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宇宙開発競争で日本の立場が急上昇!
JAXA×三菱電機の「偉業」とは

JAXA×三菱電機 世界初の快挙の舞台裏

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1972年のアポロ計画の終了で途絶えていた月面着陸は2000年代に入って再開し、日本、米国、中国、インド、ロシアなどが次々と月着陸機を打ち上げている。

構想から約20年、試行錯誤を繰り返しながらも日本はついに、月面に無人探査機を着陸させ、月探査を多角的に展開する可能性を開いた。

2024年1月20日、小型月着陸実証機「SLIM(スリム/Smart Lander for Investigating Moon)」が月面着陸を実施し、目標から100m以内の地点への着陸を成功させたのだ。

SLIMプロジェクトとは

JAXAが長年追求してきた月面への高精度着陸を、三菱電機がシステム開発した月探査機が成し遂げたことは、世界初の快挙として大々的に報道された。

国内外から注目を集めたSLIMプロジェクトの成功により、日本の宇宙開発にはどんなネクストステージが待っているのか。

宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所の國中均(くになか・ひとし)所長、同SLIMプロジェクトマネージャの坂井真一郎(さかい・しんいちろう)氏、探査機開発のパートナーである三菱電機宇宙システム事業部長の市川卓(いちかわ・たかし)氏、同SLIMプロジェクトマネージャの小倉祐一(おぐら・ゆういち)氏に、プロジェクトの舞台裏や次なる構想を聞いた。

(トップ画像:©️JAXA)

JAXA×三菱電機 月面探査を新たなステージへ

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  • 過去の蓄積で乗り越えたSLIM開発の壁
  • 「偉業」で変わる日本のプレゼンス

過去の蓄積で乗り越えたSLIM開発の壁

2024年1月20日未明、JAXAの小型月着陸実証機「SLIM」が日本の探査機として初めて月面着陸に成功した。

着陸当初は太陽電池パネルに日光が当たらない姿勢になってしまったが、月面の午後を待ってついに発電と観測用カメラでのデータ取得にも成功した。

月面着陸した国で言えば、日本は世界で5番目となる。

他方、着陸機に搭載されたコンピューターが自ら月面の目標地点を判断し、目標から100m以内に確実に降りるという「ピンポイント着陸」を実現した国はなく、日本はこの世界初の偉業をこのたび達成した。

月の成り立ちの解明は世界が目指す共通の目標である。しかし、その解明の手がかりになる岩は危険な斜面にあると考えられており、至近距離から精緻に観測するためには「月面の降りたいところに降りる技術」の確立が必須となっていた。

そんな従来難しいと考えられていた多様な月面探査の実現の道を拓くことに、SLIMの「ピンポイント着陸」成功の意義はある。

小型月着陸実証機「SLIM」が撮影した月面の写真(写真提供:JAXA/立命館大学/会津大学)

2022年以降の各国の月着陸機

──SLIMの着陸の瞬間を皆様はどのように迎えられたのでしょうか?

坂井 着陸当日は、みな目の前で起こっていることへの対処に全力を挙げていて、着陸に至った感慨を持つのは難しかったですね。
その後電力が回復して、分光カメラの観測データを回収することができたとき、ようやく嬉しさを実感しました。

酒井 真一郎 国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構(JAXA) 宇宙科学研究所 宇宙機応用工学研究系 教授/SLIMプロジェクトマネージャ

1973年、東京都生まれ。東京大学大学院工学系研究科電気工学専攻博士課程修了。博士(工学)。2001年より宇宙科学研究所助教。同准教授を経て、2019年より教授。2016年よりSLIMプロジェクトマネージャを併任。

國中 私は正直言うと楽観視していたところもあります。
月面着陸で各国が競争をしており、SLIMは世界からも注目されていましたが、技術的には探査機を作っていただいた三菱電機さん、それからJAXAのメンバーを全面的に信じていましたので、きっとうまくいくだろう、と。

國中 均 国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構理事、宇宙科学研究所所長

1988年東京大学大学院博士課程修了、工学博士。同年文部省宇宙科学研究所助手。2003年「はやぶさ」小惑星探査機イオンエンジンを開発。2005年より宇宙科学研究本部教授。2012年「はやぶさ2」プロジェクトマネージャ。2018年4月より現職。専門は電気推進・プラズマ工学。2021年紫綬褒章。2024年米国航空宇宙学会名誉会員。

小倉 実際、運用期間中はトラブルがほとんどなかったので、私も着陸成功を信じていました。ただ、リハーサルができないため、最後までどうなるかわかりません。当日はかなり緊張して、祈るような気持ちで見守っていました。
SLIMが着陸したことが確認できたときは安堵しました。また、ピンポイント着陸できたことについては、当社メンバーだけでなくJAXAさん含め関係者全員の苦労が報われて本当によかったなと思いました。

小倉 祐一 三菱電機株式会社 鎌倉製作所 衛生情報システム部 SLIMプロジェクト部長

2001年三菱電機に入社。政府・関係機関向け地球観測衛星のシステム開発エンジニアとして多くの衛星を開発。品質保証部で設計品質改善などにも取り組んだ。その後衛星情報システム部でSLIMプロジェクトに参画、2022年11月より現職。

市川 JAXAの会見の中で山川宏(やまかわ・ひろし)理事長から「着陸を確認した」とお聞きしたときは、非常に大きな喜びを感じましたね。
エンジニアたちのさまざまな苦労が報われるとともに、日本としての新たな歴史を作ることに貢献ができたわけですから。

市川 卓 三菱電機株式会社 防衛・宇宙システム事業本部 宇宙システム事業部長

1991年三菱電機に入社。欧米衛星メーカ向け衛星搭載機器、海外通信事業者向けの通信衛星システムや政府・関係機関向け地球観測衛星システム・気象衛星システムなどの営業を歴任。その後宇宙事業企画部門を経て2023年4月より現職。

──改めてSLIMプロジェクトが始まった経緯と三菱電機が参加した背景を教えていただけますか。

坂井 月周回衛星「かぐや」の次なるプロジェクトとして、着陸機に取り組む検討が2003年頃に始まりました。
当時はかなり大きな着陸機を作ってローバー(探査車)も搭載し、さらにピンポイント着陸も実証する計画でした。
現在の月探査は「あのクレーターの隣のあの岩石に行きたい」というように、ターゲットが精密に決められるようになってきています。
そのレベルの探査を実施するためには、できるかぎり目標の近くに探査機を着陸させる必要があります。
その辺りの検討が進むうちに、小型の機体にしてコアになる技術であるピンポイント着陸の実証に絞ろうということになり、三菱電機さんが開発に手を挙げてくださいました。

小倉 当社は国際宇宙ステーション(ISS)にさまざまな物資を運ぶ「こうのとり」(HTV)などの開発を担当し、目標に対して自動で接近するための航法誘導制御技術()などの多くのキーテクノロジーを蓄積していました。
人工衛星開発で培った当社の技術を深宇宙探査にも展開し、国際協力の幅を広げていきたいと考えてのことです。

※カメラ、レーダーなどのセンサー類、計算機およびその搭載ソフトウェアによって構成され、これらを組み合わせることで自律的に機体の位置・姿勢を推定し、飛行軌道や姿勢を修正する技術のこと。

──「降りたいところに降りる」というSLIMのミッション実現に向けた技術開発における苦労や挑戦を教えてください。

坂井 着陸目標地点はデータベースにある月の画像を見ながら決めるのですが、実は画像データと実際の月面位置との間にそれなりの誤差があるため、SLIMのように高精度のピンポイント着陸を目指す場合、どのように降りたらよいかを地上から指示をするのは難しいことです。
それならば、SLIM自身が撮影した月の表面の画像からクレーターを探し出し、もともと持っているクレーターの地図と見比べて、自分がどこにいるのかを正確に把握しながら飛行すればよい。これが「画像照合航法」と呼ばれるものです。
画像照合航法によってSLIM自身が自分の位置を把握して目標地点にたどり着くには、軌道修正しながら飛ぶ方法を自ら計算する必要があります。この「自律的な航法誘導」も重要な技術です。

SLIMの月面着陸

小倉 私たちは、JAXAさんが開発された画像照合航法のアルゴリズムをもとに、それを実現するシステムを作り上げていく担当で、月面を撮影するカメラ、着陸地点を調査するレーダー、レーザー距離計といったピンポイント着陸に欠かせないセンサーを組み込んで開発しました。
当社が人工衛星の中で使い慣れているセンサーと、全く新しいものを組み合わせ、わずか20分の着陸シーケンスの中ですべてを正しく機能させないといけない。私たちにとっても初めての設計であり、かなり大変な取り組みでした。
着陸に関するセンサーのうち、着陸レーダーの開発も当社が担当しました。三菱電機は衛星だけでなく、地上も含めて幅広くレーダーを開発してきたことで技術の蓄積があり、それが非常に役に立ちました。
また、小型軽量化にあたって、SLIMに搭載するコンピューターを統合し機器の数を減らしてコンパクトにしていますが、これも衛星開発で長く取り組んできた技術を活かしたもの。これまでの技術の積み上げが今回の成果に結びついています。

2022年6月、システムテスト時のSLIM。(提供:JAXA/三菱電機)

──1月20日、SLIMは見事に着陸シーケンスを正しく実行し、目標から55mというピンポイント着陸に成功しました。途中で2基あったメインエンジンの一つが脱落するトラブルに見舞われていますが、これがなければ着陸精度は10m程度であったとの評価もあります。初の実証でこれだけの大きな成果を挙げた要因をどうお考えですか?

小倉 「自律的な航法誘導」が適切に機能した結果と考えます。当社はSLIM開発において、SLIMが月面で目標から誤差100メートル以内に着陸するに際してより安全な場所を選ぶソフトウェアを設計しました。
さらに、搭載している複数のセンサーのいずれかに異常が発生したり、着陸までのプロセスにおいて目標と現実に想定以上の誤差が生じたりした際に、SLIMに自ら修正できる機能を持たせました。地上から修正指示を出していては間に合わないためです。
トラブル発生時により安全なモードに切り替えるロジックを考え検証したり、悪条件をいくつも重ねたケースでも耐えられるようにしたりする作業は非常に大変でしたが、解析を何回も繰り返してやり抜いています。
実は種子島宇宙センターにSLIMを出荷した後もソフトウェアの細かいチューニングを続けるなど、着陸直前までJAXAさんと一緒になって執念とも言うべき強い気持ちで作り上げました。

坂井 JAXAが開発した基本的なアルゴリズムを三菱電機さんがソフトウェアに落とし込む、という関係です。
作っていただいたソフトウェアはJAXAでも独自に評価し「月の環境ではこういう“意地悪”なことがあるので、ここをもう少し直してほしい」などと何度も調整をお願いしました。
私たちと三菱電機さんがうまく連携して、粘り強くキャッチボールを繰り返したことが成功につながったものと考えています。

SLIMプロジェクトの成功基準とその結果

「偉業」で変わる日本のプレゼンス

──このたびの月面の「ピンポイント着陸」の成功によって、この先どのような可能性が開けるのでしょうか?

國中 ピンポイント着陸の技術をさらに発展させると、着陸機を大型化して貨物を搭載することで月面への輸送サービスが見えてきます。
その方面はJAXAよりも民間企業が主役として活躍する領域と考えます。

──今年2月には米国の民間企業も月面着陸を行い、連日ニュースになっています。今回の「ピンポイント着陸」成功は、日本の国際的なプレゼンスにどのような影響を与えるとお考えですか?

國中 人類の宇宙活動が広がっていく中、一つの組織や国だけで実施できる範囲は極めて限られており、大型の国際共同事業に参加していくことが必須のトレンドになっています。
ただし、得意な技術や分野を持っていないと、国際的なリスペクトを勝ち取って「この部分を日本に任せよう」ということにはなりません。
その意味で、今回日本がすべて独自で作った探査機で成果を上げたことは、JAXAの得意分野を国内外に印象づけ、国際共同計画に参加するチャンスを得るきっかけになったと考えています。

市川 近年の宇宙探査におけるメインストリームは、米国が主導する国際共同探査計画「アルテミス」です。
各国がさまざまな協力をしながら月や火星の探査に取り組んでいます。

その第一歩として、まずはピンポイント着陸で月面の降りたいところに降りて探査する。
次に無人および有人の探査拠点を設ける。有人探査拠点が作られた暁には、人が長期的に月面に滞在し、経済活動が生まれることも期待されています。
行きたいところに行けるというSLIMの技術は月面調査や拠点づくりなどの国際協力の場において一連のステップを支える必須の基盤となります。
その意味で、三菱電機も宇宙探査の重要な進歩に貢献できたと自負しています。

──月の次は火星、というと2026年度に打ち上げを目指す火星の衛星「フォボス」を探査する「MMX(火星衛星探査計画)」が予定されていますね。三菱電機はSLIMに続いて、宇宙探査機の開発を担います。

國中 まだ具体的な計画はありませんが、月面への輸送サービスの次なる段階として、火星輸送サービスの実現が考えられます。
人類が火星本体で活動する未来に向かって、MMXは非常に重要な足がかりになります。まさに”日本ならではのアルテミス”。その本道を三菱電機さんと一緒に開拓することになると私は考えています。

市川 私たちにとっても大きなチャレンジです。
SLIMやMMXなどの挑戦的なミッションを一つずつ成功させて、国際的な協力関係の中で技術と人材の基盤を築くことが何より重要と考えます。 それを果たすことは、日本の宇宙探査における自立性の確保や競争力の向上への貢献につながるだけでなく、地球の周りで活躍する人工衛星のシステムを発展させていくことにもつながり、当社の宇宙事業の幅を広げることにも結びつきます。
そんな未来を実現できるよう、これからより一層邁進してまいります。

(構成:秋山文野 撮影:黒羽政士 デザイン:月森恭助 編集:下元陽)

※本記事内の製品やサービスの情報は取材時(2024年4月)時点のものです。

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