1963年10月18日、パリで暮らす野良猫だったフェリセットは歴史に残る壮大な旅に出た。遥かなる宇宙への旅だ。
人類初の有人宇宙飛行は、1961年ユーリイ・ガガーリンであるが、彼の飛行は「人間が宇宙に行き、生還できることを証明する」というものだった。一方、フェリセットの飛行は「宇宙が脳神経に与える影響を科学的に調査する」という目的で行われた。
フェリセットの乗ったカプセルは、ロケットから切り離され、高度157kmの宇宙空間に到達。宇宙空間で無重力を体験し、弾丸飛行を成功させた後、カプセルは地球へと降下し、無事に生還した。頭に埋め込まれた電極のデータから、フェリセットが宇宙空間でもパニックにならず落ち着いていたことが分かった。
フェリセットの宇宙飛行は、単なる動物実験ではなく、人類が本格的に宇宙進出するための貴重な実験データとなり、宇宙生理学の発展や宇宙飛行士の健康管理、長期ミッションにおける生物学的研究の基礎となったと言われている。
その後、人類は有人宇宙飛行から月面着陸、国際宇宙ステーションでの長期滞在とどんどん宇宙に飛び出して行った。もはや宇宙開発は米露だけのものではなくなり、日本をはじめインドや中国など多くの国がロケットや人工衛星を打ち上げ、現在は民間の参入も増えた。
こうした宇宙開発は地上の人々に多くの恩恵をもたらしてきた。宇宙技術が支える日常はあまりに当たり前で、日々、「宇宙」を意識することはないまでに。
例えば、国際宇宙ステーション(ISS)では多くの医学実験もされているが、これももちろん宇宙飛行士の健康や将来の宇宙移住のためだけのものではない。ここでの成果も多くが地上の人々の医療に還元されている。一例を挙げると、宇宙滞在で生じる身体の変化は老化による変化と類似しているとされ、私たちにも身近な骨粗しょう症などのメカニズム解明や治療法開発に役立っている。また、対流や沈降がない微小重力環境で結晶化することで、たんぱく質の詳細な立体構造を解明するなど、医薬品開発にも貢献している。
人工衛星も実は身近な宇宙技術だ。例えば、天気予報。気象衛星によるデータは予報精度を大きく向上させた。人工衛星がなかった時代に70%程度だった降水有無の適中率は、現在では全国平均で約83%だ。日本では1977年にひまわり初号機が打ち上げられて以降、改良が続けられ、現在は世界最先端の観測機能を有するひまわり8号・9号機で運用されている。日本付近での観測頻度は初号機の70倍以上となる2.5分ごと。台風や火山監視などの機動観測も含め、1日576回観測している。
米国の全地球測位システム(GPS)も当たり前の存在となった。GPSを用いたカーナビや地図アプリなどの位置情報サービスを使わない日の方が少ないだろう。2025年2月には、日本版GPSといわれる準天頂衛星「みちびき」6号機の打ち上げが成功。2025年度中にも、現行の4機から7機体制となり、「誤差6センチ」という驚異的な技術でこれからの日常生活に不可欠な自動運転やドローン配送などを宇宙から支えていく。
ちなみに、長く忘れられていた宇宙猫フェリセットだが、宇宙開発への貢献を讃えようと、2019年にクラウドファンディングにより仏ストラスブールに銅像が建てられた。フェリセットは今、ガガーリン像のそばで空を見上げ、かつての宇宙旅行を思い出しているのだろうか。

