夏真っ盛り。昼間は外を歩けないほどに暑く、夜は寝苦しくてエアコンをつけずには眠れない。一方で、エアコンの設定温度を誤ると朝方には体が冷えている、なんて経験をしたことはないだろうか。“ちょうどいい”最適解を求めるのは、案外難しい。
オフィスビルでは、エアコンの設定温度を下げると人の快適度は向上するが、逆に消費電力が増大するという問題に直面する。「人の不快指数」と「消費電力」はトレードオフの関係にあり、エアコンメーカーではネット・ゼロ・エネルギー・ビル(ZEB)に向けて、空調や照明、換気設備の設定を含めたビルの制御パラメーターの最適化の研究に取り組んでいる。
最適化のテクノロジーでは、「進化計算」のアルゴリズムもその一つだ。生物の遺伝と進化の過程では、環境に適応した個体が生き残り、そうでない個体は淘汰(とうた)される。環境適応度の高い個体が親となり子をもうけるため、次の世代は前の世代よりも平均的に適応度の高い集団になる。結果的に現存する個体が最適化の産物になっている。
この生物の仕組みをモデル化した進化計算は、新幹線の“顔”である先頭車両や、航空機の翼の形状の設計などにも使われている。これまで熟練技術者による経験や勘と、度重なる試行錯誤によって導かれていた「最適解」が進化計算によって求められるようになり、さらにそれは製品開発やサービス設計にとどまらず、社会問題の解決にも利用されつつある。
しかしながら、人間同士のコミュニケーションはそう簡単にはいかない。上司など会社における人間関係や夫婦間、子どもや親との会話に至るまで。たとえ相手のことを思って発したつもりの言葉でも、一歩間違えれば、パワーハラスメント(パワハラ)やドメスティック・バイオレンス(DV)、虐待などと受け取られかねない。非日常である夏休みのさまざまなシーンで、そんな思いを強くした人もいるかもしれない。一流ホテルでは、おもてなしに派手さを求めず、「控えめでさりげないサービス」を徹底しているらしい。何事も程よいバランスが大事なのだ。
コミュニケーションの観点で言えば、最適化というより、繊細な日本文化を映し出すような「いい塩梅(あんばい)」という言葉がぴったりではないか。味付けの基本は塩だが、昔は梅酢を多用しており、塩と梅酢の配合の加減によって味を調えていた。しょっぱ過ぎず、甘過ぎず。その絶妙なさじ加減が料理の出来栄えを左右する。そこから料理の味付けに限らず、物事の具合や調子などが“ちょうどいい”ことを「いい塩梅」と表現するようになった。
人間同士でも難しい、そんな人の心地良さを、機械は「いい塩梅」に作り出すことはできるのだろうか。2022年に彗星(すいせい)のごとく現れた米OpenAIの生成AI(人工知能)「チャットGPT」の最新版(GPT-4)に、「人にとって『いい塩梅』に機械を作れますか」と聞いたところ、以下の言葉が返ってきた。
“人にとって『いい塩梅』に機械を作ることは、人工知能の分野で長年の課題の一つです。機械が人間の感覚や判断を完全に再現することは難しいですが、最近の技術進歩により、より自然なコミュニケーションを実現するための研究が進んでいます。例えば、自然言語処理技術を使用して、機械がより自然な言葉遣いや表現を学ぶことができるようになっています。しかし、完全な『いい塩梅』を実現するためには、まだ多くの改善が必要です”
ダーウィンは「進化論」で、環境に適さないものが淘汰されていくことを唱えた。「いい塩梅」でバランスよく環境に適応していけば、人も、人を支える機械も生き永らえる。もっとも、人生においては、それが一番難しいのであるが。

