東京都心では建設ラッシュが続いている。老朽化した低層建物を街区ごと一新する大規模再開発ばかりでなく、同じ場所にビルを建て直すようなケースも少なくない。都心を営業エリアにするタクシーの運転手は「もったいないですかねぇ。私らは新しいビルを覚えるのが大変なんですよ」とこぼす。
税法で定める鉄筋コンクリート造などのビルの耐用年数はオフィス用で50年間、住宅用で47年間だ。とはいえ50年を経てコンクリーや鉄骨がダメになるケースは希。投資効率を考えれば、償却ずみの建物を長く使うのが理にかなっている。実際に工場や倉庫、港湾設備などは100年以上も使い続けている例がある。
都心の建物が建て直しを求められる最大の理由は耐震性能だ。1981年(昭和56年)に建築基準法が大きく変わり、耐震基準が引き上げられた。これ以前の旧基準の建物は「既存不適格」、つまり、当面はそのままでいいけれども、できれば建て直すべきと評価されてしまった。多くの人が集まる施設にとっては小さくないダメージだ。1964年の東京オリンピックの最大の遺産である国立競技場が2度目の五輪を迎えられなかったのも、皇居に面した竹橋のランドマークである気象庁が、よく知られた外観の庁舎から新庁舎に間もなく移転するのも、いずれも旧耐震基準だったからである。
ただオフィス用のビルの建て直しには、また別の理由がある。時代にあわせて設備を更新する必要性だ。
「インテリジェントビル」という言葉が流行したのは1980年代。古いビルの建て直しがブームになり、バブル景気を後押しする要因になった。「高度情報化建築物」という別名があるが、その主たる特徴は新たに台頭してきたIT機器への対応だ。
それまでも古いビルにダクトを通して空調を導入したり、一部を改造してエレベーターや機械式駐車場を設置するケースはあった。しかしオフィスに昔の何倍も電話回線や通信線を敷設し、また電源コンセントを増やすとなると改造のコストはふくれあがる。
もちろん低層で堅牢な建物なら改造工事も不可能ではない。たとえば第2次大戦前の地上5階建て本庁舎を、いまも使い続けている財務省のケースもある。しかし、これは例外というべきだろう。
現代の建物は設備ニーズが最も重要になる。インテリジェントビルは電源容量を増やし、サーバ室を設けたりIT機器の排熱に対応して空調設備を強化。さらに各フロアを浮き床にして配線を容易にした。しかし、その後に登場した無線通信のアクセスポイント設置や、入退館のカード式セキュリティ導入などでは手間のかかる改造工事が避けられなかった。
いま注目されているのが「スマートビル」。スマートを「知的」と翻訳すればインテリジェントと同じだが、意味の上ではかなり広い。定義があるわけではないが、おおよそ次のようなイメージが提唱されている。
第一に、これまでにない利便性をもたらすこと。自走式ロボットが運搬や清掃をしてくれたり、エレベーターの停止階を柔軟に変えたり、受付を自動化して来客をスマホに通知してくれたり、会議室などの予約や共有ができたりするなど、さまざまな提案がなされている。
第二に、持続可能性に配慮していること。太陽光発電や省エネ機器を導入するだけでなく、ビル内の機器の管理を一元化し、稼働を最適化する。エアコンの運転時間をずらしてピークを低くしたり、排熱を蓄積して他で利用するなど多くの可能性がある。
第三に、時代に応じてシステムを更新できるようにすること。IT技術は進歩する。ハードウエアは更新が必要だろう。ただビル全体に基幹となるバス型通信網を定めておけばパソコンのようにパーツだけ入れ替えることも可能になる。配線や機器の増設に備えて余裕スペースを設けておく必要もあろう。
ITの進歩が止まらない以上、オフィスビルに求められる機能は常に変化し、設備更新の需要も尽きることがない。ビルのスマート化は建築主や入居者、建築業者や設備機器メーカーにとって、終わらない挑戦といえる。

