このページの本文へ

ここから本文

SF小説に見る、近未来のモノづくりのヒント

社会の課題を素早く読み解くヒント集 3min column SF小説に見る、近未来のモノづくりのヒント社会の課題を素早く読み解くヒント集 3min column SF小説に見る、近未来のモノづくりのヒント

 活字の本が売れなくなる中、出版界が大きく傾斜しているのがライトノベル。それも「異世界モノ」と呼ばれるジャンルが人気を集め、驚くほどの点数が毎月、出版されている。主人公が現実社会から中世ヨーロッパ風の“剣と魔法の世界”に転生し、そこで特異な能力を得て魔物を倒す-といった筋立てが主流なのは、明らかにゲームの影響だ。

中には「生産系」と呼ばれる登場人物もいて、常人にない力で優れた武器や薬品を供給したり、現代社会の知識をベースに美食や便利な生活用品を開発したりする。しかし、それらのアイテムの製造場面が描写されることは少ない。あったにしても「魔力を込めた槌を幾晩も振るって聖剣を鍛える」といった感じだ。

ファンタジーなんだから仕方ないのだろうか。では科学をベースにした空想科学(SF)小説はどうかというと、実は大差ない。「ワープ」のひと言で恒星間航行を可能にしてしまうようなスペースオペラはともかく、それなりに物理法則にこだわったハードSFに「未来の工場」が登場しても、生産システムまでは描写されない。

数少ない例外が、野尻抱介氏のSF短編連作『南極点のピアピア動画』(ハヤカワ文庫)ではないかと思う。ボーカロイド(音声合成・再生技術)と宇宙開発を主題にした作品集だが、主題とは別に作者がちりばめた描写に、近未来のモノづくりのヒントが垣間見える。

そのひとつが、作中でオタク大学生が取り組む「ネットで連携するNC工作機械」の試作モデルである。最初に搬送ロボットと旋盤やフライス盤を組み合わせた半自動工場を準備する。ダウンロードしたプログラムを稼働させると、自分自身を改造して加工対象を広げ、精度を高めていく。低レベルの工作機械が自律的に高性能の工作機械を生み出す構想だ。同じプログラムで作られた生産拠点が数多くできれば、それらを連携した変量生産が可能になる。誰かが設計図を書き、そのデータをネットに流して賛同者を募れば、自前で工場を用意しなくとも製品になる。製品に人気が出て製造の賛同者が増えれば、勝手に生産量が増大する。これがハードウエア生産のオープン化というわけである。

作者の野尻氏は、インターネットのコミュニティサイトで活躍している。作中の描写は技術者とのネットでの交流から生まれたものだろう。この作品は2008年の発表だが、今も古さを感じさせない。

現実社会でメーカーが生産を外注する時には、信頼できる協力会社に図面を渡し、契約を結んでいる。将来は生産に必要なデータを公開し、納期や価格の有利なところに発注する方式が登場するかもしれない。輸出した製品の補修部品を現地で少量だけ生産するとか、データをもとに製品の改良・開発そのものを外注するなどの応用も考えられる。こうした未来を実現するには、設計・製造データの形式や、機器制御の方法を共通化して「工場のオープン化に適した産業社会」を準備しておかなければならない。

一方で2014年に、ネットで拡散した形状データを元に、個人が3Dプリンターで銃を製造する事件が問題となったことを忘れてはいけない。オープン化を無制限に広げることは危険を伴う。ライトノベルやSF小説によく出てくる大災害や社会的混乱は、作品の中だけにしてもらいたいものだ。

関連記事:
モノ作りヒストリー

オープンでつながる次世代ファクトリーに向けた道のり

IoTやAIといった新技術の登場で、ものづくりが大きな発展期にさしかかっている。ものづくりは過去どのような路をたどって進化し、今後はどう進化するのか。今後のものづくりを左右する新たなテクノロジーとものづくりの巨人の取り組みを紹介する。

続きを読む
ページトップへ戻る