非常事態に備えて通常の計画(プランA)だけでなく、代替案(プランB)を考える。「プランB」の重要性は多くのビジネスマンが一度は耳にしたことがあるはずだ。特に2011年の東日本大震災以降は非常事態を想定して、事業継続計画(BCP)を策定する企業も増えた。だが実効性のある代替策を考えるハードルは決して低くない。「非常事態」として、どのような事態を想定するかは時代とともに常に変わるからだ。
『最悪のシナリオ』(キャス・サンスティーン、みすず書房)によると、人は最悪のシナリオを前にすると無視するか、過剰に反応するかの二者択一に走りがちだ。
どちらも危険な間違いで、人は最悪のシナリオにも最善のシナリオにも目を向けることが重要だという。当たり前の対策のように聞こえるだろうが、これをいざ実践するとなると意外に簡単ではない。
厄介なことに私たち人間の想像力は自分たちが思っているほど豊かではない。
「ニューヨークのど真ん中のビルに飛行機が突っ込むテロが起きるかもしれないから気をつけろ」。
おそらく、20世紀にこんなことを叫んだところで、多くの人は一笑に付しただろう。9・11以前は空飛ぶ爆弾テロを想像する人はほとんどいなかったからだ。
ところがどうだろうか。今では例えば、日本の原子力発電の規制基準は大地震だけではなく航空機テロなどあらゆる事態を想定して策定されている。
これらの例からもわかるように、プランBを策定するにしても、その前提の「非常事態」や「最悪のシナリオ」を想定する作業は実は簡単ではない。
自然災害やテロ、クーデターや戦争。いずれも半世紀前どころか、10年前と姿は全く変わっており、今後も変わり続けるだろう。
自然災害ならば、毎年のように大型台風が日本列島を襲う。「異常気象」が日常になり、異常ではなくなりつつある。
テロもかつてのように工作員による破壊活動だけでなく、重要インフラへのサイバー攻撃が目立ち始めている。海外では原発へのサイバー攻撃も起きていて、攻撃の手口は巧妙になっている。
現代社会を生きる私たちは常にリスクにさらされているだけでなく、そのリスクもかつてとは比べようがないほど複雑になっている。特に企業は活動がグローバルになり、地域ごとに対応すべき課題も異なる。
大半の情報がオンラインでつながる今日においてはリアルでの危機対応のみならずサイバー空間の対策も不可欠だ。
もちろん、すべての危機を事前に取り除くのは難しいかもしれない。100パーセントの安全を求めていては身動きできなくなる。ただ、思い込みを捨て、過去の事案を洗い出せば、近い将来に発生する可能性のある脅威は推測できる。
できる範囲で考えられる手をきちんと打つことは可能だ。想定外のことを防げなくても、想定外の領域を減らすことは可能だし、最悪のシナリオに真正面から向き合うことは備えがあれば不可能ではないのだ。

