し、現場のニーズが開発に素早く反映され、すぐに現場にフィードバックされる仕組みである。その結果、としてレンタルやサブスクリプションといった新しいビジネスモデルが使われる。
■ モノのサービス化の本質
出典:ネットコマース株式会社

▲ ページトップに戻る