【必読】「顧客課題の解決」だけでは、もう勝てない

顧客課題を解決するため、機能を追求する。
製品・サービスづくりにおいて、多くの企業が当たり前にこのアプローチをとってきた。だが、競合も同じように顧客と向き合えば、同じ課題を解決するための、似た製品やサービスが生み出される。結果、コモディティ化と価格競争という問題に直面する。
この問題を突破しようと、三菱電機と東京大学は「意味中心設計」という新しいアプローチの確立に挑んでいる。顧客課題や機能だけではなく、人や社会にとっての「意味」を起点に、製品・サービスをデザインするのだ。
なぜ課題解決を起点にしないでビジネスとして成立するのか。「意味」はどのように具体的な製品・サービスに昇華できるのか。取り組みをリードする2人のデザイナーに話を聞いた。
「機能」の限界を「意味」が破る
「機能を追求する価値提供に、当社を含めて多くの企業が限界を感じているのではないでしょうか」
三菱電機で家電製品のサービスデザインなどを担ってきたデザイナー・八木澤喬樹氏は、日本の企業が直面する課題をそう表現する。

エアコンを例に挙げると「部屋が暑い・寒い」という課題を「涼しくする・暖かくする」機能で解決した結果、各メーカーの製品は横並びになった。利便性を追求したアップデートは続いているが、その方向性も似てしまい、また横並びになってしまう。ユーザーも違いが分からない。
その結果「多くの製品がコモディティ化し、価格競争に陥ります」と八木澤氏は分析する。
「『世の中の課題を解決する』という価値提供が、産業革命以来続いてきました。ただ、課題が顧客側にある以上、競合各社は同じような課題と向き合い、製品も似てくる。それが繰り返され、最終的に『安さ』で競い合う。少し乱暴ですが、この構造が今の行き詰まりを生んでいるとも言えます」(八木澤氏)

課題に基づき、機能を追求するアプローチを続ける限り、持続可能性は低い。そこで、八木澤氏が注目しているのが「意味をデザインする」というアプローチだ──と聞いても、ピンと来ない人がほとんどだろう。
「デザインと聞くと、多くの人は『見た目を格好良くすること』を思い浮かべます。ですが、デザインの役割とはそれだけではなく、『意味を創造すること』や『概念を操作すること』だと学術的に捉えられているんです(*)」
こう説明するのは、東京大学工学系研究科の学術専門職員で、デザイナーの久志尚太郎氏だ。意味をデザインし、それによって新たなプロダクト開発や市場創造を目指す「感性設計学を応用した意味のイノベーション」のメソッドづくりに長年取り組んでいる(感性設計学については後述)。
(*)2000年代、コミュニケーション学者のクラウス・クリッペンドルフ氏が著書『意味論的転回 デザインの新しい基礎理論』の中で「デザインとは物事に意味を与えること」と提唱した。1970年代に東京大学の吉川弘之氏は『一般設計学』を通じて、設計を領域横断の知として一般化し、価値や目的を実現するプロセスとして提唱した。

製品・サービスにとっての「意味」とは何か。それはプロダクトを機能中心・性能重視で捉えるのではなく、人や社会がどんな認識や解釈を通じて受け取るか、を指す。
分かりやすいのが「サウナ」の例だ。サウナは、高温の部屋で熱さに耐えながら汗を流す、人によっては我慢比べをするための場所だった。しかし現在、「ととのう」という言葉からも分かるように、「心と体をととのえる場」という新しい「意味」を持つようになった。
「サウナに対する人の認識が、熱い部屋で我慢比べをする場所から、心身をととのえる場所に変わった。これは、サウナの機能が劇的に変わったわけでも、サウナ顧客の課題を解決したわけでもない。でも、まったく新しい価値を提供している。これこそが『意味』の持つ力です」(久志氏)

意味が生まれると具体的に何が起きるか。久志氏は「設計思想が根本から変わる」と説明する。
「同じ『高温の部屋』でも、『心と体をととのえる場』という意味を前提に、UI・UXをデザインし直すことになります。
サウナで言えば、熱さだけを追求するのではなく、ととのうために必要な機能や体験が増えました。
にぎやかなテレビの映像もいいですが、内省や瞑想がしやすい音楽を流したり、照明は暗めにして水蒸気や湿度を楽しめるようにしたりする。外気浴のための心地良い椅子や、ビジネスパーソンが『ととのった』後すぐ仕事に集中できるよう、ワークスペースを備える施設も増えています」(久志氏)
意味が変わることで、新たな体験や機能設計が行われ、そのことによって新たな市場が生まれる可能性があるのだ。
意味のデザインには「文脈」が必須
とはいえ、サウナの新しい意味は、もともとサウナ業界が提唱したわけではない。では、どうすれば意図的に「意味」をデザインできるのだろう。「キーワードは『文脈』です」と久志氏。
「私たちは、『事物×文脈=意味』という式で説明できると考えています。製品やサービスという『事物』に、それが置かれる社会の状況や背景、人々が有する価値観や基準といった『文脈』を掛け合わせることで、『意味』が生まれるんです」(久志氏)
下図に示したサウナの例で言えば、意味が変わった背景には「ウェルビーイング」という文脈が見て取れる。
身体的・精神的・社会的に満たされた状態を指すウェルビーイングが重要視されるようになった中で、サウナに「心と体をととのえる場」という新たな意味が生まれ、受け入れられていった、という見方だ。

オフィスも同様だ。コロナ禍を経て「リモートワーク普及」という文脈の変化があった。かつて単なる「仕事をする場所」だったオフィスに、「コミュニケーションをする場所」「会社のビジョンを感じる場所」「一体感を覚える場所」といった新しい意味が加わったのだ。
それによってレイアウト、設備、装飾など、オフィス空間のデザイン全体が大きく変わってきた。
これらは新たな文脈が「発生」した例だが、文脈を「デザイン」することで、既存の製品・サービスであっても意味を変えられる。文脈は、意味をデザインする重要なカギになるのだ。

「意味のデザインは、BtoCとBtoBで少し事情が異なる」と、八木澤氏。
BtoC領域は比較的取り組みやすい。顧客は最終消費者なので、基本的に「消費者にどんな意味があるか」だけを考えればよいからだ。
それに対して、三菱電機が主要事業を持つBtoB領域には、特有の難しさがある。
「BtoBでは、製品の採用に複数の関係者がいます。たとえばエレベーターなら、ビルオーナーや設計者、管理人など多様なステークホルダーがいます。一つの会社内でも現場担当、部門長、経営層など立場ごとに求めるものが異なる。
そのため、誰もが納得しやすい『機能』や『価格』が意思決定の中心となってきました。極端に言うと、そもそも『意味』がないケースも多かったんです」(八木澤氏)

しかし、状況は変わりつつある。
たとえば、環境問題やエシカル消費の意識の高まり。この文脈の中で、BtoB企業も「環境に配慮するブランド」が選ばれるようになってきた。「機能や価格だけでは選ばれない時代になっていることの象徴」(八木澤氏)だろう。
このような現代だからこそ、BtoB領域でも活用できる意味のデザイン手法を構築することには、より大きな意義があるのだ。
意味とデザインを科学する
そこで東京大学と三菱電機が挑むのが、「意味中心設計」という方法論の確立だ。意味が生み出す新たな価値、つまり意味的価値を製品・サービスに落とし込む手法を、研究と実践の組み合わせで構築しようとしている。
ベースになるのは、講座長をつとめる柳澤秀吉・東大工学系研究科教授が専門とする「感性設計学」だ。
「機能・性能を通じて人が感じる感覚や知覚、感情や行動のメカニズムを、脳の原理に基づき科学的に解明するのが感性設計学です。
感性設計学の研究基盤をデザインやビジネスの現場に応用できれば、属人的なセンスやカンに頼らなくてよくなります。意味的価値や社会的価値を生み出すためのデザインプロセスや評価プロセスを、再現性をもって体系化できるようになると思っています」(久志氏)

三菱電機は、理論・方法論を社会へ応用するためのパートナーだ。東大が科学理論を、三菱電機が実践応用をそれぞれリードしつつ、互いに関わり合う。科学と実務が一体化し、両者を往復しながら磨き上げる構造が、今回の共同研究の特徴だ。
「当社には、ビル設備、発電システム、水処理、交通など数多くの事業があります。理論を多様な領域で実践でき、そこで得た知見を研究側にフィードバックする。このサイクルによって、より汎用性の高い方法論を構築できます」(八木澤氏)

三菱電機からは、新事業創出部門やデザイン部門のメンバーが参加し、実際に理論を活かして新事業を考案しようとしている。その中で試みているのが、「アウトサイド・イン」と「インサイド・アウト」を行き来するプロセスだ。
アウトサイド・インは、顧客や外部の声からヒントを得ること。逆にインサイド・アウトは、作り手自身の「こうしたい」という発想から始めることを指す。
「企業は顧客の課題解決のために、アウトサイド・インで製品をつくるのが当たり前でした。
でも、顧客の声は『既存製品の改善要求』になりやすい。『そもそもこの製品は何のために存在するか』という意味を問い直すにはインサイド・アウト、つまり作り手の『こういう世界を実現したい』というビジョンが必要なんです」(八木澤氏)
もちろん、作り手のビジョンだけでは独りよがりになるリスクもある。そこで、新しい意味を提案するインサイド・アウトと、顧客が欲しいものを理解するアウトサイド・インを行き来して、意味の質を高めるのだ。
最先端研究だが「他社歓迎」
意味の質を高める一環で、三菱電機の既存製品の意味も振り返っている。
たとえば、空を模したパネルとフレームでできた照明。天井に設置することで、室内に青空が広がっているように感じさせる照明器具だ。「部屋を明るくする」という機能だけではなく、「部屋にいながら屋外のような開放感を持てる」という意味がある。
この照明は、意味を持たせることができた具体的な自社製品であり、それが生まれた背景を分析していくことは、今後、意味を意図的に創出していくためのヒントになる。

共同研究は2025年9月に立ち上げられ、2029年3月までの約4年間続く。まだ始まったばかりだが、すでに「大きな可能性を感じている」(八木澤氏)という。
「参加メンバーが理論を学び、実践する中で、新事業アイデアの議論も日に日に活発になっています。かつて『デザイン思考』が日本に入ってきて、顧客課題を深く理解する手法として浸透したことを思い出します。
同じように『意味中心設計』も、新たな価値創造の手法として広がっていくでしょう。この講座からその先駆けとなる新事業を生み出したいですね」(八木澤氏)

社内にとどまらない、「開かれた研究」にすることが八木澤氏の目標の一つだ。新事業のみならず、論文発表、ホワイトペーパー発行など、対外的な情報発信も進め、他社を巻き込もうとしている。
「製品のコモディティ化は、三菱電機だけの課題ではありません。私たちの取り組み内容を発信し、興味を持ってもらえたら、ぜひ多くの企業に参加いただきたい。多様な視点が交わることでより良い研究と実践が可能になり、方法論が磨かれていくはずです」(八木澤氏)
「デザインの力を信じている」という久志氏の視線は、日本全体、そして世界へと向かう。
「『意味中心設計』が確立されれば、日本の企業が機能や価格だけでなく、意味で勝負できるようになる。それによって持続的に価値を生み出す企業が増えれば、日本が国際的な存在感を示せる。
その上で、この方法論を日本発のデザイン手法として世界に広めたい。デザイナーかつ研究者として、日本から生まれた手法が、国境を越えて価値創造に貢献できたら嬉しいですね」(久志氏)。
(撮影:小池大介 デザイン:石丸恵理 執筆・編集:青木正典)
