データで紡ぐ持続可能な未来。
三菱電機の循環型エネルギーソリューション

総合電機メーカーの三菱電機がコンサル力を活かしたソリューションビジネスを強化している。
同社はビッグデータ分析により顧客企業の潜在的な課題を可視化し、顧客のビジネスモデルや事業環境のブラッシュアップを進めている。
2023年4月には、エネルギーとファシリティ領域に特化して顧客の課題解決に取り組む「E&Fソリューション事業」を立ち上げた。
市場環境の複雑性が増す中、本質的な課題を発見し、事業成長に結びつけるためには何が必要なのか。
多くの企業の課題を見抜いてきたKaizen Platformの須藤憲司代表と、三菱電機の濱本総一上席執行役員が語り合った。

Kaizen Platform代表の須藤憲司氏(左)と三菱電機上席執行役員の濱本総一氏
INDEX
- 課題解決の「目的」は変わらない
- 異なる事業データの統合による価値創造
- DXとGXの両輪が社会を発展させる
課題解決の「目的」は変わらない
──「VUCA」や「アフターAI」などのキーワードが象徴するように近年、企業の事業環境は大きく変化しています。須藤さんは様々な企業課題を発見してこられていますが、以前に比べて課題を捉える難易度は高まっていますか?
須藤 基本的には変わっていないと思います。課題とは「ありたい姿(=人が想像すること)」と「今の状態(=人が現実に営んでいること)」のギャップのこと。
昔も今もビジネスが人の営みであることは変わりません。テクノロジーの進化によって課題解決の「手段」が増えただけです。
気をつけたいのは、目的と手段を取り違えないこと。
DXも「AIをどう活用するか」といった手段から入りがちですが、目的はあくまでトランスフォーメーションです。
よってまずは「どのような会社や事業にしたいか」を想像し、目的を明らかにしなければ、テクノロジーを課題解決の手段として活用することもできません。

1980年生まれ。2003年に早稲田大学を卒業後、株式会社リクルートに入社し、マーケティング部門、新規事業開発部門を経て、アドオプティマイゼーション推進室立ち上げに従事。株式会社リクルートマーケティングパートナーズ執行役員に就任。2013年にKaizen Platform, Inc.を米国で創業。
濱本 今のお話に共感します。
私たちは活力とゆとりのある社会の実現に貢献するため、お客様とともにお客様の課題を発見し、新たな価値創出を目指す「E&Fソリューション」を昨年より提供しています。
エネルギー(=E)およびファシリティ(=F)の領域において、カーボンニュートラルをはじめとする社会課題の解決に貢献することを目的とした、コンサルティングからデータ分析、ソリューション提案、そして価値創出までを包括する循環型 デジタル・エンジニアリングサービスです。

ただ、お客様自身が「このサービスを導入するとどうなるのか」を想像できなければ、その価値を感じてもらえません。
まずはお客様がどうなりたいのか、現状で何が実現できていないのかを整理し、潜在的な課題を発見することからアプローチしないと、どんなに優れた技術も手段として役に立たないと実感しています。

1992年三菱電機入社。当時の制御システム製作所に配属され、大型火力発電所の電気設備設計に従事、様々なプロジェクトを担当。その後エネルギープラント部長をはじめとして、新規事業検討を行う総合エネルギーシステム技術部、交通システム部長、神戸製作副所長などを歴任。その後電力システム製作所長を経て、2023年4月より現職。
──「企業は往々にして自社の本質的な課題に自ら気づけない」と須藤さんはかねて指摘されています。なぜそのようなことが起きるのでしょうか。
須藤 業界知識が豊富であるゆえに、当たり前の問題に気づけない。これが大きな要因の一つと考えます。むしろ知識のない素人のほうが本質的な課題を発見できることも多い。
例えば宿泊業で予約の無断キャンセルがよく問題になりますが、おそらく一般の人たちは「なぜ前売りにしないの?」と素朴な疑問を抱くはずです。
飛行機や新幹線のチケットのように事前購入制にすれば、消費者が予約をキャンセルしても企業側に損失は発生しない。
素人なら気づくことも、業界の人たちは「これが業界の商習慣だから当たり前」と思い込んでしまうわけです。

商習慣は長い歴史の中で培われるものであり、それが最適だった時代もあったのかもしれない。
しかし、テクノロジーが進化し、データ取得が可能になったことで、課題解決の手段は格段に増えている。
ありたい姿に向けて、従来のビジネスモデルを変化させる余地はいくらでもあります。
濱本 まさに三菱電機もビジネスモデルの変革を推進し、今までの「モノ売り」から「モノ+コト売り」への転換を目指しています。
これまで当社は、お客様から頂いた仕様書に基づいて製品を設計・製造する売り切り型のビジネスを基本としてきました。
しかし事業環境の変化が加速する中、お客様から要件を頂いた瞬間に次の変化が始まり、製品が完成する頃にはすでにお客様のニーズとズレが生じてしまうことが起きつつあります。
そうした事態が起きる一因は、私たちがお客様の課題を間接的にしか捉えられない点にあります。
課題を仕様書に落としてもらわないと把握できないので、製品開発のスピードも当然遅くなる。

そこで、E&Fソリューション事業では、私たちがお客様のフィールドに直接入りこみ、現場に納入した機器を通じてデータを収集・分析し、その時々のお客様の課題をリアルタイムで捉えて解決する。
これが私たちの目指す「モノ+コト売り」の姿です。

異なる事業データの統合による価値創造
──「モノ+コト売り」へ転換し、ソリューションビジネスで価値を生み出すには何が必要とお考えですか。
濱本 鍵を握るのは当社の幅広い事業領域から得られるビッグデータの分析です。
当社は社会課題の解決に貢献する「循環型 デジタル・エンジニアリング企業」を目指し、新たなデジタル基盤「Serendie(セレンディ)」を構築しました。
これは事業横断型のデータ分析基盤で、三菱電機の多様な事業部門が持つデータを集約し、異なる領域の機器やシステムから取得した情報を掛け合わせることで、新しいソリューションを生み出す仕組みです。

例えば発電や送配電を支える電力機器を扱う事業部と、工場などの生産工程で使われるファクトリーオートメーション機器を扱う事業部では、お客様の現場から取得できるデータも異なります。
前者は電力を供給する側、後者は電力を使用する側のデータです。
それをSerendieの基盤上で統合すれば、電力の需給バランスや再生可能エネルギーの調達管理プロセスを最適化し、カーボンニュートラルやスマートエネルギーの実現につながるソリューションを生み出すことが可能になります。
須藤 データ取得がもたらすインパクトの大きさはよく理解できます。
私の会社はインターネットの世界で事業を展開していますが、ネット広告市場が急速に拡大したのは、コンバージョンのデータを取得できたからです。
そこから「自社に売上や利益をもたらす人を狙ってリーチする」という発想の転換が起きて、ターゲティング広告という新たなビジネスモデルが誕生しました。

エネルギーやサステナビリティの領域も取得できるデータの種類が増えれば、ネットの世界同様にイノベーションが加速するでしょう。
電力需要も本来一律ではなく、とにかく低単価で供給してほしいという声もあれば、昼間は高くていいので夜間は安くしてほしいという要望もあるかもしれない。
データによって需要の濃淡を把握できれば、ニーズに合う供給元とマッチングできるはずです。
濱本 エネルギー需給の最適化は多くの企業にとって重要な課題です。
企業は、省エネはもちろん、カーボンフットプリント(サプライチェーン全体におけるCO2の排出量の表示)への対応も迫られています。生産現場でも製品の製造に使用されたエネルギー源が問われるようになっています。
これらに応えるためには、企業の需要と環境負荷の少ない再エネや余剰電力の供給をマッチングするとともに、各工程におけるエネルギーの使用履歴を記録し、追跡できる仕組みが必要です。
こうした社会課題に直結する企業ニーズに応えるソリューションの開発を私たちは目指しています。

──具体的にはどのようなソリューション開発に取り組んでいますか。
濱本 一例として、ビルや地域のスマート化を目的とした「熱関連トータルソリューション」があります。
日本では現在、自然エネルギーや化石燃料などの一次エネルギーのうち、約6割が未利用のまま捨てられています。
政府は2030年度の温室効果ガス排出量を2013年度比で46%削減する目標を掲げており、未利用熱エネルギーの有効活用が重要なソリューションになります。
そこで三菱電機は、総合的なエネルギーマネジメントシステムを提案しています。
ヒートポンプや産業冷熱機器といったハードウェアに加え、監視制御システムなどのソフトウェアを組み合わせます。さらにデータ分析から得られた知見を活用し、需要予測や最適化アルゴリズムも取り入れています。これらを統合することで、より効果的なエネルギー管理を実現しようとしているのです。
お客様の課題に応じたコンサルティングから始まり、現場データの分析、最適な設備導入、そして運用支援まで一貫したサービスを提供。未利用熱エネルギーの活用を含めた効率的なエネルギー運用を設計し、お客様の長期的な脱炭素化を支援します。
須藤 それも需要と供給のデータが取れるようになったからこそのソリューションですよね。
熱エネルギーを生産する側と消費する側、わかりやすくいえばサプライチェーンにおける「入り口」と「出口」のデータを分析することで、活用されずにいた未利用熱エネルギーの価値が顕在化した。

最近はどの業界でも競争のルールが変化しつつあり、かつてはモノや仕組みを作る競争が主流でしたが、今は「これならお客様が価値を感じて確実に買ってくれる」というユースケースをいかに見つけるかが勝負になっています。
熱関連トータルソリューションの説明をお聞きして、三菱電機はエネルギー領域で新たな競争に挑もうとしているのだと感じました。
濱本 ありがとうございます。熱関連トータルソリューションは地域熱供給事業者、ゼネコン、ディベロッパー、大規模製造業をはじめとする一般企業などにご提案し、すでに実証実験や試験的な運用が進んでいるケースもあります。
私たちも新たな市場開拓に向けた手応えを感じているところです。
お客様のニーズに応えるため、必ずしも自社製品だけでなく、他社の特徴的な機器やソフトウェアも組み合わせてシステムを構築しています。
このエンジニアリング力とフレキシビリティも、お客様から高く評価されている点です。
DXとGXの両輪が社会を発展させる
──E&Fソリューション事業の今後の展望をお聞かせください。
濱本 私たちは第四次産業革命がもたらす大きな変化を見据えています。AIやブロックチェーンなどのテクノロジーがネイティブな環境で育った新世代が社会で活躍し始める時代が近づいています。
この変化に対応するため、私たちはSerendieを、多様な人材が集い、新たな価値を創造できるプラットフォームとして整備しています。
このプラットフォームを通じて、私たちは様々な社会課題に取り組んでいますが、その一つが急増するデータセンターの問題です。
生成AIの利用拡大などを背景に、2026年には世界のデータセンターの電力消費量は1000TWh*に拡大すると試算されています。
*TWh:テラワットアワー(1テラワットは10億キロワット)
これは日本の年間総電力消費量に匹敵する規模です。 この課題に対して当社のE&Fソリューションをグローバルで展開し、再エネとのマッチングや排熱の有効利用によって、環境負荷の少ない新たなデータセンターの運用を実現したい。
それができるのは、電源機器から空調機器、監視制御装置まで幅広い製品群を持ち、システム全体をコーディネートするエンジニアリング力を持った三菱電機の他にないと自負しています。

須藤 なるほど、環境負荷の軽減と技術革新の両立が御社の目指すところなのですね。
DXや生成AIは近年の巨大なビジネストレンドですが、どちらも電力を大量消費する点で環境負荷の大きさがネックです。
その一方で、人口減少が進む日本では、これらのテクノロジーをうまく活用しなければ社会が成り立たない。よってトレードオフの関係にあるDXとGXを同時に走らせる必要があります。
私の会社などはDXによって世の中を変えようとしていますが、三菱電機はGXを推進することで、DXによる社会変革を裏側で支えている。
DXとGXが併走することで、この社会がより良い方向へ変わっていく。そんな未来を期待しています。
(構成:塚田有香 撮影:黒羽政士 デザイン:堀田一樹[zukku] 編集:下元陽)
※本記事内の製品やサービスの情報は取材時(2024年9月)時点のものです。
