「失われた30年」で日本が失ったものとしてイノベーションをあげる声がある。「なぜGAFAMのような企業が日本には生まれないのか」「iPhoneは日本ではつくれなかったのか」。こうした主張は聞き飽きた感もあるだろう。だが、本当に日本は「イノベーション不毛の地」なのだろうか。日本ではイノベーションが生まれないのだろうか。
イノベーションというと日本企業は「ゼロからイチを生み出す」技術革新と考えがちだ。だが、ここに大きな誤解がある。経済学者のシュンペーターが提唱したように、イノベーションの本質は諸要素の結合だ。
わかりやすい例がライドシェアリングのUber(ウーバー)だ。Uberはタクシー利用の際の「運転手、顧客を選べない」「料金が事前に分からない」「行き方が決まっていない」「現金決済が面倒」などの課題を解決したイノベーションだ。ただ、使われている技術はソーシャルレーティング、GPS、オンラインペイメントなどの組み合わせでいずれもUber登場以前からあり、真新しさはない。
実際、イノベーションと呼ばれているビジネスを俯瞰すると、いかに組み合わせるかが重要だと改めてわかる。時代の寵児となっているイーロン・マスク氏のテスラもスペースXも同氏の革新は既存技術がベースにある。
少し古い話題だがiPhoneについて語れば、日本企業はiPhoneを構成する、携帯音楽プレーヤー、携帯電話、インターネット接続機器について十分な資源を持っていた。こうした経営資源を全社的に結合する発想がなかったから、生み出せなかったのだ。日本では「こんなものはできるわけがない」「うけいれられるわけがない」といった先入観がイノベーションを阻んできた。
活用する技術は決して真新しいものである必要はない。いろいろな技術を組み合わせたり、新しい使い方を提示したりすれば、全く新しい価値が生まれる。それは家電など私たちにとって、今や当たり前の製品群にも当てはまる。
例えば、家電にAIを組み合わせることで、個人の心地よさを追求して、パーソナライズした幸せを提供できるようになる。それはこれまでの家電の高機能化とは一線を画す価値になる。
すでに実用化されているが、使用状況から生活パターンを予測し、冷却を自動制御する冷蔵庫や、体感温度や室温の変化を予測し、運転を切り替えるエアコンなどがわかりやすい例だろう。
今後、センサーやAIをうまく活用して機器間連携もできれば、その日の体調によって室温やお風呂の湯温を自動調整してくれる未来も訪れるだろう。また、食べ過ぎを警告してくれる冷蔵庫も生まれるかもしれない。
発想を変えていけば日本ほどイノベーションが生まれる国はない。部品や素材メーカーの競争力は依然として高く、技術要素には困らない。「できる」ではなく「したい」を大切にする。「こうしたサービスがあったら便利だな」という気持ちを重視する。思考停止がイノベーションの最大の敵なのだ。
記事内の「iPhone」は、米国および他の国々で登録されたApple Inc.の商標です。「iPhone」の商標は、アイホン(株)のライセンスに基づき使用されています。

