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MITSUBISHI ELECTRIC RECRUITING 2020 理想と、競おう。

Project Interview 02新興国家の夢を乗せ、
走り出せ「私たちの
メトロ」。


薮内正隆

薮内正隆

Yabuuchi Masataka

伊丹製作所
車両システムエンジニアリング部

鳰原隆

鳰原隆

Nyuhara Takashi

本社 社会システム海外事業部
(前所属 Mitsubishi Electric India General Manager)

発展著しいインドのなかでも、IT産業の都市として知られ、インドのシリコンバレーとも言われるバンガロール。しかし、都市の発展に交通インフラが追いついておらず、狭い道路で一日中、車が渋滞する。常にけたたましく鳴り響くクラクションと充満する排気ガス。そんななか、薮内たちの挑戦は始まっていた。

なんのために仕事をしているのか。ここに答えがあった。
2011.10.20. バンガロール・メトロ 第一期区間 開通。

「これはインドと日本のコラボレーションによる成功である。」そんな垂れ幕も掲げられていた。2011年10月20日、大きな拍手とともにテープカットが行われ、バンガロールメトロ東西線、第一期区間6.7kmが開通。バンガロール知事やインドの鉄道省大臣、都市開発省大臣を含む約2,500名が集う盛大な開業式典が開かれた。車両を走らせる電機品をつくった三菱電機のメンバーたちも、VIPとして式典に招待された。インドの要人たちから最大級の感謝の言葉が述べられると、プロジェクトマネージャーとして全体を管理してきた薮内正隆の胸に、無事開業にこぎつけた安堵感、やり遂げた充実感がようやく訪れた。
「一般の人たちも大勢押し掛けて、本当に嬉しそうな顔で、真新しい車両に乗り込む姿がありました。それを見た瞬間、それまでの辛かったこと、厳しいこと、いろいろあったのがすべて吹っ飛んでしまいましたね。やってよかったなあと。日頃の細かいことの積み重ねがこういう結果になるんだということが実感できました。」(薮内)
「たとえばお年寄りが一張羅で地下鉄に乗りに来ているのを見たりすると、鉄道は人々にとってまだまだ特別なものなんだと感じます。きっとこれからは生活は改善されていくでしょうね。もっともっと高品質、高性能な製品をインドにたくさん納めて、インドの皆様のお役に立てるように頑張りたい。」(鳰原)


徹底して話し合うインドの人々。
一つひとつ説明し、信頼を築いた10ヶ月。

「実際のプロジェクトは2009年6月にキックオフをしています。日本から必要なエンジニアを呼んで、BMRC(バンガロール・メトロ・レール・コーポレーション)の方たちと打合せを重ねました。本当に議論するのが好きな方たち。うちには実績がありますから任せてくださいとか、全世界でそうやっていて同じですから大丈夫です、といった説明態度になると、すべて拒否されます。たとえばマスターコントローラー(運転操作盤)のハンドルの形や位置は、なぜこう決まっているのかから話し合って決めました。それに10ヶ月を費やしてようやく詳細設計が決まり、1号機を日本の伊丹製作所でつくりました。その日本での立ち会い試験が2010年6月でしたね。キックオフからちょうど一年が過ぎていました。」(薮内)
BMRCの方やコンサルタントを連れ、薮内たちは自分たちのホーム、三菱電機伊丹製作所へ。速度を制御する「推進制御装置」、エアコンやライトといった車載設備を駆動する「補助電源」、車両の機器の状態を監視する「モニター」など、車両に欠かせない様々な電機品の確認試験を立ち会いのもと行う。結果は、無事、合格。
「次は車両メーカーのつくっている車体に当社製品を載せての組み合わせ試験です。今回のプロジェクトは韓国の車両メーカーと共同プロジェクトなので、日本でつくった電機品を韓国へ送り、韓国で車両に搭載され、電車として試験を行いました。これが2010年10月でした。その頃には、あれだけ全部説明しないと納得してくださらなかったインドの人たちが、もう説明はいい、あなたが言うんだから信用しますと言ってくれるようになったんです。」(薮内)


日本の鉄道を支えてきた歴史を持つ三菱電機。推進制御システム、駆動システム、モーターといった車両用電気機器は、車両の心臓部となって多くの列車を走らせている。これまでの新幹線開発にもすべてに関わっており、「鉄道の三菱」と言われるほど鉄道会社から強い信頼を獲得している。

「うちのせいじゃない」では電車が止まってしまう。
企業の連携も鉄道プロジェクト成功のカギ。

「韓国の車両メーカー、インドの車両メーカー、そして日本の商社、三菱電機という4社体制で進められてきたプロジェクト。この会社同士の連携が、プロジェクト成功のためのひとつの鍵になると鳰原は言う。
「何か不具合が起こったとき、お互いを理解しあって解決策をみつけなければいけない場面にも関わらず、うちには関係ない、そっちのせいだろうといった会社同士の衝突は起きがちです。三菱電機のつくった機器の問題ではなく、他社のつくったところが原因であるとしても、うちのせいではないと放っておいてはプロジェクトは止まってしまう。常に、三菱電機が関与して問題を解決するようにしてきています。」(鳰原)
「顧客との関係においても、通常、海外のビジネスは本当に契約ありきで、契約外のところではすぐに別契約なのでお金をいただきますということになる。我々としては契約期間の2年、3年でお付き合いを終えるつもりはなくて20年、30年、いやもっと50年といったスパンでお付き合いしていきたいと考えている。そういう接し方でお客様を大事にする日本的なやり方を海外でも通しているんです。」(薮内)
日本の鉄道を支えてきた歴史のなかで育まれてきたのは、高度な技術だけでなく、何があっても自らが率先してリカバーして列車を運行させる強い責任感だ。


プロジェクトはつづく。
たくさんの夢を乗せて。

インドの鉄道事業はまだまだ始まったばかり。やるべきことはたくさんあると鳰原は言う。
「デリー地下鉄の1期、2期、そしてこのバンガロール地下鉄、さらにムンバイ地下鉄と受注して、すでに合計で約1,000両の車両電機品をインドに納入しています。これから約20都市に逐次地下鉄を導入していくとなれば、ざっと見積もって、地下鉄案件だけで3,000両の需要があると見込んでいます。さらに、納入して終わりではなく、納入後の客先との関係維持や、何かあったらすぐに飛んでいくという対応をしていきたいと思っています。」(鳰原)
「バンガロール地下鉄も開通したのはまだ東西線のほんの一部。さらに延伸し、南北線も走るようになります。最終的には東京の地下鉄くらいまで発展するのではと考えています。その他の主要都市にもビジネスを広げていきたい。世界中のパソコンに組み込まれているCPUがあるように、すべてのインドの電車には、当社の電機品が入っていると言われたい。」(薮内)
バンガロール地下鉄の車両や線路の高架には、あちこちにカンナダ語の文字で「ナマ・メトロ」と書かれている。これは「私たちのメトロ」という意味。バンガロールの人たちの、メトロ会社の人たちの、そしてこれをつくった私たち三菱電機の想いも乗せたメトロ、まだまだどこまでも、進む。


「私たちの仕事が、
インドの生活を変えていく。」

薮内正隆

「大切なことは海外でも変わらない。 お客様と心を通わせること。」

鳰原隆

Project Outline

2001年にインド初の地下鉄に車両用電機品を納入した三菱電機が2009年から取り組んだインド南部の都市バンガロールの地下鉄開業に向けたプロジェクト。まずは東西線の6駅間4両編成で営業開始。今後も東西線の延伸、南北線の新設など地下鉄網が広がる。既に第2期プロジェクトの計画が進行中。

※記事、所属・役職及び写真は取材当時のものです。