どんな相手もウェルカム。三菱電機流の『等身大』の共創とは

100年以上の歴史を持つ総合電機メーカーとして知られる三菱電機が、データ活用を通した共創活動に本格的に踏み出した。
今年1月には、横浜に共創拠点である「Serendie Street Yokohama」を新設。共創の輪を広げようと、本格的な取り組みを始めている。
「ものづくりの会社」との印象が強い三菱電機が、なぜ共創に本気なのか。そこには、どのような独自の価値があるのか。
Serendie Street Yokohamaを主導する、三菱電機 DXイノベーションセンター共創推進部部長の笠井嘉氏に話を聞いた。
INDEX
- 「ものづくり企業」だからこそ共創をやる
- 事業化率を追わない共創
- 三菱電機との共創は「等身大」
「ものづくり企業」だからこそ共創をやる
──三菱電機は100年以上続く「ものづくりの会社」との認識が強く、共創の印象を持つ人は少ないのではと感じます。イノベーションハブとなる空間「Serendie Street Yokohama(セレンディストリートヨコハマ)」を開設し、共創活動に本腰を入れる背景を教えてください。
ものづくりが強い三菱電機だからこそ、共創に取り組む意義があると考えています。

三菱電機は、多岐にわたる分野で製品と技術を提供してきた総合電機メーカーです。
私たちは自社の事業領域を「家庭から宇宙まで」とよく言っています。
家庭にある冷蔵庫や炊飯器、工場の生産ラインを自動化するFA機器や、ビルのエレベーターや空調機器など、さまざまな場所で三菱電機のロゴを目にしていただけているのではないでしょうか。
幅広い領域に製品を展開するメリットは、幅広いデータを得られること。
多彩なデータをパートナー企業が持つデータと掛け合わせることで、新たなソリューションを生み出していきたい。そんな共創を目指しています。

──なるほど。一方で三菱電機はこれまでも、「人感センサーを用いたビル空調の自動調整」といった、データを使ったソリューションを開発しています。今回の取り組みは何が違うのでしょう。
ソリューションは、あくまでも「三菱電機」や「個々の事業領域」、「ものづくり」の枠に収まる事例が多かった。共創活動で目指しているのは、その枠を飛び越えることです。
たとえば「エレベーターで取れる人流データと、商業施設が持つ売上データを掛け合わせたら、売り場の改善につながるソリューションを生み出せるのでは」といった、異なる領域をつないで価値を生み出す共創を試みています。
そのためには、あらゆる領域から集まるデータを一元化して活用し、事業横断型のサービスを創出するためのデジタル基盤が不可欠です。そこで三菱電機が昨年構築したのが「Serendie」というデジタル基盤です。
そして今年1月には共創空間「Serendie Street Yokohama」の一環として、横浜アイマークプレイス内に共創エリアを開設しました。
ここには三菱電機全社横断でDXを推進する「DXイノベーションセンター」をはじめ、各事業領域のDX人財約400人が集まり、お客さまやパートナー企業と共創活動を展開しています。

事業化率を追わない共創
──具体的な共創プロセスはどのように進むのでしょう。
正直、ケースは千差万別です。ここを訪れる人の目的も、「自社データの使い方に迷っている」「新規事業を一緒につくれる人を探している」など、本当にさまざまです。
そのなかでも、新規事業の探索を目的に来てくださった例で、考えてみましょうか。
まず入り口は、共創で解きたい課題や作りたい価値を大まかにイメージする段階です。ここでは三菱電機で共創に知見があるメンバーが相談相手となり、議論を進めていきます。
続いて「プロジェクトデザイン」の段階です。ビジネス、テクノロジー、クリエイティブ、知財などの知見を持つメンバーで、プロジェクトチームを組みます。課題の探索や、活用可能なデータを深掘りし、プロジェクトの全体像を描きます。

次は「インサイト導出」や「データ探索」の段階。データ分析等の専門性を活かしつつ、向き合うべき最重要課題を絞っていきます。
そうして「ソリューション検討」や「コア価値定義」の段階に進みます。三菱電機のアセットも用いて技術や特許の応用方法を探索するなどしながら、事業構想を実際に描きます。
最終的にMVP(Minimum Viable Product=顧客に価値を提供できる必要最小限の機能を備えたプロダクト)の作成まで漕ぎ着けます。
プロジェクトデザインからMVP作成までの工程が約3ヶ月。これはあくまで一例で、ケースに応じてアジャイルに工程を組み替えながら進めています。

プロジェクトデザインの段階では、三菱電機が独自開発した生成AIを使い、事業仮説を作成することもあります。
このAIには、三菱電機の事業内容や技術情報、先行事例などのデータを一通り学習させてあります。
ですから「三菱電機と共創するとこんなことができる」といった事業仮説をすぐに出すことができ、発想の幅を広げられるのです。
──Serendie Street Yokohamaでの共創は、事業化率を追わないと聞きました。これは珍しい立ち位置ですよね。
そうかもしれませんね。おっしゃる通り、今は事業化率を追いかけないようにしています。まず来場者の間口を広げたいからです。
そもそも“Serendie”は「思いがけない発見」や「偶然がもたらす幸運」を意味するSerendipityと、Digital Engineeringを掛け合わせて名付けられたものです。
偶発的な出会いがなければSerendipityも生まれないので、とにかく間口を広げることは意識しています。
成果を「事業が生まれたかどうか」だけで判断し、「あの来場者はビジネスにつながらない」などと区別をするようになったら本末転倒ですから、事業化率の指標を今は設定していません。

誰もが自由にプロトタイプを制作し、アイデアを展示できる実験空間。
手書きの付箋にコメントやアイデアメモが貼り付けられていた。
私たちの共創のもう一つの特徴としては、社内発の案件も多くあることでしょうか。
たとえば三菱電機のある部署が新サービスの立ち上げを検討しているけれども、事業化のノウハウが不足しているとか、AI活用のユースケースを取り入れてアイデアをブラッシュアップさせたいといった問い合わせがあれば、この拠点に集まるDX人財が加わって取り組みを加速させます。
社員の行動やマインドセットを変えるのもSerendie Street Yokohamaの目的です。マインドセットも、よりオープンに変わってきていると感じます。

Serendie Street Yokohamaは、三菱電機社員の執務エリアと地続きになっている。
コーヒースタンドは共創スペース側に設置され、交流を生む仕掛けの一つに。
三菱電機との共創は「等身大」
──デジタル基盤であるSerendieを用いた共創事例はすでにできているのでしょうか。
はい。わかりやすい例としては、屋内外向け自動配送ロボットサービスがあります。
これは、自動走行ロボットを開発する米国企業との共創から生まれたソリューション。「このビルの10階にいるAさんに届けてほしい」といった細かな指定をして、荷物を届けられる自動配送ロボットサービスです。
AIを活用した自動配送ロボットの実用化はさまざまな場面で進んでいて、地図データなどを入力すれば、荷物の届け先である建物や施設までは比較的容易に辿り着けます。ただし上記のようなピンポイントの指定となると、ハードルがあります。
その点、三菱電機にはビル内に設置したカメラやセンサーを通じて、人や物の位置を検知する技術があります。
両方の技術をつないで、ビルの中を移動するロボットの位置とAさんの現在位置をリアルタイムで把握しながら、正確に荷物を運べるのです。

提供:三菱電機
この事例はパートナーもものづくり企業ですが、ハードウエアを持たない業種・業界とのコラボレーションでも、面白いサービスやソリューションが生み出せるはずです。
たとえばウェルビーイング事業を手掛ける企業と組んで、オフィスで働く人たちのストレスや疲労をセンサーで感知し、AIが「この社員はそろそろ休憩が必要だな」と判断したら、その人のもとへ自動配送ロボットがコーヒーを運んでいく、なんてサービスも考えられます。
これまで三菱電機が得意としてきた領域にとらわれず、生活やエンタメ、ヘルスケアなど多様な業界とコラボレーションしていきたいと考えています。
──共創に取り組む企業は多いですが、「ここが我々の独自性だ」というポイントはなんでしょう。
三菱電機との共創は「等身大」である。私はこの表現がしっくりきます。
誰でもウェルカムで垣根が低く、身近な課題から積み上げていく私たちの取り組みは、身の丈に合った等身大の共創と言えると思います。

企業の共創活動には、いくつかのタイプがあります。たとえば壮大な社会課題をテーマとして掲げ、そこからブレイクダウンして解決の手段となるサービスやソリューションを開発するパターンもありますよね。
一方で三菱電機の共創は、ボトムアップで等身大。冒頭でもお伝えしたように、三菱電機は事業領域が広く、一般の方にも身近な場所に製品がちりばめられています。
だからこそ、共創相手やお客さまの困りごとを起点に事業を生み出すアプローチが得意なのです。
ただし等身大だからといって、当たり前のものしか生み出せなかったらつまらない。イノベーションの創出には思いがけない発想やアプローチが必要です。
事業領域のカバー力に伴う多彩な技術やデータを活かし、新しい価値を生み出していくつもりです。
──「偶然の出会い」が「価値ある共創成果」にまで昇華されるのは、かなり難易度が高いのではないでしょうか。
それはおっしゃる通りです。正直なところ、全てをコントロールするのは不可能だと割り切っている部分があります。
だからこのSerendie Street Yokohamaの運営も、多少は「雑」でいいと思っています。
共創の目的からプロセスまで、全てをガチガチに決めてしまったら、自由な発想は生まれづらい。適度に肩の力を抜いて、アジャイルに変化しながら、継続していくことが一番大事なんじゃないか、と。

お酒を飲みながら語らう場「snack」。偶然の出会いを誘う仕掛けが、あちらこちらに。
このような共創空間は、大阪や米国にも広げていく構想があり、中長期的にはデジタル基盤を活用した協業を日本各地やグローバルへと広げていく計画です。
とはいえこの横浜の拠点も今年1月に完成したばかりなので、まずはここをしっかり盛り上げていきたい。「三菱電機が面白そうなことをやっているな」と思った方がいたら、ぜひ「Serendie Street Yokohama」へ遊びに来てください。
たくさんのSerendipity(セレンディピティ:偶然の出会い)が生まれることを私たちも楽しみにしています。
(執筆:塚田有香 撮影:大橋友樹 デザイン:Seisakujo inc. 編集:金井明日香)
