【神技】最大4億km先に「誤差10m」で着陸する、
日本の宇宙技術が凄すぎる

日本の技術力で「世界初」に挑戦する。火星の衛星「フォボス」に着陸し、表面の砂を採取して地球へ持ち帰る「火星衛星探査計画(MMX:Martian Moons eXploration)」は、世界で成功例のないミッションだ。
「火星圏へ行って、帰ってくる」。言葉にすればシンプルなこの一往復に、これまで人類が越えたことのない難題がいくつも積み重なっている。たとえば重力が極めて小さいため、着陸時にわずかでも速度があると激しく跳ね返り、宇宙の彼方へ弾き飛ばされてしまう。クリアするには「特別な技術」が必要だ。
プロジェクト全体を率いるのは宇宙航空研究開発機構(JAXA)。そして、上記のような技術の数々を「探査機システム」としてまとめ上げる中核を担うのは三菱電機だ。
このミッションはどれほど難しいのか。どんな技術を駆使して実現するのか。2026年10月20日の打ち上げを前に、世界最高峰の技術を開発・結集させたプロジェクトのキーパーソンを訪ねた。

重力は地球の「2000分の1」
月面にピンポイント着陸した「SLIM」、月以外の天体からサンプルを持ち帰った「はやぶさ」。日本の宇宙探査は、次々に「世界初」の実績を積み重ねてきた。その日本が今挑もうとしているのは、まだ誰も成功させたことのない、さらに困難なミッションだ。
「人類が火星へ進出していくための、確かな一歩になるミッションです」。火星衛星探査計画(MMX)を主導する宇宙航空研究開発機構(JAXA)の吉川健人氏が、挑戦の意義をそう語る。

火星の衛星フォボスは、将来的に火星の有人探査をする中継拠点としても期待される衛星だ。その表面には火星から飛び散った物質も積もっている可能性があるとされる。このフォボスのサンプルが火星の環境や起源の詳しい解明につながり得る。
だが、世界初を目指す挑戦だ。「フォボスへ行き、サンプルを採取し、地球へ帰ってくる」までの間には数多くの難題が待ち受ける。
たとえば重力。フォボスの重力は地球の約2000分の1しかない。月が同約6分の1であることと比べると、約300倍「軽い」。
それがどんな難しさをもたらすか。探査機を動かす航法誘導制御技術「GNC」の開発を担う三菱電機の上野竜雄氏が説明する。
「ほぼ無重力ですから、フォボス着陸の瞬間にわずかでも速度が出ていれば、スーパーボールのように大きく跳ね返り、そのまま宇宙空間へ再び飛び出してしまいます。ロケットエンジンの推進力を使って表面近くまで高速で接近するものの、着陸時には速度をほぼゼロまで落とし切る。その繊細な制御が必要です」(上野氏)
GNCとは、Guidance(誘導)、Navigation(航法)、Control(制御)の略で、探査機の「頭脳」にあたる中核システムだ。探査機が現在の位置や速度を把握し、目的地への道筋を計算し、計算通りに動くよう姿勢や軌道を調整することで、探査機を目的地まで精密に導く。

フォボスは球体ではなく、いびつなジャガイモのような形をしている。火星が近くにあるため、その引力の影響も受ける。位置やタイミングによって重力が変わり、事前に予測するのが難しい。
また、地球からフォボスまでは最大4億kmある。その距離を移動した上で、着陸地点の条件を満たす場所はわずか「20m四方」しかない。MMXは、その限られたエリアの中で定めた目標地点から「誤差10m以内」の着陸を試みるというのだ。
日本は2024年に小型月着陸実証機「SLIM」で、世界初となる「着陸精度目標100m以内」を達成し、実測約55mへのピンポイント着陸技術を実証。その技術はMMXでも不可欠な土台となりつつ、さらなる高精度が求められる。

通信のタイムラグもある。地球とフォボスは遠く離れているため、指示を送って到達するまで約20分を要する。往復で約40分もかかるのだ。
「その間に、探査機に異常が起きることもあり得ます。地球からの通信で全てを操縦するのでは到底間に合わない。探査機自身が考えて、正確に動かなければなりません」(上野氏)
「世界初」は、積み重ねの先にあった
こうした様々な難題を乗り越えるための技術が、MMX探査機にはいくつも採用されている。ここでは先述の難題に対応する代表的な3つを紹介しよう。
まず「重力が軽すぎて跳ね返ってしまう」難題を克服するのが、フォボス表面に直接接地する「着陸脚」の新技術だ。
「高度10mまでは航法誘導制御技術(GNC)で制御しながら降りていき、最後の最後は、特殊なクッション機構を搭載した着陸脚によって、衝撃を物理的に吸収するのです」(吉川氏)
ソフトウェア(GNC)の力で目標地点まで導き、最後はハードウェア(着陸脚)で跳ね返りを防ぐ。この二段構えが、フォボスへの軟着陸を実現可能にしているのだ。JAXAと三菱電機が試験を繰り返し、採用にこぎ着けた。

そして「目標地点から10m以内のピンポイント着陸」と「通信のタイムラグ」の2つをまとめて引き受けるのが、三菱電機が磨き続ける「画像照合航法」を含む「GNC」技術の進化だ。探査機自身にカメラという「目」を搭載して地形を撮り、計算機という「頭脳」で自ら考えて高い精度で動けるようになった。
「探査機が自律的に判断・行動できるので、そもそも地球から細かく通信しなくてもよくなるわけです。
画像照合航法は着陸精度を引き上げます。表面に向かって高度を下げながら、カメラ画像をもとに、リアルタイムで自分の位置を補正し続けることができる。地球で確認できるフォボスの地図は解像度が低いのですが、探査機が地図データを『現地調達』しながら計算する形です。誤差10m以内という狭い目標にピンポイント着陸するための必須技術だと考えています」(上野氏)
この画像航法を使って世界で初めて天体に着陸したのは、他ならぬ2024年の小型月着陸実証機SLIMだったという。そしてSLIMからさらなる進化を遂げてMMXに採用された。まさに世界最先端技術を搭載しているのだ。

すでに「SLIM」の名前を挙げてきたように、これらの先端技術は、三菱電機が長年の宇宙開発で積み重ねてきた系譜の上にあるものが多い。
国際宇宙ステーション(ISS)へ物資を届けた補給機「こうのとり」(HTV)もその一つだ。HTVは、ISSへ精密に近づいて結合する技術と、人がいる施設に関わるがゆえの高い安全性を磨いてきた。
「『ピンポイントで降りる』技術のSLIMと、『安全に接近する』技術のHTV。この両方を組み合わせた先に、MMX探査機があるんです」。そう語るのは、三菱電機でMMX探査機システム全体をマネジメントする山口智宏氏だ。

そして地球・火星圏間での超長距離通信やフォボス着陸後に再び上昇していく技術などは、MMXのために新規開発した固有のもの。既存の強みを発展させ、足りない部分を新たに作り込む。長年の技術力の積み重ねが、MMXという世界初に挑むミッションの土台になっている。

技術「向上」と「統合」の大きな差
ここまで挙げてきた難題と技術は、ほんの一部。未知なる天体へのミッションに向けて、プライムメーカー(*1)である三菱電機が中心になって開発を進めてきた。山口氏が、その重要な役割をこう説明する。
「JAXAさんが描いた『どのようなミッションを成し遂げるか』についてのコンセプトを、実現可能な探査機の動き・機能・構成に落とし込むのがプライムメーカーです。必要な機能と技術を洗い出し、漏れや重複なく整理した上で、一つの探査機としてまとめ上げていく。このプロセスに難しさがあります」(山口氏)
(*1)プライムメーカー:公的機関などの発注者から巨大なシステム開発を直接受注し、システム全体を統括する元請け企業のこと。MMXでは三菱電機が担う。
開発の過程で、企業・大学・海外の宇宙機関など30以上の組織が関わる。技術者以外にも多様な専門家が各国から集う。その中で、山口氏が技術開発以外にも慎重を期したのがコミュニケーションだ。
たとえば「同時」という言葉一つ取っても、探査機の設計者にとっては「ミリ秒」「ナノ秒」で調整する概念だが、それ以外の人にとっては「1秒」ずれても「同時」と考える場合がある。
「わずかな認識のズレが、宇宙開発では命取りになります。だから、できるだけ全ての情報を定量的に示し、曖昧さを残さない。加えて、その数字だけが独り歩きしないように、その背景も合わせて整理していく。その調整もプライムメーカーの役目です」(山口氏)

大量の技術を、一つの探査機としてまとめ上げる。山口氏によれば、「個別の技術を突き詰めること」と「それを統合すること」はまったく別の能力だという。
「常に考えるべきは、個々の技術の向上が、ミッション成功につながっているかどうかです。リソースが限られている中、『フォボス往還とサンプル採取』という目的をもとに優先順位をつけ、探査機を機能させる。それが『統合』の難しさです」(山口氏)
従来の宇宙開発プロジェクトに比べ、MMXはこの優先順位づけが格段にシビアだ。
その一因は「総質量」という制約があるため。遠い火星圏へ行き、約3年間滞在し、地球へ帰ってくるには大量の燃料が要る。打ち上げ時の総重量約4.5tのうち、燃料だけで約7割を占め、日本の探査機として最大級の重さになった。
重くなるほど、打ち上げ時のパワーが必要になり、火星圏での制御も難しくなるなどリスクも増す。これ以上増量できない。
「残る約3割に、あらゆる機材を載せ切らなければなりません。これまでの人工衛星では、想定より質量が足りなければ『少し積み増してよい』余地があることも多かった。MMXにはそれがありません。どんな機材をどれだけ載せるか、最適な質量バランスの『解』を見つけるため、JAXAさんとも何度も議論を重ねました」(山口氏)

たとえばバッテリー。大きくすれば、太陽光発電ができない夜間でも探査機が長時間活動できる。だが重くなる。議論を経て下したのは「バッテリーはギリギリまで切り詰める。その分を着陸用の燃料に回し、着陸の確実性を上げる」という判断だった。
「厳しい制約下で、何を捨て、何を優先するか。こうした全体の調整は『システムズエンジニアリング』といい、MMXを成功させるカギになります」(吉川氏)
個々の技術力と、その統合力。両方がそろって初めてMMXの難題に手が届く。三菱電機が担っているのは、まさにその「統合」の中核だ。
「一発勝負」の緊張感
ここまで見てきた難題を全て乗り越えられたとしよう。それでももう一つ、頭を悩ませるポイントがある。
「MMXには『ワンチャンスイベント』が多いんです。やり直しがきかない」(上野氏)
火星周回軌道に乗せられるタイミングは数年に1回。逃せば次のチャンスまで数年単位で待つことになる、文字どおりの一発勝負だ。
たとえば、猛スピードで火星圏に到達した直後の「ブレーキ」。減速に失敗すれば、探査機は火星の重力圏に入って周回軌道に乗ることができず、宇宙の彼方へ飛び去ってしまう。
「エンジンの逆噴射でブレーキをかけますが、うまくいかない可能性もあります。その場合も、すぐ別のエンジンへ自律的に切り替える。そうして何が何でも火星軌道に入れるように設計しました」(上野氏)
着陸も同じだ。降下中に探査機が異常をきたしたとき、降下を続けるか、離脱するか。その判断機能も探査機自身に仕込んでおく。

ワンチャンスだからこそ、事前の準備も徹底した。地球からフォボス、そして地球帰還までをコンピューター上の仮想宇宙空間に再現し、探査機のハードとソフトを丸ごと動かして検証できるシミュレーターを構築。過去の人工衛星や探査機で取得したデータを反映し、シミュレーターの精度を上げてきた。

MMXの成功は、日本のものづくりや宇宙産業に広く貢献する。山口氏が改めてその意義を語る。
「このプロジェクトは宇宙探査だけに閉じません。人の手を離れ、機械が自律的に動く技術は、これから増えていく軌道上サービスや、無数の人工衛星で構成されるコンステレーション、さらなる未知の天体の探査など、宇宙産業全体への応用が期待されます」(山口氏)
そして吉川氏は、このプロジェクトを「ビジネスパーソンにも身近に感じてほしい」と考えている。
「MMXの挑戦は、もしかしたら遠い世界の話に思われるかもしれません。でも、誰も成し遂げていないことをやって、世の中に貢献するというシンプルな本質は、ビジネスの世界とも変わらない。少しでも自分に引き付けて感じてもらえたら嬉しいですね」(吉川氏)
打ち上げのニュースに触れるとき、裏側にあった数々の難題と、それを越えてきた人々の存在を知っているかどうかで、きっと見え方は変わってくる。世界のどの国も到達したことのない遥か遠い場所へ、日本のJAXAと三菱電機を中心とした宇宙技術が踏み出そうとしている。
(取材:金子祐輔 撮影:大橋友樹 デザイン:平井亜美 執筆・編集:青木正典)
