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出資だけで終わらない。
三菱電機が生み出す「本気の協業」

出資だけで終わらない。
三菱電機が生み出す「本気の協業」
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主に大企業がスタートアップに出資するためのファンドを作って運用する「コーポレート・ベンチャー・キャピタル」(CVC)は、自社事業に取り込める技術を求めるのが通常だ。しかし、出資した後にそのまま放置されてしまうケースも散見される。

そんな中、出資後も事業シナジーを求めて、パートナーとして伴走に挑戦するのが、三菱電機のCVCだ。出資を受けたディープテックのスタートアップ「QunaSys」(キュナシス)の経営者は「ここまで当社の技術の可能性を理解し、協業してくれる企業は他にない」と語る。

なぜ三菱電機はスタートアップから「求められる」のか。

日本を代表する総合電機メーカーならではの技術基盤と事業領域の広さ、そしてそのアセットをフル活用するCVCの組織運営について、同社のキーパーソンに聞いた。

杉山和英 Kazuhide Sugiyama(左) / 三菱電機株式会社 ビジネスイノベーション本部 ビジネスイノベーション戦略室 オープンイノベーション推進部長
1999年、三菱電機 防衛・宇宙システム事業本部に入社。政府機関への製品やサービスの提案・販売活動に従事。
2014年からは、防衛グローバル営業部で、防衛および宇宙分野の海外営業に従事。国際市場でのビジネス展開を担当し、各国の規制や商慣習を理解しながら、グローバルな視点で戦略を立案・実行。後に同部の部長として、事業戦略を策定するなど、海外市場拡大に向けた取り組みを推進。
2025年からは、オープンイノベーション推進部長に就任。オープンイノベーションを通じた新事業活動やコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)活動を推進し、企業の成長と競争力の強化を目指している。

土田誠 Makoto Tsuchida(右) / 三菱電機株式会社 ビジネスイノベーション本部 ビジネスイノベーション戦略室 オープンイノベーション推進部 投資担当マネージャー
新卒で精密機械メーカーに入社。モノからコトづくりの文脈で、米国で先行していたサービス事業を日本リージョンに展開する新規事業部隊に所属。プロジェクトマネージャーとして多くの案件を推進。
2020年に国内で経営学修士を取得後に、三菱電機に入社。電力ICTセンターにて、EVを用いたVirtual Power Plant実証や、カーボンニュートラル関連のプロジェクトを主導。その後、2025年4月より、ビジネスイノベーション本部にてコーポレートベンチャーキャピタル「MEイノベーションファンド」に参画、投資業務を担当。
投資先候補のスタートアップとの協業プロジェクトや、情報システムおよびエネルギー関連の投資検討をリードする。

松岡智代 Tomoyo Matsuoka(中央) / 株式会社QunaSys COO
京都大学大学院工学研究科材料化学専攻博士課程にて博士(工学)を取得後、Arthur D. Little Japanにて、化学・素材・自動車を中心とした製造業に対する新規事業戦略・中長期戦略の策定支援を行う。2020年1月、QunaSysに入社。

「出資して終わる」CVCの原因

「『出資して終わり』のCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)も、正直多いですね」

そう語るのは、量子コンピュータを研究開発する日本有数のディープテック・スタートアップとして、大企業からも注目を集める「QunaSys」(キュナシス)のCOO松岡智代氏だ。

CVCは事業会社が事業シナジーを求めて運用するものだが、事業部門と組織が分かれているケースが多い。すると、CVCがスタートアップに出資しても、事業部門にはリソースがなく、結局協業に進めないということも起きる。

松岡氏が少々辛口なのには、理由がある。

QunaSysが専門とする量子コンピュータは、従来のコンピュータでは難しい計算を、全く違う原理で高速に実行する新技術。化学や金融など特定の分野で革新を起こすとして世界で注目されているが、具体的にどんなビジネスに使えるかはまだはっきりしていない。

技術自体の理解も、事業としての活用も容易ではなく、「出資して終わり」の結果になりやすかったのだ。

ただ、三菱電機のCVC「MEイノベーションファンド」(MEIF)だけは違った。

『これまでで一番』と言える良い協業ができています。当社の技術と、事業としての可能性、その両方を理解していただき、10年先を見据えた投資と協力をしてもらっている」(松岡氏)

では、なぜ三菱電機はスタートアップと良好な協業関係を構築できるのだろう。

100年の「自前主義」から脱却へ

「そもそもMEIFの発足には、三菱電機の『自前主義脱却』という大目標がありました」

こう話すのは、MEIFを統括する三菱電機の杉山和英氏だ。

「私たちは自社で研究開発から社会実装までできる組織を、創立100年以上の歴史で作り上げてきました。ですが、社会課題が複雑かつ多様な今、自社だけでは限界があります。

そこで、スタートアップが持つ革新的技術に学び、協業によって双方の強みを掛け合わせ、社会課題の解決と持続可能な成長を両立する。これこそがMEIFの役割であり、三菱電機の目指すところです」(杉山氏)

このように立ち上げられたMEIFだが、2022年発足というのは日本企業のCVCとしては後発組だ。「後発だからこそ、私たちの強みを生かし、スタートアップから本当に選ばれる存在にならなければいけないと考えた」と、杉山氏。

そのためにMEIFが目指したのは、日本一の「技術理解力」と「事業化力」だ。

三菱電機のMEイノベーションファンドとは

プレシリーズA:初期プロダクトが市場に受け入れられるかを検証しながら、事業基盤をつくるために資金調達する段階
シリーズA:プロダクトが市場に受け入れられ始め、顧客獲得など本格的な事業拡大のために資金調達する段階
シリーズB:一定の収益・顧客を獲得した事業のマーケティング強化やさらなる開発のために資金調達する段階

そもそも三菱電機は、空調、交通、エネルギー、半導体、FA機器、防衛、宇宙など、複数の事業領域を持つ一大企業だ。2000人を超える研究員を擁する巨大な研究開発組織も持ち、その事業を支える要素技術も、センシング、制御、通信など幅広い。

こうした事業領域と要素技術の広がりこそが、三菱電機の技術バリエーションの大きさを支えている。実際、2023年の企業別国際特許出願件数は、10年連続世界トップ5、日本企業に限ると9年連続の1位を維持しており、その技術創出力の高さを裏付けている(*)。
*三菱電機が2024年3月、世界知的所有権機関(WIPO)がまとめたデータをもとに発表。

スタートアップが持つどんな技術に対しても、社内のどこかに必ず『その技術に詳しいプロフェッショナル』がいます。技術の専門家に社内でアクセスできるのは、協業の前提となる『技術理解力』の点で大きな強みです」(杉山氏)

そして多くの事業領域を持つからこそ、スタートアップの技術が三菱電機の複数事業と連携し、「事業化」できることもある。

たとえば、製造業DXを支援する「Things」(シングス)との協業。同社が開発するのは、製造業の社内に文書で散らばる技術情報を、生成AIで整理・活用するというシステムだ。三菱電機のさまざまな事業部に実装し、フィードバックすることで、システム改善や新規開発をスピーディーに進められる。

衛星データを活用したツールを開発する「Archeda」(アルケダ)への出資では、思わぬ横展開が起きた。MEIFの現場で出資業務を担う土田誠氏が明かす。

「もともと宇宙事業部と協業を進めていましたが、Archedaが提供するのは、森林や水田のCO2吸収量を衛星データで計測し、カーボンクレジットの発行・取引に役立てるサービス。カーボンニュートラルと関わりの深いエネルギー関連の事業部からも、『詳細を知りたい』と声が上がりました」(土田氏)

一つの技術が複数事業部で活用できれば、スタートアップにとっては想定以上に事業機会が広がる可能性が生まれる。

こうした「技術理解力」と、技術を社会実装へつなげ、さらに他の事業へも応用できる三菱電機ならではの「事業化力」は、協業先を検討するスタートアップがまさに大企業に求めているものだ。

協業の足かせとなるベンダー意識

三菱電機のさまざまな事業部から異動してきたメンバーが多いというMEIFの人材特性も、スタートアップ協業においては大きな強みになる。

「スタートアップの技術は尖ったものが多く、MEIFのメンバー自身がその『技術』に精通していないケースもあります。ただし、自分が担ってきた特定領域の『事業』には詳しい。社外から加わったメンバーもそれぞれ得意とする事業分野があります。MEIFには、協業可能性があるかどうかを判断する、『事業の目利き力』があるのです」(杉山氏)

MEIFの出資判断までの流れを見ていくと、まずファンドメンバーがスタートアップの事業の目利きをする。次に、社内にいる技術のプロフェッショナルと連携し、スタートアップの技術力を詳しく理解する。

その上で、技術を活用し得る社内の事業部とも連携。どんな協業ができるかという仮説を共同で立てる。さらに、もしPoC(実証実験)まで進んだ場合、プロジェクトが軌道に乗るまでMEIFが伴走することで、他部門の継続協力を得やすくしている。

MEIFが研究開発部や事業部を当初から巻き込み、社内とスタートアップをつなぐ「ハブ」となることで、「出資だけで協業につながらない」という失敗を防ぐ。組織運営でも、技術理解力と事業化力を兼ね備えたチームとなっているのだ。

MEイノベーションファンドの出資プロセス

もう一つ、協業を成功させるための重要な要素として挙げるのが「対等なパートナーシップ」だ。

「長く大企業で仕事をしていると、スタートアップ企業に対して『技術を供給してくれるベンダー』という意識を持つ社員もいた。それはもう捨てなければならない」(杉山氏)という。

そもそもスタートアップがCVCを「選ぶ側」にいる今、スタートアップ側にメリットがなければ、三菱電機は選ばれない。100年の歴史がある大企業・三菱電機は、どのようにして「ベンダー意識」から脱しているのだろう。

「『足りない技術を調達する』という意識ではなく、スタートアップにどんなメリットを提供できるか、両社がタッグを組むことにどんな意義があり、何が生まれるか。重要なのはWin-Winのマッチングです。

その視点を持ち、相手企業へ丁寧に説明する重要性を社内に繰り返し伝えています。また、出資先スタートアップを招いた社内イベントなどの啓蒙活動にも取り組み、ベンダー意識からの脱却を図っています」(杉山氏)

出資を受けた「一番の決め手」

QunaSysへの出資は、こうしたMEIFの特長が機能した好例だ。

「理想的な量子コンピュータでは各種計算の加速は約束されていますが、今の量子コンピュータは、まだその赤ちゃんのようなものです。だからこそ共同研究で、この技術をいかに産業に応用し、社会実装するかという可能性を10年単位で共に探れるパートナーが必要でした」(松岡氏)

QunaSysとは

そこでQunaSysは、大企業を中心に57社と、量子コンピュータの産業応用を模索するコミュニティを作ってきた。三菱電機から出資を受けたのは、シリーズBの資金調達期末期の2022年。資金自体は集まっていたため「出資を受けるか、正直迷った」(松岡氏)という。

「でも、三菱電機の当時の担当者が、『事業シナジーを生み出せる』と熱く語ってくれたんです。さらに出資だけでなく、事業を作っていくための共同研究へのコミットをお約束いただけたのが、一番の決め手でした」(松岡氏)

両社がまず取り組んだのは、リサーチデザイン(共同研究の具体的なテーマの設定や、研究プロセス設計のこと)だ。

量子コンピュータは未知の領域が多い技術。テーマ設定自体が難しく、重要でもある。

「この段階で半年の時間をとれたことで、研究テーマやその後の産業応用についてじっくり議論でき、共同研究もスムーズに進みました。ここまで本気で一緒に事業化を目指してくれる企業は初めてでしたね」(松岡氏)

すぐに事業化できない技術の共同研究に、MEIFがこれだけリソースを投じることができたのはなぜか。

三菱電機の研究開発拠点である「先端技術総合研究所」では、2022年当時から量子コンピュータの研究に着手していた。だが基礎段階にあり、応用開発や人的リソースの不足といった課題を抱えていた。

自社だけで量子コンピュータの研究を進めるのは限界がある。そこでCVCを通じたスタートアップとの協業を選んだのだ。

「先端技術を持つQunaSysと多様な事業領域を持つ当社が、強みを理解し合い、足りないものを補完し合う。そこに両者が価値を見出せたからこそ、良い協業関係が築けたのだと思います。

MEIFを共同運営するグローバル・ブレインからも、『徹底して戦略リターンを描こうとするのが三菱電機CVCの特徴である』と言われました。こうしたディープテックと長い時間をかけて協業検討に向き合うことができるのも、私たちの強みです」(土田氏)

研究を実益に変える3つの施策

QunaSysとの協業開始から2年以上がたち、米国物理学会で論文を発表するなど、共同研究の成果も出始めた。協業をより実のあるものにするための動きも続いている。

1つ目は、人材交流だ。三菱電機からQunaSysに2名が出向し、企業理解をさらに深めている。スタートアップの考え方や量子コンピュータ技術をより深く理解することで、今後協業の実益を生み出していくための土台を強化する。

2つ目は、破壊的イノベーション創出を目指す国家プロジェクトの活用。2社間だけでなく、国の協力も得ながら技術開発を加速させる計画だ。

3つ目として「もちろん、本丸の事業開発も進めています。研究成果を生かして量子コンピュータの社会実装を目指したい」と松岡氏。土田氏も、「事業部門を巻き込み、事業シナジーにつながる取り組みを増やしていきたい」と意欲を見せる。

MEIF設立から3年。QunaSysを筆頭に、出資してきた13社(1社はEXIT)が更なる成長に向けて挑戦している。今後目指すのは、本格的な成果創出だ。

「これからは新規投資に加えて、フォローオン投資(既存出資先への追加投資)もしていきます。スタートアップと密度の高い関係を作り、オープンイノベーションを促進し、自前主義から脱却する。それを肌で感じられるような、前向きな変化を生み出していきたいと考えています」(杉山氏)。

(撮影:小池大介 デザイン:立花和政 執筆・編集:青木正典)

※本記事内の製品やサービスの情報は取材時(2025年10月)時点のものです。

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