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MITSUBISHI ELECTRIC RECRUITING 2019 理想と、競おう。

Project Story 04 戦略的パートナーシップで世界に誇るFA事業をもっと強く。

矢野賀子

矢野賀子

Yano Yoshiko

本社 FAシステム業務部

西村啓典

西村啓典

Nishimura Keisuke

本社 FAシステム業務部

三菱電機の成長戦略の方針の一つが、「強い事業をより強く」を合言葉とするVI戦略。強い事業もそのままではなく、さらなるVICTORY(勝利)を目指し、新たな領域、さらなる進化へのチャレンジによって、その強さをより圧倒的なものにしていく方針だ。その取り組みの一つと言えるのが、ファクトリーオートメーション事業における戦略的協業。攻めの一手が繰り出されようとしていた。

「え? SCADAって何ですか?」
そのミッションは、突然降ってきた。

「SCADAというソフトウェアを評価して欲しい。」2006年の入社以来、名古屋製作所でFA製品のソフトウェア開発を担当していた西村に、上司から急な指示があったのは2010年12月のことだった。SCADAとは、工場やプラントの稼働状況をビジュアル化して監視・制御するためのソフトウェアのことだ。
「最初は戸惑いました。自分たちが開発していないものを、どう評価していいのかわからない。日本語のマニュアルもない。上司ともう一人をあわせた三人で数週間かけて、ユーザーの立場、ソフトウェアエンジニアの視点の両方から、製品を細かいところまで調べました。」
目的もわからずに調べていた西村だったが、本社のFAシステム事業本部でICONICS社のM&Aを検討していることを知らされ、この評価の重要な意味を知る。
「全体として非常に優れたソフトウェア製品であり、パートナーとして組むにはとても魅力的な企業だという報告をしました。私自身、結構好きになれるソフトでした。」
まだその時点では西村も、アメリカに自分で交渉に行くことになるとは思っていない。


「FA事業の未来のために、このM&Aは必要。」
契約締結に向けて動く決断。

西村たちに先立って、この案件に関わっていたのが矢野賀子。2003年の入社以来本社海外事業部企画グループの一員として、三菱電機のFA事業に携わってきた矢野が、このM&A案件のリーダーとしてアサインされたのは2010年9月のことだった。
「もともとICONICS社は10年くらいお付き合いしていた会社なんですが、FA事業をよりグローバル展開していこうというときに必要なパートナーと考え、戦略的協業の検討に入りました。技術の視点からの意見を求めて、名古屋製作所にも製品評価を依頼したというわけです。」名古屋製作所からの前向きな報告に、このM&A案件を前進させることを決断。「私のほうでは、出資の比率や、製品を共同開発する際の開発費の負担をどうシェアするかなどの交渉に入りました。」
話し合いがはじまると、当初はすでにマッチしていると思えていた両社のスタンスが、実はだいぶ違っていたことが浮き彫りになってきたという。
「結局、5月にクローズすることをターゲットにしていたのですが、条件が合わなくて契約はずれ込んでいきました。契約書の細かい文言一つひとつを、アメリカと電話会議で議論する日々でした。ほぼ毎朝、午前7時過ぎに集合して7時半から弁護士の先生と打ち合せ、8時半からICONICS社との電話会議という日々が続きました。」
本当に契約を結べるのか、先が見えないことが矢野の気持ちを重くしていた。


ICONICS社は、工場や設備などを監視・制御するためのソフトウェアであるSCADA(Supervisory Control And Data Acquisition)を開発・販売する会社。北米・欧州・アジアを中心にビル管理・エネルギー監視・水処理などの幅広い分野での適用実績を持っている。このSCADAと、三菱電機のシーケンサなどのFA機器とを組み合わせたシステムソリューションを提供し、新興国を中心とした社会インフラ市場での事業拡大を目指そうというのが今回の協業体制づくりの狙いだ。

「そうか、三菱はそういう開発がしたかったのか。」
少しずつ繋がりはじめる両社の想い。

出資についての話し合いと同時進行で、技術についてもICONICS社との議論が進められていた。2010年2月、4月、6月、8月と、2ヶ月に一度のペースで渡米し、何を自分たちが共同開発できるのか、していくべきなのかが技術者たちの間で検討されていた。名古屋製作所の西村も、アメリカでのミーティングに参加するようになる。
「最初のミーティングのときは、こういうビジネスをやっていきましょうと向こうの重役や社長もいらっしゃるなかで、思い切りプレゼンテーションしたのですが、これが、ものすごい空振りでした。一緒にやろうという気持ちはあるけれど、具体的なビジョンにズレがあることで、コミュニケーションが全くとれませんでした。」アメリカまで来て自分は何をしているんだろう。話を進められなかったことが西村は悔しかった。
「他社が実現している機能の開発をICONICS社は考えていたのに対し、私たちは自社の強みであるFA製品群とICONICS社の強みを活かした、他社には真似できない機能を開発したかった。この食い違いは4月の渡米のときに、双方の技術者が集まって3日間まるまるディスカッションできたとき、ようやく向こうの技術者たちにも伝わった感じがありました。」
ともに進めていこうとする開発のイメージを共有。ソフトウェア技術者同士の想いがようやく繋がりはじめる。

2010年4月からは、西村も本社のFAシステム業務部へ異動。
ICONICS社と出資関係の議論をしている真っ最中の矢野のチームに合流する。技術系社員が事務系メンバーのチームに異動するのは珍しいこと。エンジニアにもグローバルな企業間の契約やビジネスモデル構築を経験させたいという方針から、三菱電機のなかで始まっている動きだ。「英語で進められている契約についての議論が最初は全くわからず苦労しました。でも、名古屋製作所で開発していたときとは、全く違う新しい視野が開けてきています。」(西村)

グローバルシェアNo.1を目指して共に歩こう。
この契約が、終わりなのではなく、はじまり。

出資についての議論と技術面の議論、両方が少しずつ進み、契約締結がようやく見えてきたのは2011年9月初旬だった。契約書への調印式を名古屋製作所で行うことで合意し、その日程も決まった。しかし、それでも、まだ最終決着が着かない契約内容についての議論。契約書の文言に微修正を加えながら、ついにすべての点についての合意が得られたのは、調印式の前日だった。
2011年9月16日。その日はちょうど一年前にICONICS社から協業のオファーが三菱電機に伝えられた日だった。まるまる一年かけて、両社の多くの想いが一言一句に込められた契約書にサインがなされ、堅い握手が交わされた。神経をつかう交渉の連続、寝不足の日々が続いた矢野、西村たちM&Aチームのメンバーにもついに大きな達成感が訪れた。
「調印式では私が写真係を担当したんです。トップ同士が握手をしてにこやかにパートナーシップを約束する様子を見て、まるで自分が握手しているみたいに感じていました。その後、広報発表も行われ、それが記事になって世の中に出たときは感慨深いものがありました。」(西村)
「しばらく放心状態になるくらい、ホッとしたね。」(矢野)
M&Aプロジェクトとしては一区切り。しかし、これがビジネスとしては始まり。世界のプラントや水処理施設などのインフラを監視・制御するソリューションの提供に向け、両社が動き出している。矢野、西村たちが契約書として描いた未来が、製品として形になる日も近い。

2011年9月16日、署名後の握手。
左から、FA海外事業部 松下事業部長、
ICONICS社 Agrusa社長、
名古屋製作所 山本所長。
ICONICS社の株式の19.9%を三菱電機が取得する出資し、
共同で製品開発やプロモーションに取り組むパートナーシップを締結。
世界でともにたたかうことを約束する。

「若手エンジニアでも
グローバルなビジネスシーンで
活躍できることを証明する。」

西村啓典

「グローバルシェアNo.1だって夢じゃない。
三菱電機はもっとアグレッシブになる。」

矢野賀子


Project Outline

国内外で確固たる地位を築いているFA(ファクトリーオートメーション)事業を新興国の社会インフラ市場に展開させていくため、米国のソフトウェア企業ICONICS社との戦略的協業関係を構築したM&Aプロジェクト。2011年9月、ICONICS社の株式の19.9%を三菱電機が取得する出資関係で、共同で製品開発やプロモーションに取り組むパートナーシップを締結した。