「匠の技が存亡の危機に瀕している」。20世紀末、そうした声はいたるところで聞こえた。漁業、農業、工業…。人類が経験したことがない少子高齢化が目前に迫っていた日本において、プロの技術の継承は分野を問わず喫緊の課題だった。
それから、約20年を越えた今、世界は一変した。「勘と経験」が全てだった技術の継承をテクノロジーが支えている。
漁業では、それまで漁業者が知識や経験をいかして漁場を探り当てていた。一朝一夕では身につかないノウハウだが、今では漁場を人工知能(AI)が推定し、海面図で漁業者に知らせるシステムが実用化されている。
魚をいくらで売り、買うかの世界も変わりつつある。高額取引が珍しくないマグロでは、目利きが重要だったが、スマートフォンで尾の断面を撮影するだけで、鮮度や脂の乗りを簡単に識別できるアプリが最近は生まれている。
農業でも長年培ってきた匠の技をデータとして共有して、新規参入したばかりの若手でも短時間で一定の収穫量を確保できるようにしたり、少人数でより広い耕作地を管理できるようにしたりする試みが広がる。
工業の世界は最もテクノロジーが入り込んでいるかもしれない。熟練技術者の技能を撮影して、映像で分析し、数値やグラフを使って「見える化」するなど、若手が技術を習得しやすい環境が整いつつある。
「匠の技」の代表的な分野である工芸品でもテクノロジーの利用が目立つ。
例えば陶芸。原材料にどのような力を加えるか、ろくろをいかにして回すかはこれまで伝承しづらく、習得には長い時間が必要とされてきた。
そのため、後進が育ちにくかったが、プロの動きを三次元の立体映像で再現し、触覚センサー、力覚センサーも使って保存しようとする研究が進んでいる。教育ツールとして活用し、効率的な技能継承につなげる。
磁器の世界では、すでに工程そのものをテクノロジーが代替する動きも出ている。原料の陶石から3Dプリンターで直接陶磁器を造形する技術も開発された。製品の画像をコンピューター上に作成して3Dプリンターに出力すると、陶石の粉末と接着剤が撒かれる。陶石の層が積み重なり形づくられた素地を焼成すれば完成する。
精巧な再現が可能な3Dプリンターは陶芸のみならず、多くの工芸品の制作や復元などにも使われている。
こうした取り組みは、伝統工芸にはふさわしくないとの指摘もある。「技術は見よう見まねで盗むもの」、「人の手でつくってこそ価値がある」。だが、すでに伝統工芸の分野はテクノロジーがなければ保存もできず、次世代につなげない可能性と隣りあわせでもある。
歴史的に価値のある工芸品も従来の修復材料や技術では対応できなくなってきており、クリーニング技術などの開発が進んでいる現実はあまり知られていない。
分野を問わず、伝統とは何か自体、人によって受け止め方が異なるだろう。ただ、時代と向き合い、最新の知見を使って挑戦し続けた人たちの技術や生み出したモノだけが後世に引き継がれてきた事実はいつの時代も変わらない。

